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物音/実験系カセット・レーベルの近況

こちらはもともと2021年7月に執筆し、その後お蔵入りしていた記事です。加筆修正ののち、本日2022年6月18日に公開するはこびとなりました。

1. 「ノイズ(騒音)」を定義する

まず、音楽ではなく一般的な意味として、「ノイズ(騒音)」ってどんなものでしょう。隣の住人の生活音だったり、窓から入ってくる車の音だったり。人の声だってノイズと感じることがあると思います。しかし、その音が「作品」だったとき、僕らがその音を注意深く聴き込むとき、それをただのノイズと言い切れるのでしょうか。例えばÉric La Casaは録音やミキシングをエンジニア的領域から作品制作の領域まで押し広げています。彼が参加したCool Quartetの[Dancing in Tomelilla]という作品では、音が右へ左へ自由に動き回ったり、演奏の録音作品であるにもかかわらず、客席のイスがきしむ音や談笑などの音が急に入り込んできたりと、作品の中に面白いギミックを入れて聴き手を挑発してみせます。Vanessa Rossetto[Self-Care]において、蛇口から落ちる水の音を中心とし、電話での会話や周辺を行き交う車の音、独白の絶妙な組み合わせによって素晴らしい物語性を作り上げてみせました。物音は我々の生活のなかにある最も身近な楽器となりうる存在であり、その面白さに気づいてしまえば、もはや「ノイズ」という定義はどんどん曖昧になっていくのではないでしょうか。

2. ポータブル・レコーダーやシンセサイザーの普及

近年、録音という行為や環境に変化がありました。今ではスマートフォンのなかに録音アプリなどが備わっています。また、ポータブル・レコーダーも普及し、日常の何気ない音を録音して作品化する作家が増えてきました。先述したVanessa Rossettoは起動時間の速さなどから録音にはスマートフォンの録音アプリを使用しているようですし、Claire Rousayは日中の生活音を毎日10時間以上もレコーダーで録音し続けているようです。また、Wanda Groupなどの名義で活動するLouis JohnstoneやレーベルKyeをかつて運営していたGraham Lambkinなどは、レコーダー自体をいじるガサゴソ音すら作品の一部として成立させています。集められた録音はそのまま発表されたり、つぎはぎにコラージュされたり、作家によってさまざまです。さらに、シンセサイザーも安価なものが普及しはじめました。モジュラー・シンセやソフト・シンセ、ハンドメイドのおもちゃのようなもの(ミュージック・ガジェット)などなど、種類も価格帯もさまざまです。以前Krischerというブランドが59ユーロ(8千円弱程度)で買えるオシレーター/シンセサイザーを発表したことも少し話題になりました。また、近年ではスマートフォン・アプリ市場にも参入があります。レコーダー、シンセ、そして編集ソフト(AudacityやGarageBandなど無料のものもあります)などを組み合わせて使えば、誰でも簡単に作品を作れる時代になったといえるでしょう。

ノイズの定義が曖昧になったことと、誰でも作品を作れる環境が生まれたこと。その二つが組み合わさった今では、世界中のどこにいても、しっかりとした制作環境がなくても、いつでも誰でも自由に活動を始めることができるようになったと感じます。興味さえあれば、室内や屋外の好きな場所で見つけた面白い音にレコーダーを向けて録音してみてください。イヤホンなどで音楽を聴くのとはまた違った面白みを感じることができるのではないでしょうか。

3. パンク的DIY精神、小ロット生産によるリリースの可能性

続いて、カセット・テープ自体についても話していきましょう。かなり前からノイズ脈を中心にカセット・テープというフォーマットで作品を発表する動きはありましたが、それ以外のジャンルの作品が"あえて"カセットでリリースされる動きが出てきたように個人的に感じはじめたのは2010~2015年頃です。そのころのシーンではDownwardsOpal Tapes、そして(現在は活動終了している)Blackest Ever Blackなどのレーベルにみられるインダストリアル・テクノからEBM/ノイズ脈への逆流的な接近、ディープ・ミニマル・テクノとの親和性をもつNorthern Electronicsなどのレーベルの登場、ベルリンの挑戦的なレーベルPANが紹介する音楽性、ノイズの文脈を感じさせるレーベルPosh IsolationAscetic House、などの活躍ぶりが同時多発的に見受けられました。こうした音楽はアヴァンギャルドな枠にもはまりつつ、前衛的なものと位置づけられながらもダンス・ミュージックの世界などにも溶け込んでいき、幅広い層の耳に届くようになっていった印象でした。PANやPosh Isolationなどから作品を発表していたSewer ElectionPuce Maryといった作家たちの生み出す音は傷んだテープで録音されたようであったり(実際にそういった制作環境だったのかもしれません)、アナログかつモノラルであったりしました。Northern Electronicsから発表していたD.Å.R.F.D.H.S.(Dard Å Ranj Från Det Hebbershålska Samfundet)やVargなどはどちらかといえばビートがある音楽で、Opal Tapesなどダンス寄りのレーベルからも発表していましたが、Ascetic HouseやPosh Isolation、Total Blackなどのノイズ寄りのレーベルとも関係がありました。PANなどから作品を発表していたHelmは自身のレーベルAlterを運営し、Cremation Lily(カセット・レーベルStrange Rulesのオーナー)や日本のグループCarreなどといったドライな質感の音楽を紹介しています。彼らは共通点をもちながらも他のそれぞれと微妙な距離感を保っていました。そしてどことなくアナログな質感があり、あまりクリアーでないこもった雰囲気のある彼らの音の質感から、カセット・テープこそがリリースのフォーマットとして適しているといくつかのレーベルが考えはじめたかもしれません。

もちろん、カセット・テープという媒体はレーベル運営上の課題に対しての解決策になります。CDやレコードに比べて安価かつ生産数を少なくすることが可能なため、在庫を抱える不安を解消し、コンスタントにニッチな音楽を提供しつつ運営を継続するのが容易になります。しかし、それだけの理由で選ばれているのでしょうか。

別の視点からも見てみましょう。小ロットで生産することにより、デザインに時間や手間を割くことも容易になります。例として、Faltはテープを一つひとつ手作業で紙に包み、Breton Cassetteは箱にキーチェインや楽器などを同封し、Zaimkaに至っては紐で流木をくっつけてみたりケースに接着剤でさまざまな物を糊付けしてみたりと、手の込んだ一点ものを制作しています。コストは下げつつ表現の幅は広げるというDIY精神を感じさせるレーベルも現在では多く存在します。

Nicholas Maloney & Vitaly Maklakov [Interpolation] (Zaimka / 2020)

ところで、(これは主観ですが)現在の実験的なレーベルは、オーナーが「ゼネラリスト(様々なジャンルの音楽を高クオリティーで揃えているもの)」的なところと「スペシャリスト(音の質感や雰囲気に統一感のあるもの)」的なところの2つのタイプに分けられると感じています。ゼネラリストの代表のひとつとして、Dinzu Artefactsが挙げられると感じています。これまでのラインナップはどれも非常に高いクオリティーでありながら各作家の活動するフィールドはさまざまで、このレーベルの作品をくまなくチェックすればすべてのジャンルの現状をつまみ食いすることができそうなくらいです。いっぽう、Grisailleなどのレーベルはスペシャリスト的で、Dinzu Artefactsと同じくさまざまな作家の作品を扱っていても、すべての作品の雰囲気には統一感のようなものがあります。レーベルは自身のカラーをある程度主張する必要があるため、基本的にはスペシャリスト的なレーベルが多いですが、ゼネラリスト的なレーベルは聴き手に新しい世界を紹介してくれる意味で、きわめて重要な存在だと感じています。The Tapewormなどのレーベルなどはカタログに名を連ねる作家の音楽性があまりに多岐にわたっているため、作品ごとに異なる雰囲気があり、どの作品も聴き手に新鮮な空気を届けてくれるのではないか、と常に注目しています。逆にスペシャリスト的なレーベルは縦横無尽に活動している作家たちがひとつのテーマ(レーベルのカラー)のもとに作品をつくる機会を与えているという点で、個々の作家の表現の幅を広げることに寄与しているともいえそうです。

4. 録音物の解像度と「物音」との親和性

カセット・テープで作品を発表するということは、CDやデジタルでリリースするのとは収録方法が異なり、磁気テープの表面に直接データを記録していくことになります。デジタルなデータとして情報を記録できないないため、収録される音の解像度は必然的に低下してしまいます。作品があまりにクリアーな音である場合はカセットという媒体に収録するのは適切な形式ではないと感じますが(例えば、Tarab名義で活動するEamon Sprodは高解像度な物音作品を自主レーベルSonic RubbishよりCDで発表しており、そういった作品にCDという媒体は非常に合理的な組み合わせだと感じます)、音の質感がローファイである場合や物音などを使用した録音である場合、テープのノイズや特有のコンプレッションが加わって中域の音がやや強調されているように聞こえます。そのため、ノイズ系の音も含め、物音などのようなゴツゴツ、ガサゴソ、ゴリゴリと形容できそうな音がする作品は、カセットという媒体で聴き手に作品を届けることにより、CDなどとはまた異なった魅力をもたせることができると考えられます。作品の発表フォーマットとは別に、録音・演奏自体でオープン・リール(海外では主に'Reel-to-Reel'と表記されます)というテープ録音に使用する機械を使用する作家/演奏家も見受けられます。例として、Jérôme Noetinger、Valerio TricoliTom Whiteなどが挙げられます。また、テープの別の特性として、再生を繰り返すうちにテープ自体が物理的に劣化していきます。すると、作家やレーベルは音質が劣化していく過程を作品として聴き手に意図的に体験させることもできます(実際のところ、僕がはじめてカセット・テープで発表した作品[Buzz on the Moon] (Hemisphäreの空虚 / 2018)には、「再生を繰り返すことで音質を劣化させてください」という文言を記載しました)。

もちろん、テープの作用による音質の変化やノイズ、音の劣化を好まない聴き手も一定以上いるでしょう。現在ではレーベルが比較的自由に使えるプラットフォームとしてBandcampなどが存在するので、デジタル・データとの併売をしたり、カセットのケースなどにダウンロード・コードを封入して提供したりするなども可能です。テープで聴きたい人やコレクションのひとつとして所有したい人にはフィジカル・フォーマットで提供し、単に聴きたいだけという場合はデータで楽しんでもらうという住み分けとしても機能しそうです。

5. 実験的な音楽のための新たなハブの存在

以上のように、さまざまな作家・演奏家が世界中で活動する現在、個人的に強い存在感があると思う実験的音楽のハブ(情報提供の中心)的なレーベルの一部を紹介して話を終わらせたいと思います。まずは電子音響大国(主観です)のギリシャではDasa TapesMoremarsThalamosGrannyなど。アジア圏からはZhu WenboによるZoomin' Nightなど。さらに世界中のフィールド・レコーディング作家を見つけては紹介する働きをしている存在として、Stéphane Marinによる"Each Morning of the World"シリーズやKate Carrの運営するレーベルFlaming Pinesなどもあります。これらのすべてがカセットで作品を発表しているわけではありませんが、読み進めてくださった方になんらかの収穫になればと思い、記しておきました。

それでは、皆さんも物音系カセット・レーベルから発表されている作品に触れてみて、ぜひその魅力を体感してみてください。

あわせて、よろすずさんによる「「物音」からの断想」もご参考にどうぞ。

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