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臆病者が自由を手に入れた話でも聞いてみないかい

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事実と創作が半分。 著者に似た一人の男がようやく自由を手に入れたのだが、思い描いてきた自由とは時間が経過するにつれて乖離して行く。 憧れていた沖縄へ移住したが、満たされることのな… もっと読む
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臆病者が自由を手に入れた話でも聞いてみないかい【最終話】

夢のような時間が。 憧れていた生活が終わりを迎えようとしている。 いや、自ら終わらせようとしているのだ。 情けない話だが、私には向いていなかった。 笑っていただきたい。 約一年と半年の沖縄での生活、ついぞ仲間も友人も出来なかった。 作ることが出来なかった。 どうしても歩み寄ることが出来ない。 居酒屋で偶然居合わせた人々と同席することはあっても、「また飲みましょう」が実現することは無かった。 ビーチで焼いていた時に隣になった方の、「また一緒に」も実現出来なかった。 一時的なコミ

臆病者が自由を手に入れた話でも聞いてみないかい【四話】

人生における幸福感。 家族、友人、職場の人間、趣味を共にする仲間等のコミュニティに属し、良好な関係を築くことで得られるものもその一つとして述べても良いだろう。 コミュニティに属すことが出来ないのならば、一人で生きていけば良い。 私もそう思い現在を生きている。 しかし、これまでのもうすぐ半生を生きる人生の中で、一人で成し遂げられたことなど一切無い。 不器用ながら、顔色を伺いながら、波風を立てず、最低限のコミュニティの片隅で過ごしてきた。 もう少し深く関わることが出来たのならば、

臆病者が自由を手に入れた話でも聞いてみないかい【三話】

瞼を開くと、まだ窓から光は入ってきていない。 時計を見ると午前3時。 まだベッドに入って一時間程度だ。 ぼんやりとした頭で思考を巡らせる。 憧れていた沖縄生活も、半年が過ぎていた。 この生活を始める前に、なんとなく考えていたことはあらかた済ませた。 行きつけの食堂、居酒屋、そば屋も出来た。 毎日ブラブラと大好きな街を歩き、気になった店に入り酒を飲む。 時間を気にすることなく、ビーチで横になる。 そんな毎日を夢見て頑張ってきた。 はず、なのだが。 何か胸の奥に満たされ

臆病者が自由を手に入れた話でも聞いてみないかい【二話】

蒸し暑い。 すっかり日は落ちたが、未だ気温は高いままだ。 じわじわと汗が首を伝う。 簡素な椅子に腰掛け、乾いた喉にオリオンビールを流し込む。 サクサクに揚げられた玉ねぎの串カツにソースを漬け、一口で放り込む。 玉ねぎの甘さとウスターソース、油を吸った衣がビールを誘う。 国際通り沿いに掛かった大きなアーケード入り口の看板。 平和通り商店街。 平和通りと名付けられた決して広くはない通りを奥まで歩くと、一際賑わっている場所がある。 そこはせんべろの店が多く建ち並ぶ。 せ

臆病者が自由を手に入れた話でも聞いてみないかい【一話】

家族連れやカップルの声、色々な言語が飛び交うビーチで寝転びながら漠然と思考を巡らせる。 十年。 その男の人生の分岐点は定期的に訪れる。 現在四十歳。 長年勤めた会社は一年前に退職した。 自動ドアが開くとともに熱気と湿度が肌にまとわりつく。 大きなスーツケースを引いた人々が、いつもよりも声のボリュームもトーンも上がっているのだろう、楽しげに行き交っていた。 羽田から約三時間。 那覇空港のモノレールへ繋がる連絡通路への出口に立った。 毎年一度は旅行で訪れていた沖縄も、新型コロ