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コンテンツIPビジネスのビジネス的側面について ①出版編

 経営を行う上で、重要なコンテンツ関係事業のビジネスモデルについてのお話。しばらくずっとそればっかり仕事にしていたので、自分的に最も詳しい分野でもある。ちょっとそれについて話をしてみようかと思う。

出版ビジネス

 コンテンツビジネスといっても、基本は他のビジネスとそう変わらない。出版ビジネスだって、商品を作って売る商売なので、一般的な電機メーカーなどのメーカーと呼ばれる会社とそれほど大きくは変わらない。ただし、特殊な法律があったり、商品的特性によって、やや特殊な面がある。

  • 再販制度による定価拘束と返品条件付き取引

  • ものすごい多品種な商品構成

  • 需要が完全に一致する商品は複数存在しない

以上3点がその特殊性を生んでいる内容となる。以下にそれぞれ解説していく。

再販制度による定価拘束と返品条件付き取引

 一般的に商品は独占禁止法により再販売価格を拘束してはいけないことになっている。例えば電器メーカーがランプを小売店に売る場合、メーカー小売り希望価格を小売店に提示し、交渉することはきる。だが、最終的に小売店が店頭で消費者に安く売ろうが、高く売ろうが、それは小売店の自由であり、メーカーは口出しできず、そこに条件を付けて拘束をしてはいけないことになっている。
 その例外として、本は再販売価格の価格拘束が認められている。
 市場原理に任せて自由価格とした場合、物流費がかかる地方や離島、もしくは需要が少なくなるような場所などは、価格が高くなることが想定される。しかし、本は教育や文化の一端を担っている物という当時の認識もあり、その格差が起こらないように日本全国どこであろうが同じ価格で販売できるようにした。この制度は結果として、想定通りの効果と、いくつかの副作用をもたらした。

  • 副作用その1:返品条件付き取引が基本に

 価格が拘束された場合、小売店では売れ残った場合に値引きして売るということができない。つまり、リスクヘッジが出来なくなる。そのため返品条件付きの取引が常態化していった。いくつか返品不可の出版社もあるにはあるが、かなり少数派。返品も無条件ではなく、ある程度条件があったりするところが多いが、正直運用としてはあまり条件が守られることはなく、ほぼ無条件に受けてたところが多いように思う。

  • 副作用その2:小売店が膨大に生まれた

 副作用1と合わせての影響。価格の違いが無いということは、消費者としてはどこで買っても同じなので、立地的な利便性こそが小売店間の競争の大きなポイントとなった上、返品条件が付いているため売れ残ったら返品すればよく、新規出店に一般的な商品の小売店ほどのリスクが無かった。そのため、利便性の高い物件で狭小スペースなどでの出店が大きく増えて、一時期、主要駅前には本屋があるのが当たり前的な状況にまで至った。

  • 副作用その3:仕入に知識を必要としなくなった

 後述するが、非常に多品種の商品を取り扱うため、商品知識をキチンと持つことは非常に難易度が高い。また、価格競争が無いため商品の仕入れは取次と呼ばれる問屋次第で、そことの関係性によって希望する商品が仕入れできなかったりするケースも多かった。このことがさらに小売店から競争ポイントを奪う結果になったが、一方である意味全部取次任せにすることもできた。そのため仕入れ側に商品知識が無くても、立地さえよければ置いておけば一定数の売上が確保できる商売として一時期は成立していた。

 どれも一時的にはうまく回っていたが、現在では良くない状況も生んでいる功罪あるものだが、出版のビジネスモデルに大きく影響したのは定価拘束と返品制度となる。
 出版社は新刊をつくったら一部を倉庫に取り置いて、残りを問屋に納品する。その後、追加で来る注文は倉庫に取り置いた分を出荷する。そうこうしているうちに返品が戻ってくるが、戻ってきた返品は再利用し、カバーや帯などを架け替えて再度商品として出荷する。というサイクルで商売をしている。
 数字的には、本を問屋に納品した時点でいったん売上を計上するが、返品があるため、返品されたらその分を売上のマイナスとして計上する。再度出荷したら売上プラスとして計上するという計上を繰り返していく。
 出荷直後はP/Lとしては多くが売れた状態になるため利益は高く、その後返品を受け取っていくと利益が減っていく構造となる。
 これが発行される新刊すべての分積み重なっていくのが基本構造となる。

 これをさらにややこしくしているのが現在経過措置中の返品調整引当金であり、新しく導入されている収益認識会計基準の存在だ。返品調整引当金は今後見込まれる返品について過去実績から返品率を想定し、その分減るであろうという利益をあらかじめ損失として計上して引当金を積む税制で、経過措置として2030年までは適用が許されている。
 あたらしい収益認識会計基準では、売上を計上する際に返品想定分はあらかじめ引いた上で売上計上するというルールになる。新しい収益認識会計基準では返品がすでに織り込まれるため、返品調整引当金を計上する意味がないため、現状では出版事業を行っていれば、大抵どちらかのルールで返品の影響を会計に織り込んでいる。
 で、問題はその返品の見通しというのをどうやって想定するかにある。結局は過去の同じようなジャンルの本の実績をベースに計算することになるのだが、これが曲者で、例えばとある出版社の文庫は総体として過去実績の返品率(最終在庫率)が35%だったとしよう。だが、それは全く売れずに返品率95%の商品や、大部数で返品率10%の商品などが全部入った状態の平均ということになる。
 当たり前だが1,000部を全国で販売するとき、500店舗で販売したとして1店舗当たり2部。お店に2部入ってきた商品が2部とも売れるというケースは少なくて、1部は売れ残るケースが多い。つまり50%。一方で10万部を全国で販売するときに、2,000店舗で販売したとすると、1店舗あたり40部。35部ぐらい売れて5部残ったとしても12.5%。それだって総体で見ると、1万2,500部も在庫になってしまうわけで、決して小さい数字ではないが、要は大部数の商品ほど返品率は低くなる傾向にある。
 そのため、大部数の新刊を出した時には、影響を織り込む返品見込みが多すぎることになるケースが多く、その後一定の期間を過ぎたら実績に合わせて引いていた分を戻すことになる。
 これが、非常に厄介な影響をP/Lにもたらす。月の上下がビジネス状況によらずに発生してしまうため、正直、出版事業の数字は短期の数字を見ても傾向はつかみにくい。

ものすごい多品種な商品構成

 多くのメーカーは、基本は大量に生産して大量に販売するビジネスとなるため、新商品を年に1,000も2,000も出すようなことはあまりない。だが、出版ビジネスの場合、文庫の1レーベルが月に8冊出していればそれだけで年間96点の新刊が出る。前のエントリーで編集を目指す人に認識してもらいたいものとして出版市場の話を出したが、日本では年間70,000点近い新刊が出ている。
 つまり出版ビジネスを行う場合、商品台帳が毎年ものすごい量増えていく。先にも述べた通り出版は返品がある商売で、返品は再度出荷をして回していくので、商品がほとんど動かない状態になるまで短いものでも3年ほど、長いものはロングセラーとして何十年もの長期で動き続ける。
 ジャンルなどにもよるだろうが、おそらく毎年の新刊点数の6~7倍程度は稼働点数があるものと思う。売上だけでもそれだけの種類のデータがあり、さらに、最近は電子書籍によってよりデータ量が跳ね上がっている。1点のコンテンツで紙版、電子版とあり、紙版には豪華想定版などがあったり、電子も各話配信やらなにやら増え、さらに電子はロイヤリティ分配も行う。紙書籍では生産した分で計算すればよかった著者へのロイヤリティ計算を、電子では一定期間ごとに売り上げに応じて計算する必要がある。非常に多品種の商品があり、返品条件もあり、売上からロイヤリティ計算、原価計算までやってくれるような業務システムは実はそんなに多くない。
 つまり、やたら管理が煩雑になり、データ量が多くなり、細かくデータ経営したいというニーズには向かない。

需要が完全に一致する商品は複数存在しない

 これはつまり、同じジャンルだからと言って需要の代替はあまりできないということ。東野圭吾さんのとある小説を読みたいと思っている人は、同じミステリジャンルにあるからと言って、赤川次郎さんの小説を買ってはくれない。
 このことがビジネスにどう影響するかというと、厳密には新しい本の売れ行きは、出してみるまでわからないということに尽きる。もちろん似たような客層と想定している本の実績から、新しい本の需要を想定して初版の部数を決め、その需要想定で商品の作りなども決めていくのだが、予想を外して売れる、売れないということは頻繁にある。
 結果としてビジネスとしてはギャンブル性がそれなりに高いものであり、確率論的に試行回数を増やし、つまり点数をある程度出し、打席に立つ回数を増やすことで、ヒットやホームラン、三振を踏まえて、その総体で利益を出していくビジネスになる。出す点数が少ないとあまり安定はしない。
 50%の赤字タイトルと、30%のトントンのタイトルと、18%のそこそこ利益が出るタイトルと2%の大ヒットタイトルでバランスをとって、ようやく多少黒字を出す。というような構造になる。
 2%の大ヒットタイトルを意図的に増やすのは難しい、たまたまその時の時流などに乗らなければそれだけのヒットにはならない。
 したがって収益を上げようとすると、18%のそこそこ利益のタイトルの割合を増やし、50%の赤字タイトルの割合を減らす方向になるが、2匹目のどじょうばかりを狙い、挑戦的なタイトルを作らなければ、2%の大ヒットも出なくなる。そんなジレンマを抱えることになる。
 そして、毎年出るタイトルがバラバラだから月によって業績が結構ばらつく。大玉タイトルのある月に売り上げが大きく上がることになり、それは毎年同じ時期に出るということは基本ない。つまり、経営分析上は、対前年同期のような相対指標はあまり意味のない数字になる。かといってあらかじめ想定予算を組んでの管理も微妙だ。予想もつかない大ヒットや、コケるタイトルもある。そんな状況で予算を組んでそれ通り執行することにあまり意味はない。

コンテンツ事業としての出版事業の利点

 新作1点当たりの規模が小さい。それが最大の利点になる。要はより多くの作品を世に出して試すことができる。
 アニメなら1点を企画から始めると2年以上の時間がかかり、億単位の金がかかる。ゲームもピンキリだが、大型のものだと3年以上の時間がかかり、50億を優に超える開発費がかかる。
 小説や漫画なら1点数百万レベルの金額規模でかかる時間も半年程度。それで売れる=より多くの人に受け入れられやすいコンテンツを作ることができる。
 最近では無料の小説Webサイトや無料で読ませるコミックなどもあり、それで受けたものを出版するという傾向が強まっているが、無料で人気であるものと、有料で人気であるというのは大きな差がある。
 そういう意味では出版ビジネス(電子書籍も含む)は、コンテンツの試金石として、まだまだ役割のあるビジネスであるといえるだろう。

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