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コンテンツIPビジネスのビジネス的側面について ①出版編-分析上の注意点

 前回、出版ビジネスのビジネス上の特徴について述べた。今回はその業績を分析する際の注意点について記載しようと思う。
 出版社が学生に人気の就職先になっているニュースも見たし、どういう点に注意して業績を見るべきか、KPIを把握するべきかを書こうと思う。編集者も自社、自部門の業績を把握する参考になれば幸いだ。

返品率

 返品率は業界では標準的なKPIで、[返品]/[納品]の率となる。
 部数ベースの場合と金額ベースの場合があるが、上場企業などが開示している返品率は金額ベースのものとなる。

  • 返品率はやや遅行的な指標

 通常、書籍新刊の場合、印刷会社で作った商品は直接8~9割が取次に納品され、全国に出荷されていく。残りの1~2割程度は出版社の倉庫に納品され以降の追加出荷に備える。
 その後、出した商品は1か月ほど店頭に並べられ、売れなかった本は徐々に返品されてくる。その間、物流のタイムラグもあるため、通常新刊納品された月を0か月目とすると、1か月目はほとんど戻らず、2か月目から徐々に返品が戻ってきて、3か月目、4か月目あたりが最大の山となり、以降、売れたタイトルであれば急激に返品は減るが、あまり売れていないタイトルだと徐々に漸減しながら返品が戻ってくる。
 そのため、例えば10月の返品率というものを構成している数字は、納品側はその月に出た新刊が主体になり、返品側は5月や6月あたりの新刊が主体となる。
 年単位の数字を推移でみる場合はある程度内容が平準化されるので事業の参考になる数字だが、例えば四半期単位の数字などは大玉の新刊のその期の有無、その前の期の有無で大きく変わってしまうため、あまり参考にならない。
 返品は4~5か月後に結果が見えてくるという性格から、返品率も遅行的に数字が変化していく点に注意が必要となる。

  • 回転が多いと返品率が高くなる。

 1,000部出荷して最終的に200部が在庫売れ残りになるケースを例にする。
以下AとBでは最終在庫率は同じ20%だが返品率にすると結果が異なることがわかる。

どちらも1000作って800売れた状態
なお「純出荷」は「納品」-「返品」

 長期間にわたって出荷と返品を繰り返して数字が出来上がると、納品が増える分、返品率は悪くなる。
 画像はかなり極端な例だが、取り扱っている商品が、教養本のようなものであったり、辞書などのような商品で長期間ぐるぐると出荷と返品を繰り返すような商品は返品率が悪くなる傾向になる。
 逆に、コミックスのように初回でごっそり売るような商品は、返品率は低く出る傾向になる。
 この辺りのことはある程度念頭に置かないと、比較するべきでないものと比較して一喜一憂する羽目になる。 
 本来はそのあたりの指標として、生産に対する純出荷の割合や最終在庫率などを見るべきではあるのだが、1冊の本が出荷から、ほとんど返品が終わって実績が固まるまで9か月程度はかかる。なので、返品率の方がザックリと状態を把握するには都合が良い指標となる。

電子書籍の原価

 会計を多少なりとも学んだ人であれば、リアル物の原価については何となく想像できると思う。出版も通常の工業製品であり、原価計算ルールは通常の商品と変わらない。
 製品を作るのにかかったお金を原価として製品ひとつひとつに割り当てて、製品が販売されたら、売り上げとともに販売された分の原価を計上する。という形になる。
 一方で在庫のない電子書籍の原価はどう計上されるか。電子書籍比率の高いコミックスビジネスなどの業績を見る場合はこの辺りが重要なポイントになる。
 実はこの電子書籍の原価計上方法は標準ルールのようなものはない。特に非上場企業の場合、売上が初めて計上される際にその電子書籍の原価をすべて一括で費用計上して落としてしまうというケースも多い。何なら原価計上せず、支払いと共に費用で落としてしまっているケースだってそれなりにある。
 上場企業の場合は監査法人次第で、多くは期間償却をしているように思う。つまり一定期間を決めてその期間内で原価を毎月費用計上していく形だ。ただ、その期間も結局は売上がどれくらいの期間にまたがって発生するかをもとに決められるので、会社によってまちまちとなる。 
 昨今ではもともと出版業をやっていない会社が電子コミックや、タテスクロールコミックで参入するケースが多い。そういった会社で事業を始めたばかりの状態の場合、原価がどういう形で計上されているかによって見えている数字の意味合いが全く異なる。
 そして、電子書籍は一回償却が終わってしまえば、権利者への分配以外は基本的に費用発生が無い。そのため、アニメ化やメディア化などで新刊を出してから数年後にガツンと売上が立つと、そのタイミングでは大きな利益が上がる恰好となる。そのあたりを注意してみないと事業の状態を読み間違えることになる。

原稿料はどこにいるか

 小説などは最初に単行本を出し、その後文庫化するケースが割とある。他にも雑誌やWeb上の連載をまとめて単行本や文庫にしたりする。コミックスなどは雑誌やWebでの連載をして、単行本にまとめるケースがほとんどだ。
 そして、そういったケースの場合、作家に支払う原稿料や、写植・校正にかかる費用は連載時に発生しているため、雑誌やWebの経費として出ているケースが多い。
 で、今どきのコミック雑誌や文芸雑誌で利益が出せているところなんてほとんど無く、基本的には雑誌などは赤字になる。Webはもっと売上が立たない。ごくわずかなインプレッション広告の売上くらいだろうか。
 それで雑誌部門とコミック部門が分かれていた場合、本来コミックコンテンツを生むための費用である原稿料が雑誌部門で計上され、そっちばかり赤字というような構造になることがある。
 この辺りは内実を知らないと外から見ただけではわからないが、そういうこともあるのだと疑ってみてみないと目算を間違うことがある。

生産金額

 これは単純な指標で、その月の新刊の部数×本体定価で算出した数字で、どれくらいのボリュームで商品を生産したかを表す。
 出版物は月によって結構刊行点数がぶれる。その上、大玉タイトルがある月と無い月ではかなり生産量が変わる。また、部数が少なくても、価格の高い商品が出ることもある。そういった諸々を平準化して金額ベースで単純に生産ボリュームを示したものになる。
 先にも述べたが生産した新刊は8割~9割がそのまま直接問屋に納品されるため、生産金額が多い=売上が多い。という図式になる。
 また、その3か月後くらいにはその大きな納品分の返品が来るので、その月は返品により売上が下がることになる。
 納品が上下する要因としては、新刊が多い、大きい、季節的フェアでの出荷がある、アニメや映像の公開を翌月に控えていて店頭への押し出しがある。などで、要因によって返品の戻ってくる時期に違いがあるので、その点は注意が必要となる。

新刊点数

 正直新刊点数はあまり参考にしてもしょうがない指標だと個人的には思っている。先にも述べたが、大玉タイトルがあれば1点でも影響力は大きいし、高価格商品があれば、やはり影響は大きくなる。
 本当にざっくりとした指標にしかならないが、唯一、点数を指標として参考にするとしたら、生産する側の編集部のキャパシティだ。
 大玉タイトルにはもちろん、それなりに手を掛けるものではあるが、企画1点としてかかる労力は1万部作る本でも10万部作る本でもそれほど変わらない。むしろ内容によりけりだろう。
 したがって、新刊点数が増えてきている場合、編集者がある程度増えるか、外部編集やプロダクションにある程度異存するかしないとだんだん回らなくなっていく。外部編集やプロダクションへの依存が増えると、1点当たりにかかるコストはやや増える。
 そういう意味で新刊点数を見ることに意義が無いわけでもないといった程度になる。

間接コスト

 これはどんな事業でも一緒だが、販促費の中の間接コスト(人件費とかそういうコスト)をどの事業にどういうロジックで割り振るかについては、会社によって千差万別だ。そのため、上場企業の特定セグメントの営業利益を、他の会社の類似セグメントの営業利益と比較して良い悪いを論じるのはあまり意味が無い。やるなら同一企業の過去実績との比較になる。

ざっくりこんなところだろうか。
参考になれば幸いである。

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