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酔いどれのサンタさん


「え?なんでお兄ちゃんクリスマス会行かへんの?ウチめっちゃ楽しみやねんで?」

リナの関西弁には、まだ慣れない。

「子供会のクリスマス会なんてただ駄菓子が貰えるだけだろ。いい歳してサンタさんなんて言ってられるかバカ」

「バカって言った!お兄ちゃん、バカって言った!ひどい!」

「うるっせえな。じゃあ行ってこいよ。オレは家でゲームしてるから」

ぶっきらぼうに答えながら、こちらを睨み付けるリナを睨み返してドアをバタリと閉めた。


リナは、生意気だけど、とっても可愛い妹。
血は繋がっていないけれど、とっても大事な妹。

お母さんの再婚相手は、大阪から引っ越してきたばかりのサラリーマンのおじさんだった。あの人のことをお父さんと呼んだことはない。とにかくいつも帰ってくるのが遅いし、あまり話したこともない。

僕の本当のお父さんは、5年前に死んだ。もともと病弱で、しょっちゅう入院していて、暮らしていくためのお金はお母さんが稼いでいて、今もずっとその生活が続いている。

僕にはコンビニの夜間シフトだと言っているけれど、本当は子供には言えないような仕事なんだろうと、うすうす僕は気づいている。朝のお母さんはものすごく香水くさいし、お店の名前のようなものが書かれた名刺が化粧台の引き出しから見えたこともあるから。

お母さんは夜中になるまで帰ってこないからどうでもいい。おじさんもよくわからないからどうでもいい。

でも、おじさんが連れてきた11歳の娘……。少し前から僕の1歳下の妹になったリナのことだけは、大好きなんだ。

「サンタさんなんて、いるわけないのに」

そうぼやきながら、テレビ画面の中のなんだかカクカクしたマリオを走らせる。おじさんがこの家に来たときに持ってきたこのゲーム機は、ロクヨンとかいって、かなり昔のものらしい。このマリオカートもかなり昔のもの。通信対戦なんてできない。

おじさんは昔のポケモンのソフトもくれた。小さなケーブルと一緒に。昔はポケモン交換のために専用のケーブルを買っていたらしいけど使い方がよくわからなくて放置している。

「あーあ。つまんないな……」

昔のゲームだから、ひととおりのレースを終えてもまだ30分も経っていない。暇だから、寝る気もないけど寝ようかな。

いつの間にか寝ていたみたいだ。ぼんやりと目を開けると、すぐ近くにお母さんの顔が見えて、僕は思わず「あっ」と声を上げた。めちゃくちゃ顔が赤い。これはきっと、昨晩かなり遅くまでお酒を飲んでいたんだろうな。

「ユウキ……。私がサンタらよお……」

もう少しで胸が見えそうな、赤と白の衣装を着ている。お店でサンタさんのコスプレでもしていたんだろう。お母さんは僕に抱きついて、何度か頬にキスをした。お酒の匂いが移ってきて、僕はだんだん気持ち悪くなってきた。

「うざい!やめろ!」

喚きながらお母さんの頬をひっぱたいた。

「あらもう、やあねえ、もう6年生だもんね。そりゃ反抗期も始まるわよねえ……」

今度は頬をスリスリしてきた。僕の小さい頃から、お母さんは酔っぱらうとこうなってしまう。ひととおり僕の顔を撫で回すのが済んだら、今度はお母さんのほうが眠ってしまった。

とりあえず毛布をかけて、リビングの床に投げ捨てられているカバンを回収する。……あれ?横になんたか紙袋がある。なんだろ?

その時、ドアが勢いよく開いて、リナの甲高い声が響いた。

「お兄ちゃん、ただいまー!ぼんち揚食べる?」

「ドアは静かに開けろよ。お母さん寝てんだよ。あと、ぼんち揚ってなんだよ?」

「え?お菓子やん?大阪にいたころはどこのスーパーにもあったで?こっちに来てたら全然見ーひんから、久しぶりに見てテンション上がったわ」

「お菓子なんていくらでも家にあるだろ。棚にあるぽたぽた焼を先に食わないとしけっちまうぞ」

「しけっちまう、てなに?」

「えーと、湿気でフニャる、ってこと」

「あー。しっけてる、ってことか」

「さっきも言ったけど、お母さん寝てるから、あんま騒ぐなよ」

「えー」

リナは露骨にイヤそうな顔をする。まあ、血の繋がっていないおばさんをいきなりお母さんと呼べというほうが難しいよなあ。僕も、リナを連れてきたおじさんのことをまだオトンと呼べない。

もうお昼なので、ふたりでご飯をつくる。家に両親がいないことはしょっちゅうあるので、僕もリナも、簡単な料理なら作れるようになっていた。

といっても、ちゃんとレシピを教わったわけじゃないから、たまに、冷蔵庫の残り物を適当に鍋に突っ込んで煮ただけのメニューなんてのもある。

今日は、豚バラ肉が冷蔵庫にあったから、それを全部つっこんで鍋にした。これは、なに鍋って呼んだら良いのだろう。豚バラ鍋?というか、そもそも鍋なのかも怪しい。

「チキンとかケーキとかは?」

冷蔵庫から取り出したフルーツオレのキャップに手をかけて、リナが不満そうな顔をする。

「今日、クリスマスイブやん?」

「豚バラ肉があったんだからしょうがねえだろ。賞味期限今日までだし」

「今から買いに行こうよ」

「じゃあ、これ食ったら……」

と言いかけたところで、お母さんのカバンの横にあった紙袋のことを思い出した。もしかして、あれって。

豚バラ鍋をお皿によそう前に、リビングに戻ってみた。そして、紙袋の中を覗いてみると、そこにはケーキではなく、小さな長方形の箱が入っていた。もしかして……と思って、その箱を取り出した。僕の予想は当たった。これ、ニンテンドースイッチだ。

確かに、欲しいとは思っていたけど、サンタさんだったお父さんはもういないし、サンタさんを捨てたお母さんのことも好きじゃないから、別にお願いなんてしなかった。

ありがとう、って言うべきなのかもしれないけど……と考えていると、リナの声が響いた。

「なにしてんのお兄ちゃん……あっ、マジ?ニンテンドースイッチやん!ばりテンション上がるんやけど?……あ、でも……」

やかましい声を聞いてもなお、ヨダレを垂らして眠っているお母さんを見て、リナは複雑そうな顔をした。

「……サンタさんだよ」

僕は、なんともなしに言った。

「お母さんがそんな気の効くことするわけねーじゃん。サンタさんが、早めにプレゼント持ってきてくれたんだよ、たぶん」

「うん、そうやんな!」

リナはにっこりと笑って頷いた。

「でもこれ、お兄ちゃんへのプレゼントなんか、リナへのプレゼントなんか、どっちなんやろ?」

「……さあ」

「あと、ソフトないと遊べへん」

「だよな。じゃ、後でサンタさんにお願いしようか。あそこのケーキ屋、玄関にツリー飾ってたよな」

「うんっ!」

本当は、紙袋の中にはもう2つの箱が入っていたのを、僕は知っている。今年の秋に出たポケモンの新作ソフトの2つ『ポケットモンスター ソード&シールド』。でもスイッチは1つだけ。サンタさんがなぜそうしたのかは、僕にもよくわからない。

そして、お母さんのことは好きじゃないけど、嫌いにもならない。

「めっちゃ人ようさんいるー!」

来年の今頃には、リナの関西弁にも慣れるのかな。

サウナはたのしい。