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バリウムで無になる

今年も、健康診断という、とても健康に悪い行事に参加してきました。

本当のところは参加したくないし、どうせ休暇をもらえるなら、家でぼんやりと宙を見据えていたいのですが、それは許されません。

いくら内面は14歳の自分でも、世を忍ぶ仮の姿としてはそれなりにいい大人であり、社会の歯車の一部なのです。

その歯車が錆びていたら困るから、身体の中身を確認してこいと、社会の会社に言われたのです。

会社と社会は同じ漢字で成り立っており、つまり同じものなので、小さな歯車の自分は、大きな歯車からの圧力によって、クルクル回されるしかないのです。クルクル。

などという妄言を呟きたいものの、朝のラッシュ電車でご通勤の、ただでさえイライラしている方々の神経を逆撫でしてポリス沙汰になったら怖いので、ひっそりと黙って身を縮め、クソデカ医療機関の最寄り駅で下りたら、まだ9時にもなっていやしねえ。

なぜか予定時刻より1時間くらい早く着いちまいました。

遠足の日に、はりきりすぎて誰よりも早く教室に着いてしまった小学生のようです。ここまでワンパクなのだから、たぶん健康だろ……。もうこれ、診断する必要ないんじゃね?

さらには、健康診断前で絶食中なのに、すぐそこに吉野家とマクドナルドがあって、朝から元気に営業中である。罠か?

外は危険しかないので、ベンチでしばらくスマホと仲良くしていました。

なぜか、窪塚洋介さんがマンションから落下した時のことを唐突に思い出して、それについてググるなどしました。調査してみましたが、明確な情報は見つかりませんでした。18年も昔のことですし。

年収は?彼女はいるの?……については知りません。どこかのブログが調査してくれているかもしれないので、それを読んでください。

ただ、事故からリハビリを経て復帰を遂げた窪塚さんによる手書きのメッセージはなかなか感動的です。生きていてよかった。

その感動を引きずったまま、いつの間にか視力を測られて、いつの間にか身長と体重を測られて、心電図を撮られて、血液を抜かれて、その他もろもろが過ぎて、1時間ほどが経ちました。

待合室にはテレビがあり、見取り図の盛山さんが出ていました。

盛山さんの相方のリリーさんは、リリー・フランキーさんに風貌が似ていることから芸名を付けたそうですが、むしろ盛山さんのほうがリリー・フランキーさんっぽくないですか?髪型だけ?

そのようなことをぼんやりと考えているうちに名前を呼ばれ、奥の方にある隠し部屋みたいなところに通され、日常生活ではまず使うことがないような、多角形のヘンテコなクソデカ器具が置いてありました。

多角形のヘンテコクソデカ器具とか書かれても伝わらないと思いますが、とりあえず私の語彙力では言い表せない、21世紀のびっくりどっきりヘンテコクソデカメカです。

ドロンジョ様もびっくり。ドロンボー一味も健康診断とか行くのかな。トンズラーはBMI値を指摘されたりするんですかね。

このメカは何に使うのかというと、胃の検査です。いわゆるバリウム検査というやつですね。

体験された方も多くいらっしゃると思いますが、バリウムと呼ばれる白い液体を口に含み、メカの上に寝転がって、ガラスの向こうにいる医師のおじさんから「深呼吸して」とか「息を止めて」とか細かい指示を出され、その通りに動くのです。

「笑顔をつくって」とか「目線をちょうだい」とかは言われませんが、なんとなく自分がカメラマンに注文される被写体になっているかのような、不思議な気分になれます。

グラビアアイドルの方が撮影されている時って、こんな感じなのだろうか。

小倉優子さんも乙葉さんもえなこさんもアグネス・チャンさんも、こういう気分を味わったのだろうか。

そう考えると、もしかしたら自分の中で何かが芽生え……、ハアハア……、などというよくわからない思考を倦ねる間もなく、ガラスの向こうのおじさんから、メカの横に置いてあるバリウムを口に含みなさいという指示がきました。

ついに来たか。ごっくんの時間が。ごっくんを撮影される方も同じ気分を……。おっと、noteには18歳未満のユーザーもいるんだ。これ以上はいけねえ……。というわけで、飲みました。

これも経験のある方はご存知だと思いますが、このバリウム、お世辞にも美味しいとはいえません。

最近だとバナナ味とかイチゴ味なども存在するそうですが、この病院のものはどうやらプレーンなので、従来どおりの不味さがお楽しみいただける仕様。

マジで死ぬほど不味い。かつて販売されていたペプシしそ味とかペプシきゅうり味よりもよっぽど不味い。

あまりにも強烈な不味さによって、私の身体と魂はすべてから開放され、喜怒哀楽を超越したよくわからない感情が生まれ、気づいた時には検査が終わっていました。

この数分間はまるで無であった。飛び降りた時の窪塚さんもこんな感じだったのだろうか。御本人は当時のことを全く覚えていないそうですが。

あとは帰るだけなのですが、サービスで水のペットボトルをくれたので、待合室でそれを飲みました。

テレビにはまた盛山さんが映っていました。リリー・フランキーさんには特に似ていませんでした。さっきのは勘違いだった。

そして、窪塚さんの事故についてもなぜ自分が今さら調べる必要があるのだという気分になり、タブをすべて閉じました。

バリウムで無になったことで、やっと本来の自分を取り戻せたようです。健康診断は人の感覚を鈍らせるから良くない。


サウナはたのしい。