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時空警察NoT -Chapter 4/6-

「ぐやじいっ!」

目に涙を溜めて、藤木は歯を食いしばる。

思い返せば、幼い頃からずっと集団の中でビリだった。体育祭の大縄跳びではいつも真っ先に引っかかってクラス全員の反感を買い、隣の席の女子の机の下に消しゴムが落ちたから拾っただけでキモいから近寄らないでと蔑まれ、修学旅行の班ではあぶれ者になりクラス内ヒエラルキー上位の奴らと無理やり組まされてずっと荷物持ちとしてこき使われ、昨日はアルバイトの面接に通算72回めの不採用を言い渡され、今日は昼間にコンビニに行こうとしたら駐車場で数人の柄の悪い中学生に絡まれ、モジャモジャの天然パーマをからかわれた挙句に火を点けてオモチャにされ・・・。クソみたいな人生だ。

そして、さっきとっさに入ったオフィスビルの屋上。今どき屋上が開放されているビルも珍しい。午後3時。世の会社員たちは皆、パソコンと睨み合っているか、営業先へと出かけているか、という時間。人の気配がまるでない。飛び降り自殺には絶好の環境だ。

しかし、いざ15階の上から、ミニカーよりも小さい車たちとアリよりも小さい通行人たちを見ると、足がすくんでしまう。ここで終わらせたいのに。終わらせることもできない。いくじなし。

藤木は、とぼとぼと背を丸めて引き返し、階下のトイレへと向かう。生きていても他人の邪魔になるだけだが、死ぬ勇気もない。

個室のドアを閉め、よろよろとスマートフォンを取り出し、一旦トイレットペーパーケースの上の台に置く。おもむろにズボンを下げ、 イヤフォンを耳に差し込んで、身体は便器に腰掛ける。再びスマートフォンを手にして、画面の操作を始める。彼が辿り着いたURLの先は、いわゆる「いやらしい動画」だ。

こんなことぐらいしか、生きている楽しみがない。そこに虚しさを覚えながらも、息を殺して静かに興奮する。その興奮も数秒で消えてしまう。

「こと」を終え、ズボンを履き、深い溜め息をついてそっとスマートフォンの画面に目を移す。

そこに表れた内容を見て、藤木は一瞬だけぎょっとする。蛍光色を多用した派手な文字列が、うるさく点滅しているのが見て取れる。

(ご登録ありがとうございます!あなたのIPアドレス受信しましたので登録料として2日以内に下の下記の口座¥70000円お振込をください。お振込されない場合警察訴訟起こします。)

もう一度、今度は軽く溜め息をつき、藤木はせせら笑う。

「ふん、こんなのよくある詐欺クリックサイトじゃないか。ボクが1日なん時間エロサイトを見てると思ってるんだ。今時こんなんで騙されるかよ。バカだなあ・・・」

「騙しではありませんよ?あなたのIPアドレスはxxx,xx,xxx,xx、ホスト名はxxxxxxxxxxx、更にメールアドレスまで拝見させていただきましたが、xxxxxxx@xxxx.jp、そこから電話番号を辿って080-XXXX-XXX、LINEも覗かせていただきましたが知り合いがほとんどお店のお得情報アカウントですねえ。お友達が少ないようですね……」

ドアの向こうから、男の声が聞こえる。

「だ、誰だよっ?」

恐る恐る、藤木はドアを開く。

その先には、リボンの付いた赤いテンガロンハットを斜めに被り、にやりと笑みを湛えた長髪の男の姿が見える。

「きゃわああああああああっ!あっあっあっ・・・!お、オバケ!オバケ!幽霊っ!」

背筋を凍らせて仰け反る藤木の前に突如として現れた男は帽子に手をやり、頭を緩やかに垂れてこう告げる。

「はじめまして。藤木 大河(ふじき たいが)さま。お世話になります。時空に関する貴方のお悩みをズバッと解決。個人事業でタイムトラベラーをさせていただいております、舞洲 鶴見(まいしま つるみ)と申します。依頼内容はいっさい口外いたしません。何なりとお申し付けください」

何のことだかさっぱりわからないが、とりあえず個人情報はこの舞洲という謎の男に抜かれているようだ。声を震わせて、藤木はひれ伏せる。

「も、も、申し訳ございません!うっかりクリックしてしまったんです間違いなんですどうか!どうか!僕はバイトにすら受からないニートの身なので!そんな額は到底、支払えません!闇金に借りるのも怖いんです!どうか!どうか・・・」

床に顔をなすりつけ、藤木はただひたすらに謝る。舞洲と名乗る男は首を捻り、ふと数日前の記憶を手繰り寄せ、合点が行ったとポンと手を打つ。

「ああ……。アレかな。このまえ、酔っ払って時空のインターネットを弄って適当にいろんなところにウチのバナー広告を貼り付けて遊んでたんですよね。そうそう、エロサイトにもやったんだった。ちゃんと本物っぽく微妙に日本語がおかしい脅迫文もつくってね。あっはっはっ!いやあ、申し訳ない。アレは遊びで作ったダミーなんですが、驚かせてしまったようなので……そうですねえ、出会えたのも何かの縁です。特別に、無料でひとつだけ、あなたのご依頼を承りましょう」

唐突すぎて、何が何やらわからない。もしかしてこれは夢なのだろうか。まあ、これが現実だろうが夢だろうが、どうせすぐに死ぬのでもうどうでもいい。死ぬ前にひとつ、憂さ晴らしがしたい。

「・・・。僕、なんにもできないダメ人間で、友達もいなくて、人生ずっといじめられてて、もう大学生なのに中学生のヤンキーに絡まれて髪の毛チリヂリでモジャモジャなの弄られて火あぶりにされて・・・。屋上から飛ぼうと思ってたのにそれもできなかった。・・・だからせめて、この世に復讐してから死にたい。けど通り魔とか犯罪は怖いからできない。・・・だから、ビルを爆破したい!」

あまりにも愚直で幼稚な藤木の依頼に、鶴見は肩を揺らして笑う。

「あっはっはっ。良いですねえ。歓迎しますよ、そういう下衆なご依頼。超スピード対応、15分!15分で、ビルと言わず、この周辺一帯を爆破しましょうよ。どうせなら派手にやりたいでしょ。あ、貴方は適当に逃げといてくださいね。裏事業だから、もし怪我されても労災が下りませんから。それじゃあ、ひと支度してきますねっ」

そう告げると、舞洲とやらは姿を一瞬で消した。

しばらく呆然としていた藤木だが、もうここまで来ると自分が幻を見ているとしか思えず、聞こえよがしに思い切り高笑いをする。

「ギャハハハハハハ!ハハハハハハハハハハ!ギャハハハハ!ギャハハ!ギャハハハハハハハハハハ!ギャーーーーーーー!ッッッッッハッ、ハッ、ハッ、ハーーーーッ!」

その声はオフィスビルのフロアじゅうに鳴り響き、不審に思った社員たちはすぐに警察に通報する。しかし、なかなか110番が繋がらない。どうしたことか。

「・・・ちっ。じゃあ、よくわかんねえけど、さっき女の子がティッシュ配ってた、あそこを呼ぶか」

ある社員はそう言って、机に置かれたポケットティッシュに書かれてある電話番号をプッシュする。

「もしもし、お電話ありがとうございます。時空警察NoTです」

中年男性が受話器越しに答える。

「すみません、オフィスビル内に不審人物がいるみたいで、ずっと高笑いしているんですが・・・」

「はいはーい。すぐ行きまーす」

やる気のない声が聞こえ、そのまま電話は途切れてしまう。

「大丈夫かよ、時空なんちゃらとかいう、よくわかんない警察・・・」


Chapter 5/6につづく

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サウナはたのしい。