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アナーキック・エンパシー2:アイクの難解な論を読み解いてみよう

前回はエンパシーの闇落ちに関して、誰彼構わずエンパシーを向けるのは適切でないという論を紹介したけれど、逆にエンパシーを持つ人自身にかかわる問題もある。

アイクも取り上げていた「ヘリコプターペアレント」、これは子どもの上空でホバリングして見張るような過干渉の親を指す言葉だ(同じネタが出てくるのは、ふたりの著者がともに英国在住で執筆時期も近いから?)。アイクはこれが子どもの自立を妨げるとだけ述べたが、みかこさんは「なぜ干渉してしまうのか?」に目を向けた。子どもを思い通りにしたいという支配欲のようにみえるが(それもあるだろうけれど)、フリッツ・ブライトハウプトによれば、子育てしているうちに子どもへのエンパシーが高まって、自他の区別がつかなくなっているというのだ。

さらにブライトハウプトは、ドナルド・トランプは「エンパシーの達人」だという。トランプが誰かを思いやるわけではない。自分というものが希薄な人は、トランプのような強烈に自我を押し出す人物にエンパシーを感じ、空っぽの自分のなかにトランプが入り込んでしまうというのだ。日本でトランプを信奉してデモなどしている人は、陰謀論にハマっているのではなく、救世主への感情移入によって突き動かされているのかもしれない、とみかこさんはいう。書きながら私が思ったのは、「陰謀論」も人ではないけれど、感情移入の対象となっているのではないかということだ。トンデモと馬鹿にされる陰謀にエンパシーを感じ、肩入れしてしまう人もたしかにいるかもしれない。

エンパシーは大切、でもエンパシーには危険もある、と論じてきて、たどり着いたのは「ものは使いよう」という結論だった。車や刃物みたいなもので、それ自体善でも悪でもなく、使いようで変わるのだということ。

そしてエンパシーは他者理解のツールと捉えられがちだけれど、まず自分のために役立つスキルである。みかこさんは金子文子の例をひく。文子は肉親から虐待を受け、13歳で自殺を考えるが、川に身を投げようとした時に蝉が鳴きだしてはっと思いとどまった。辛い状況にあった文子には風景も暗く見えていたが、自分とはまったく無関係に生きている蝉の力強い声が、世界はこんなにも美しいと教えてくれたのだ。今見えている世界がすべてではなくて、違う可能性があるという気づき。それは他者、他所を想像してみないと得られないのではないだろうか。

アナキズムに話を戻そう。エマ・ゴールドマンは「アナキズムは人間に自己意識をもたらす唯一の哲学であり、神、国家、社会は存在せず、それらの契約は無効であると主張し続ける。なぜなら、それらは人間の服従を通してのみ達成されるからだ」、さらに「アナキズムは人間を捉えている亡霊[引用者注:神や国家]から人間を自由にする偉大なる解放者だ。それは個人と社会を調和させる調停者なのだ」という。

個人と社会は対立しない。「全体のために個人の自由を制限」とか、「個人は社会に迷惑をかけないように」という、ふたつを矛盾するものと捉える固定観念を乗り越えよう、とみかこさんはいう。「生きる主権は我にあり」と自覚する人間の出現と増加が夜明けとなる。アイクの「私たちは誰なのか、なんなのかを思い出せ。十分な数の人がそうすれば、『世界』を変えることができる」という言葉と通じるのではないだろうか。

ではアイク語に挑戦してみよう。

大切なのは、愛し愛されることだ。自分への、そして他のすべてのワンネスのあらわれへの愛だ。そしてワンネスのあらわれ自体も、愛である。

デーヴィッド・アイク『答え』第4巻

アイクの「愛」とは、恋愛、家族愛など、人間界で「愛」と呼ばれるものを超え、対立する者をも愛することをいう。掴みにくいけれど、「愛」を「エンパシー」に置き換えてみたらどうだろう。イコールまではいかないけれど、ニアリーイコールくらいにはなるのでは?

あとがきは、担当編集者さんからの「エンパシーを働かせる範囲の倫理的問題をどう考えるか」という問いに答えるかたちとなっていた(先日私も小児性愛者にエンパシーを働かせることについて書いていた)。デヴィッド・グレーバーは、「理解できないことがあっても、どのみちそれを考慮に入れなくてはいけない、といういうことを受け入れること」が重要だとした。「分かりあえやしないってことだけを分かりあうのさ」(フリッパーズ・ギター)ということをふまえつつ、斬り捨ててなかったことにはしないこと。なんとか折り合いをつけていくこと。


読んだ本に訳書に通じるスピリットがあったので、読書感想文のテイを取りつつ、なかなか理解されない訳書の解説も交えてみました。今Amazonを見たら、『他者の靴を履く』は「ギフトとしてよく贈られている商品1位」。アイクの言っていることはけっして荒唐無稽ではなく、「ギフトとしてよく贈られる本」くらいまっとうです。


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