痕跡を走る

捌いた魚の内臓を棄てたごみ箱の中に
床に落ちた長い髪の毛をつまんで棄てる
棄てなかった世界の痕跡が強い光の中に
輝く塵のように舞う そこにわたしはいる

愛しているものの影をとらえ それが影であることに
唇を噛んだ季節がなつかしい
周回遅れに急き立てられ懸命に走るうちに
追いつかないことを悟ったわたしは深く水に潜った
より遠くまで進むためのひと蹴りを静かに繰り返す時間の中で
遅れているのではなく進みすぎていたことを知る
前方に向かって投企する体力は残されていないのだから
ただ同じ速度を保ちながら 前方に向かって進まなくてはならない

机にはいつのまにか債権が積まれている
わたしは試されているのだ
権利を放棄させることによってそれを愛とみなし
権利を行使させることによってそれを愛とみなすような
否定の成立しない世界で負け試合のために
賭けをせよと

音を立てずに部屋を抜け 振り向かずに前を見据え
全速力で走らなくてはならない わたしは行かなくてはならない 
痕跡の塵の中を進む そうでなかった世界に向かって
無数の眼がきらめき 無数の指がゆれる やがてその強迫が音となり
わたしが音そのものとなって風を切るとき
わたしはたしかに速度としてそこにあり
つねにかつてそこにあったものとしてある

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