岸へ漕ぐ

小さなボートの櫂を漕いで わたしたちは
岸へ向かう 潤んだ牛の瞳の色をした湖に
月が揺らぎ流れてゆく 声を密やかに殺し
頬を伝う涙のように 光はただみずからが
音のない液体だと知っている 瞼のうらで
記憶を流している そっと水に寄り添って   

ボートの床板はばらばらと剝がれていって
破片が黒色のなかに溶けていくのを見送る
わたしの髪がなびくところにもう底はない
溶けゆく舟の上でわたしたちは向かい合い
静かな水に浸され色が変わる袖先の速度と
舳先が岸にぶつかる速度を秤にかけている

往きだけのボートに乗っている 腰がぬるく
溶けていく光は静かに空腹を満たし 揺れて
岸側に乗せたあなたを 地面へと送り届ける
腕もなく睫毛もない どうやって見送ろうか
みているふりをして みないことにするひと
みないふりをしながら ただみているわたし


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