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大嘘物語 #5「サーカス」

刀を研ぐ男が暗闇の中に1人。数時間後に本番を控えた男だ。

彼は普段所属するサーカス団でピエロとして玉に乗っている。
初めましての人に仕事が「玉に乗る」ことだと言うと、面白がられることが多い。なぜなら彼は「『いつも』『たまに』乗っている」訳であり、頻度を表す副詞が相反しているのだ。そんな小さなジョークは本業ピエロにとっては何の足しにもならない。面白がってきた一般市民を真っ赤な鼻で笑ってきた。

サーカスには色々な階級がある。あまりサーカスの内情は世間に知られていないし、知られていたとして映画やドラマなどの劇的なサーカスのイメージは全く違う。サーカス員も会社員のように1社会人なのだ。社会人として先輩、後輩はもちろんあるし、さらにサーカスでの立ち位置ももちろんある。空中ブランコをする社会人は命の危険もあるわけで階級が高い。それに比べればピエロは比較的低い位置に立っている。玉に乗ったって超えることはできない高さに多くの人がいる。
ピエロとして、社会人として、彼にも働く上でのストレスがタンマリあるわけだ。

ピエロとして本番を終え、お客様を盛り上げてバックヤードに戻ると使い古した茶色いソファからはみ出た団長が一言こうつぶやく。
「今日はお前にしてはウケていたじゃないか。」
「本当ですか、、?」
「これはさすがに来月の給料アップしてやる、、、わけないだろ!(笑笑)」
「はぁ、、、」

こんな調子で団長はサーカスハラスメントを毎日のように浴びせてくる。
「あ、君は空中ブランコで昔怪我したんだっけ。もう怖くて出来ないよね?空中ブランコやってる奴らはもはやおかしいって思うよね。あんな命かけてねぇ。もうあいつら道化してる(どうかしてる)よね?あぁ!道化してるのは君かぁ(笑笑笑笑笑)」
「火の輪を潜り抜けるライオンを扱う猛獣使いは立派だよねぇ、、それに比べて君は何か出来ることあるの?白塗り?玉乗り?俺の気分はノリノリ(笑)今、韻踏んでたよね?踏んでたよね!!??」

よし、本番中に団長の息の根を止めよう。毎日のストレスに晒された彼はそんな考えに徐々に至っていた。


暗闇の中の男は今までの苦悩を思い出して刀を研ぎに研いでいる。意識も研ぎ澄まされ、彼の中では団長をこの刀で貶めることにだけ集中している。
彼はどのように切り刻んでやろうかと考える。壁に目をやると冷たいデジタル時計が本番1時間前を主張している。彼は研がれた刀をその場に置き、洗面所に向かう。
経年劣化でくすんだ鏡に自分がぼんやり浮かぶ。お客が見ることはないすっぴんの自分だ。洗面台の電気だけを付けて顔のメイクを始める。塗りなれた顔の輪郭に白色を走らせる。今日が最後のメイクとなるだろう、今までは億劫だったメイクも最後と分かれば愛おしくも思えてくる。目の下に塗った塗料で自分が本当に泣いているようにも思えてきた。
自分がピエロに近づくにつれて自分が自分の師匠の顔に見えてきた。ピエロはメイクすればどれもこれも一緒ではあるのだが、この気づきで彼は救われることになる。

「何事もエンターテインメントであれ。」
かつての師匠が常に口にしていた言葉である。何事もエンターテインメント、、
玉乗りが上手くできない自分に師匠は言った。
「失敗もエンターテインメントだ!それもこれも笑えるように努力をするんだ。よし、もっかいやってみよう!」
自分の親がこの世を去った時にはこう声をかけてくれた。
「寂しいよな。これが世の摂理だ。この世には寂しい思いを抱えた人がいっぱいいる。彼らを笑顔にできるのはお前だ。何事もエンターテインメントなんだ。」
今、自分は団長の息の根を止めることだけを考えていた。何事もエンターテインメント、、
「恨みもエンターテインメントであれ。」

彼はこの考えで目的が変わった。
「サーカスの団長を本番中に剣裁きで真っ裸にしてやろう」

彼はいつも目にするお客と同じように口角が上がった。

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