【読書感想文】大地に根差して生きる者の強靭さと優しさを描く

閻連科の『年月日』という小説を読みました。閻連科は全く知らない作家でした。現在の中国文学を代表する作家の一人で、ノーベル文学賞の有力な候補と言われているそうです。

『年月日』は飢えに苦しむ老人と犬の絆を描いた小説です。73歳の「先じい」の苦しさにはリアリティがあり、読んでいると胸が苦しくなってきます。食べるものがないのはこんなに苦しいものなのか、と思いました。祖母や両親に聞いた戦争中の食糧難のことを思い出します。

閻連科は少年時代に貧しさや飢えに苦しんだそうで、「先じい」の苦しみにはこの作家の体験が反映されている気がしました。中国の社会の負の部分を描く作風で、政府に睨まれているそうです。中国では経済発展のことが強調されることが多いですが、それから取り残されている人々もいるはずで、閻連科はそんな人たちの声を掬い上げようとしているもかもしれません。

「先じい」に寄り添う存在が犬の「メナシ」です。名前の通り目が潰れてしまった犬で、この犬と「先じい」の絆は、読んでいて何度も胸が熱くなりました。

なあ、メナシ、もしおまえがメス犬で、わしが結婚しようと言ったら、おまえ、うんと言ってくれるかい? つれあいがいて、一緒に生きていくというのは、本当にいいもんだからなあ。
盲犬は先じいの手のひらを何度もなめた。(22ページ)

先じいはわずかなトウモロコシを見つけて、それを守るために鼠と闘ったり、荒廃した土地に残った水を得るために狼たちと睨み合いなったりします。このあたりの描写には鬼気迫るもの感じました。

やがて絶体絶命の危機に追い込まれて、先じいは重い決断をします。その決断を察したメナシの眼からは涙がこぼれました。先じいは大地に根差して生きる人間です。先じいも人間なのでずるさやしたたかさを持っていると思うのですが、根本のところで深い優しさを持っているのだと思います。それは、この世界で生きている普通の人たちが共有しているものです。その優しさがこの世界全体を支えています。

物語の最後でわずかな救いが示されます。本当にわずかな救いで、暗いともいえるのですが、私は真実味を感じました。現代の日本に住んでいたら、飢えを経験することはほとんどありません。でも、ここで描かれている飢えの苦しみは、アフリカなどで現在でも多くの人が経験しているものです。そんな苦しみをなくすことは難しそうに見えますが、先じいのような個人の良心が世界を少しずつ変えていくのだと思いました。

この本は、鹿児島市に最近できたbooks selvaで買いました。普通の本屋では見かけることが少ない、マイナーな文学書が多く並んでいるところです。私の好きな詩集や歌集もたくさん置いてあります。店主の杣谷さんは気さくで、親切な方です。鹿児島に来られたら、ぜひ一度足を運んでみてください。鹿児島市役所の近くにあります。noteもされていて、良い記事を書かれています。通信販売で本を買うことも可能です。


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