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プラプラ堂店主のひとりごと㉜

〜古い道具たちと、ときどきプラスチックのはなし〜

あやつり人形のはなし

 それは、個性的な顔の人形だった。先日、店にあやつり人形の持ち込みがあったのだ。ヨーロッパの、たぶんチェコあたりの人形だと思う。木彫りのバレリーナの女の子。そんなに古い物ではないようだ。丸い顔にとろんとした大きな目。金髪をお団子に結んで、少し悲しそうに笑っている。幾何学模様のバレエのコスチューム。オーガンジーのスカートはひどく短い。一見怖い要素はないのに、少し不気味な気がするのはどうしてだろう。でも、すごく惹かれる。人形に触れる前から、あの音がした。新しい主人を探しているんだなぁ。人形の頬に触れると、鈴のようなその音は不思議な音楽のようにぼくを包みこんだ。こんなことは初めてだ。だんだん頭の奥が痺れるように、ぼんやりとしてきした。このあやつり人形は作家の作った一点ものだろう。いわゆる土産物の民芸品ではない。高いことは見当がつく。でも。ぼくは値段も聞かず、導かれるように「買います」と言いそうになっていた。
その時。


(だめ!買ってはだめ!)


耳の奥に聞こえる声。抹茶碗…?ぼくは思わず振り向いて、店の棚の抹茶碗を見た。


(だめよ!)

間違いない。抹茶碗がぼくに伝えてきたんだ。怖いくらいに真剣な様子が伝わってきた。ぼくはようやく、我にかえって言った。

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「…すみません。残念ですが、うちでは扱えません」

持ち込んだ女性は、抑揚のない声で「そうですか」というと人形を布に包んでサッと帰っていった。残されたぼくは、狐につままれたような変な気分だ。

「すごく素敵な人形だったのに。あれは絶対に売れたよ。いったい、どうしたんだい?買っちゃだめだなんて」
「あぶない所でしたよ」
「何が?」
「あの人形は生きています」
「え?」
「意志を持っているの。危険な人形よ」
「ええっ?呪いの人形ってこと?」
「ああ、それは持っていた人間が無念の想いを残して死んだ呪いのことでしょう?
そうじゃないの。あの人形は自分を人間だと思っている。だからタチが悪いの!
人形作りの職人は、人形を作る時に命を吹き込む。でもね、完成した時にその人形が勝手に暴走しないように『お前は人形だ』と刻印を打つのよ。でも、最近はそういうルールを守らない職人が多くてね。困ったもんだわ。自分が人間だと思っている人形は、持ち主を操ろうとする。あわよくば自分が主人と入れ替わろうとするのよ」
「…こ、怖い」
「あなたはぼんやりしているから、すーぐに乗っ取られちゃうわよ。はー、あぶない、あぶない…」


ぞっとした。うっかり人形は買ってはいけないな。背中につーっと冷や汗が。


「助かったよ。ありがとう。それにしても。そんなこと、よく知ってたね。もしかして、人形で怖いことがあったとか?」
「ありましたよ。あなたの家に来る前のことです。それはきれいな市松人形さんがいてねぇ」
「わーストップ!今日は聞くのやめとくよ。もう十分怖い!」

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