ジェネシス_ノーマル

GEEK-14

ぷらすです。
やっとギーク14話アップです。
かなり悩んで苦労していた沼をやっと抜けた気がしますw
ここからスイスイ書けたらいいなー。

 『スポンサー』は、アメリカ全土、いや、今や世界中にネットワークを広げる共同企業体である。
 アメリカを代表する大企業が、それぞれの会社にとって有益な研究や発明を発掘、援助することを目的に作り上げ、それぞれの会社から人員を出向させ、投資家などから資金を募り、大学の研究室、民間団体、ベンチャー企業、個人などに研究資金を援助している。

 そして資金援助の見返りに、成果を上げた研究のパテント(特許)使用の独占、場合によってはパテントそのものを買い取ることで、企業の利益に繋げているのだ。
『スポンサー』の業務は、研究者と企業のマッチング、資金援助、パテントの管理、投資家への還元など多岐に渡る。

 そんな彼らが近年、最も力を入れていたのが『物質転送装置』の開発であった。ルンドバリ・ヘヌリ教授をリーダーに進んでいた研究で、遠く離れた場所に一瞬で物質を移動できるという夢の発明。
 もし、この研究が実用化されれば、世界の流通の概念は大きく変わる。
 それゆえ彼らは、多大な資金をこの研究につぎ込んできたのだ。

 しかし、三年前。
 実用化まで後一歩というところで行われた実験が失敗、あわや大惨事になりかけた。結局大事には至らなかったものの、その後の調べで研究の危険性が指摘され、政府によって『物質転送装置』の研究は封印されてしまった。

 だが、研究データを政府に差し押さえられる寸前に辛うじて引き上げに成功したスポンサーは、別の研究者チームを雇い入れ、極秘に研究実験を進めていた。それほどまでに、彼らがこの研究に費やしてきた時間と資金はあまりに膨大であり、これを回収出来なければ投資を行ってきた企業や投資家たちの損害は計り知れず、最悪、倒産、破産の危機というところまで追い込まれていたのだ。

「は、はい、失ったデータの一部の解明に随分と手間取りましたが、何とか完成の見通しが立ちました」
 『スポンサー』CEOのデイヴ・クラウザーを前に、ジミー・ミルンズはそう報告していた。いかにも気の弱そうな眼鏡のルミンズの目の下には濃い隈が出来、顔色も悪い。
 クラウザーはミルンズを上目遣いにじろりと見上げる。
 どこかマスコットキャラクターを思わせる、禿げ上がった頭頂部を囲むような白髪、ブルドックのように垂れ下がった頬、たっぷりと脂肪を蓄えた二重アゴなど、愛嬌のあるルックスとは対照的な猛禽類のような鋭い視線に、ミルンズは震え上がる。

「そうか、それで完成はいつだね」
 壊れたチューバのような低くノイジーな声でクラウザーが質問する。
「二日後の月曜には完成する予定です」
 ミルンズは吹き出る冷や汗を拭きながら答える。
 すると、それまでの不機嫌そうな表情から一変、クラウザーは満面の人懐っこそうな笑みを浮かべて椅子から立ち上がると、ミルンズを労った。

「三年前の事故で、政府に研究の継続を禁止された時はどうなることかと思ったが、君がここまで頑張ってくれたお陰でどうにか我々の首も繋がりそうだ。
三年間、本当にご苦労だった。この調子で完成に向けてもうひと踏ん張り頑張ってくれたまえ」
 上司の思いもよらぬ言葉に、ホッとしたような表情を浮かべるミルンズをオフィスから送り出したクラウザーは、扉を閉めるとそれまでの笑顔が嘘のように、眉間にシワを寄せた不機嫌な表情に戻る。
「ふん、まったく役に立たん部下を持つと苦労する。たかが装置一つの復元に三年も費やすとは」
「まぁ、そう言ってやるな。下手をすれば国家反逆罪に問われかねん行為だ。真面目だけが取り柄のルミンズにとっては、胃に穴のあくような毎日だったろうさ」
「胃に穴が空きそうだったのは私の方だ。この三年、毎日のように親企業から矢のような催促を喰らい続けたのだからな」
 オフィスの奥から現れた男の言葉に、クラウザーはフンと鼻を鳴らした

「しかし、何のために使えもしない装置を作り直すのか、まったく理解できんな。物質転換理論は不可能どころか、地球をまるごとブラックホール化する危険があると証明されているのだろう?」
 男の疑問に、クラウザーはニヤリと笑う。
「あの『物質転換装置』は欠陥品だが、言い換えればたった一台で地球を滅ぼす力を持つ“究極の兵器“ということでもある。それを保有するということが、どういう意味を持つか、お前は分かるか?」
「……世界征服でも狙っているのか?」
 男の答えに、クラウザーは「まさか」と二重アゴを揺らして笑う。
「世界征服などコストパフォーマンスが悪すぎる。それに我々はビジネスマンだ。そんな金にもならん事に興味などない」
 彼はそう言ったあと、「だが、あながち間違いではないかもしれんな」と付け加える。

「システムを変える必要などない。我々が『世界を滅ぼす力を持つ装置を保有している』というだけで、誰もが我々の商売に対して“協力的“になるのだ。それがどれだけ我々のビジネスにとって有益か、分かるかね?」
 クラウザーの質問に、男は肩を竦め「まぁいいさ」と答える。

「俺の知ったことじゃない。それで? 装置完成後、ミルンズと奴がスカウトしてきた研究者どもを始末するのが俺の仕事という事で間違いないか?」
「その通りだ。小心者のミルンズにおかしな気を起こされては困るし、装置のシステムを知る研究者どもが生きていては後々面倒な事になりかねんからな。それと、我々の周囲をうろつくネズミの始末も忘れないでくれよ」
 クラウザーは鋭い視線を眼帯の男に向ける。
「分かっているさ。俺が今まで『スポンサー』の期待を裏切った事があるか?」そう言って、眼帯男は片眉を上げて見せた。

 Z・C・Sメンバー及び、ニューヨークを拠点に活躍する全ボーダーによる会議のあと、Z・C・Sリーダー アントニー・シャノンによってチーム分けが行われた。
 プロフェッサーGをリーダーとしたファイヤークラッカーによるテロ対策チーム。
 クロウ・カシスことレイラ・ブレイズとアントニーをリーダーとした『スポンサー』捜査チーム。
 そして、ギークこと コンラッド・マイヤーとヒューバートの二人を中心にしたセシリア・ローズ救出チームだ。
 殆どのボーダーはテロ対策、捜査員は『スポンサー』に振り分けられ、それぞれ別々の会議室に移って、方針を固めている。
 セシリア救出チームは、実質コンラッドとヒューバートの二人なので、オフィスで話し合いとなった。大人数が動いて敵に動きを悟られないためだ。別れ際にレイラが「強力な助っ人を頼んである」とウィンクしていたが、オフィスには誰も来ていなかった。

「さて、問題はセシリアが何処に監禁されているのかだが……」
 たった二人の会議の口火を切ったのは、ヒューバートだった。
 救出チームの事務方メンバーは実質、他二チームのサポートも兼任しなくてはならない。だから、二人がメインで動き、事務方に必要なサポートを頼むことにしたのだ。
「支局ビルの周辺の防犯カメラもチェックしたが、どのカメラにもBHの姿は写っていなかった。もしや監禁場所までセシル連れたままテレポートしたのか……」
「いや、それはない。自分以外の人間を連れてのテレポートは、テレポーターにとってもかなりの負担がかかるから、そんなに遠くまでテレポート出来るとは思えない。ビルの外、防犯カメラの死角までテレポートして、そこから車で逃げたんだと思う」
 ヒューバートの質問に、ギークスーツの白黒マスクだけを脱いだコンラッドが答える。
「多分、支局乗っ取り事件の時に防犯カメラの死角をゲルトから聞いてたんだろう……ゲルトのやつ、もう二、三発ぶん殴っておけば良かった」
 冗談めかしてはいるが、コンラッドの瞳には本当にゲルトの元までテレポートし、殴りかからんほど怒りが込もっていた。
「せめて何か手がかりがあれば……」
 ヒューバートがそう呟いたときだった。

はーい、そこのショボくれたお二人さん、救世主様の降臨よ!
 オフィスのドアを勢いよく開いて登場したのは白衣姿のアリス・ウィックローだった。
 好きが高じてコンピュータとプログラムに関しての博士号を取った生粋のパソコンオタクであり、ツイッティアと共にMA3の逮捕に貢献したコンラッドの友人である。

 突然の登場に呆然とする二人に、アリスはツカツカとヒールを鳴らして歩み寄ると、
「話はレイラから聞いたわコート。私にセシルの居場所を特定するアイデアがあるわよ」
と、二人の目の前で仁王立ちの彼女は、そう言って片眉を上げて見せたのだった。

 ふと気づくと、セシリアはニューヨークの街中に一人立っていた。辺りには靄がかかったように霞んでいるものの、よく見知った街並だ。
(なぜ、私はこんな場所に立っているの?)
 セシリアは、ぼんやりした頭で自分の行動を振り返る。
(MA3の取り調べ中、何か重要な話を聞いてそれから……)
と、そこまで考えて彼女はハッとする。
 コンラッドとヒューバートに、BHの真の目的を伝えよう乗り込んだエレベータの中で、BHに拉致されたはずなのだ。
 なのに、自分はどうしてニューヨークの街中に立っているのか。
 混乱する彼女の耳に、自分の名を呼ぶ声が聞こえ、彼女が振り返ると、無人の道の向こうから彼女に向かって走ってくる二人の男が見える。

「セシル!!」
 立ち尽くす彼女を、駆け寄ってきた男の一人が抱きしめる。
 セシリアは咄嗟に体を入れ替え、男の手首を取るとそのままねじり上げるように投げ飛ばして関節を決めた。
いでででででで!!!! セシル! ギブ、ギブ!!
「え、あれ、コート?」
 慌ててセシルが手を離すと、コンラッドは捻られた手首を振りながら立ち上がり「無事みたいで良かった」と言う。見ればその後ろにはもうひとりの男、ヒューバートが俯いて肩を震わせていた。
「これは一体どういう事? 私、BHに……」

「捕まったままよ」
 後方からの声に振り返ると、そこにはMA3が立っていた。
「あなたが眠ったから、私のクイーンダムに招待したわけ」
 MA3の能力は、自身の作った夢の世界、クイーンダムに眠っている人間を呼び寄せることが出来るのだ。
「ここが……」
 セシリアは、物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回した。
 まるで、ニューヨークの街並そのもののだ。言われなければここが夢の中とは気づかないだろう。

「ごめんよセシル」
 声に振り向くと、コンラッドが沈痛な面持ちで立っていた。
「BHの正体がヘヌリ教授だと、もっと早く君に知らせてればこんな事には……」
「そう、それよ!」
「う、うん。だからゴメ…」
「違うの! 監禁されたアパートで私、彼と話したのよ!」
 セシルは、BHことヘヌリ教授との話の内容を三人に全て語った。

「月曜日か……」
 重苦しい沈黙を最初に破ったのは、ヒューバートだった。

「つまりテロは陽動で、BHの真の目的は装置、研究データの完全破壊と関係者の抹殺というわけか。コンラッドの推測は概ね当たっていたというわけだ」とヒューバート。
「しかも陽動とは言え、テロの方も無視は出来ないわけだ。っていうことは、既に相当数の兵隊は集めてるってことかな」
「多分、今回彼らは“スカウト“はしていないと思うわよ」
 コンラッドの呟きに答えたのは、MA3だった。

「以前、火炎男の事件があったでしょ?」
 一般市民の男性がトリッキー・ロドリゲスの洗脳によって、一時的にゾイド化してしまった事件だ。
 その後、彼の遺伝子からは異能力者が必ず持っていると言われる“ボーダー因子“が見つからず、現在も真相究明のための研究が続いている。
「今度の大規模テロ計画では、あの事件と同じ方法が使われるはずよ。あの事件はその為の実験だったんだもの」
「つまり、一般市民を洗脳してゾイドとして使うってこと?」
「私が捕まった後、計画が変えられてなければね」
 セシリアの問いにMA3がしれっと答える。

「なんでそれをもっと早く言わないのよ!」
「捕まったとは言え、私もファイヤークラッカーの一員だもの。仲間は裏切れないわ」
「じゃぁ、なんで今話したの!」
「信頼してたリーダーが、仲間を捨て駒として使おうとしてるって分かったからよ。裏切り者のリーダーに義理立てする必要なんないもの」
 女の恨みは怖いのよ。とMA3は軽い調子で言うが、セシリアはその表情に一瞬憂いが浮かぶのを見た。

「しかし、そんなに大量の人間を一度に洗脳出来るのか?」
「テレビ、ラジオ、ネットを媒介にすれば、不可能じゃないかも」
 ヒューバートの疑問に答えたのは、セシリアだった。

「トリッキー・ゴンザレスの能力が及ぶ範囲は正確には分からないけど、例えば視聴率の高いテレビや、ネット配信されてる番組をジャックして、カメラに向けて能力を使えば、一気に大勢を洗脳することも可能なんじゃないかしら」「ニューヨーク市民の誰もが知る人気番組……しかも録画じゃなくて生放送……ニュース番組とか?」
「ニューヨークで一番視聴率の高いニュース番組というと……『イブニング・トゥディ』か」
「正解」
 セシリア、コンラッド、ヒューバートの三人の推理に、MA3が短く答えた。
「少なくとも私が聞いた話では、そういう計画になってる。市民を脅かすゾイド相手なら遠慮なく戦えるあなた達ボーダーだけど、ゾイドに操られてる一般市民相手じゃ迂闊に手は出せないでしょ」
 MA3の言葉に、三人はグッと息をつまらせた。

 国内に限らず、異能力者に対して差別や偏見は決して少なくない。
 ゾイド犯罪に対抗するべく、警察機関と連携するボーダーの存在ですら歓迎しない人間は多く、それが未だ全米ボーダー協会(NBA)設立に至らない理由にもなっている。
 もし、トリッキー・ゴンザレスの洗脳にかかりゾイド化した一般市民とボーダーが戦い、市民を傷つけるようなことになれば、反異能力者勢力のみならず、潜在的に異能力者を恐れる市民もがボーダーや政府に反発する可能性は十分にありえるのだ。

「何としても、事が起こる前に阻止しなければ我々の負けというわけか……」
 ヒューバートが唸るように呟いた。
「そして、ボーダーがテロ阻止に駆り出された隙に教授は『スポンサー』を狙うってわけだ」
 コンラッドは珍しく苛立ちを顕にした。

 とその時だった。

 ポンという場違いな音とともに、四人の真ん中に黄色くて丸いボールのようなものが現れた。
「え、ツクネ!?」
「はいはーい! みんなのアイドル、ツクネ様の登場だよー」
 驚くセシリアに向かって、カートゥーンアニメに登場するキャラクターのようなヒヨコがウィンクしてみせる。
「場所が特定出来たのか?」
 そんなツクネに向かって、コンラッドが勢い込んで尋ねる。
「へいへーい、がっつく男は嫌われるぜー。このツクネ様にとっては、べりーいーじーな仕事さ」
 ひよこは羽を器用に折り曲げて、人差し指を立てるような形を作って振りながらそう言った。
 一人、何が起こっているのか分からず困惑しているセシリアに、黄色いヒヨコは目を向け、
「そこの怖いおねえさんの時と一緒さ。ボクがコンラッドの脳を通してこの夢に入り、君の意識を辿ってアリスが居場所を特定したんだ」と言った。
「怖いは余計よ、ヒヨコちゃん」
 MA3が笑顔のままツクネの頭をガッと掴んで力を込める。
「ぎゃあああああ!! 潰れる! 頭が潰れちゃうからーー」
 甲高い声で騒ぐツクネを見ながら、いつも通りの空気に安心するセシリアの肩に手が置かれる。コンラッドだった。
「すぐに迎えに行くよ。もう少しだけ待ってて」
 それは、セシリアが今まで聞いたこともないような優しい声だった。 

To be continued

←GEEK-13 ・GEEK-15→


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?