ショートショート

ぶらつく冗句

「それでは説明させて頂きます」
 Yシャツにネクタイ、七三分けでべっ甲メガネ。ついでに量裾に腕貫をはめた役人は、恭しく私に一礼をしてからテーブルを挟んだ対面席に座るとそう切り出した。私たちの間には八十五ミリ×五十ミリの紙製の箱が置かれている。

「ここに入っている『毒物』は、摂取後すぐ身体に影響するような強いものではありません。
 長年の研究結果により、一定量摂取し続ければおよそ十年ほど寿命が早まる程度の極々弱いものです。
 もちろんガンや動脈硬化、脳溢血、呼吸器異常などのリスクは高まりますが、病にかかるかどうかは、摂取者の体質などによって異なります。

 また今回のご登録で、係りの者がこの毒物を一ヶ月に三十箱お届けすることになりますが、それは決してノルマ制ということではありませんので、必ずしも三十箱を摂取しなければいけないとう事ではありませんし、逆に三十箱以上の摂取ももちろん可能です。
 規定量以上摂取される場合、いつでも本庁にご連絡ください。二十四時間いつでも係りの者がお届けいたします。

 ただし、最低一ヶ月に一箱以上の摂取が本制度ご利用の義務となります。
 一ヶ月分の摂取量が規定量に満たない場合は、その時点で制度のご利用は無効となりますのでご注意ください。

 また、毒物摂取には公共機関・プライベートに関わらず専用のスペースをご利用ください。
 すでに、ご自宅の方に専用のスペースを係りの者が設置させていただいているかと思いますが……、そうですか。ではくれぐれも専用スペース以外での摂取はお控え下さいます様よろしくお願いいたします。

 ちなみに、途中で制度のご利用を中止される場合は、それまでにこの制度で得られた金銭や特権は、開始日時である本日まで遡り剥奪、返還が義務付けられておりますのでご注意を。

 逆に貴方が途中でご病気などに掛かられた場合……、貴方が亡くなるまでの治療費・入院費・介護費等々はすべて無料となり、二親等までのご遺族への遺族年金及び保険料・教育費等はすべて国費で保証される事になっております。
 ちなみに、これらの保証は仮に貴方がご病気を患うことなく天寿を全うされた場合も同様です。

こちらからのご説明は以上となりますが、他にご質問等ございますか?」

 男は説明中、一度も資料に目をやることがなかった。恐らく相当な数の『制度利用者』に説明をしてきたのだろう。

 私は特に疑問がない旨を告げると『毒物』十箱の入った包みを三つカバンに詰めて陰気臭い部屋を出た。

 およそ十数年前に始まった『国民健康増進法』は、あっと言う間に行き詰まった。
 健康に被害を及ぼす可能性のある嗜好品や食料を、国はすべて『毒物』と認定し、使用を禁止してしまったのだ。
 私から見れば狂気の沙汰としか思えないような法律だ。

 全ての国民に健康で健やかな生活を。

というのが政府の表向きのお題目だったが、膨れ上がる医療費を少しでも軽減したいという本音が透けて見える法案で、こんな阿呆な法案が通るはずがないと私は楽観していた。
が。
 世の中は私が思うよりもずっと狂ってしまっていたのだろう。
 この狂気の法案は国会で満場一致で可決され、あらゆる嗜好品はすべて売買禁止となり、炭水化物、糖類などは配給制となって政府が規定した以上の摂取が禁止された。

 その結果、人類の寿命は飛躍的に伸び、医療費は減ったのものの年金、介護などの社会保険は、ほぼ壊滅状態となった。
 さらに、健康で長生きとなったものの、先の暮らしへの不安や不満が老人たちの間で高まり、高齢者による自殺・犯罪の増加、果ては暴動が激化する始末。

 そこで政府が打ち出したのが、希望者限定の通称『緩やかな自殺法案』だった。ざっくり言えば弱い毒性を持つ嗜好品を希望者へ支給し、早死してもらおうというものだ。

 この法案制定までの間、国会は蜂の巣をつついたような騒ぎだったが結局、背に腹は変えられず、この法律は可決、この春から施行されている。
 私にしてみれば、まさに願ったり叶ったり。

 まるでコントのような顛末を思い返し、私は専用スペースで『毒物』の封を切りながら思わず笑ってしまう。
 そして『毒物』を一本取り出すと、それに火をつけて十数年ぶりに思いっきり吸い込み、そして盛大に噎せた。

おわり

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第一回noteショートショートフェスティバルマガジンその1
https://note.mu/umimimimimi/m/m0115fd3eb9f8

第一回noteショートショートフェスティバルマガジンその2
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素敵な作品が沢山載ってますよー!
興味のある方はご一読を!(*´∀`*)ノ

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