ディベロッパー表紙

ディベロッパー introduction

◇ introduction

 俺の名前はジェームズ・バーキン。
……いや、それは俺がまだ『人間だった』時の名前だっけ。
 まぁいい。ともかく俺は生前 ジェームズ・バーキンという名前の人間だった。

 人間だった頃の俺は、大学卒業後にシリコンバレーのある会社でディベロッパーの仕事をしていた。
 郊外の一軒家で、愛する妻とまだ赤ん坊だった娘と暮らし、平日は仕事をして休日は家族と過ごす。そんなごく普通の幸せな男だった。

 そんな俺の人生を狂わせたのは、一通のメールだ。

 仕事中、俺のPCに届いた一通のメールが俺の全てを奪ったのさ。
 人生一寸先は闇というが、あれは嘘じゃなかったんだな。
 メールに添付されたファイルを開いた俺の目に飛び込んできたのは、地元ギャングの裏帳簿。
 ひと目でヤバいと分かるメールだ。

 誰が送ってきたのか、なぜ俺に送ってきたのかは分からない。ただ、そのメールが俺のもとに届いた事実があるだけだ。

 それから俺はどうしたと思う?

 まだ若く世間ってやつを知らなかった俺は、事もあろうにそのメールをプリントアウトし、上司に報告しちまったんだ。笑っちまうだろ?
 それがどんな結果を招くか、今なら文字通り痛いほど分かる。
だが、あの頃の俺には想像することが出来なかった。

 上司は俺を非常階段の踊り場に連れ出し、脂ぎったソーセージみたいな指を俺の肩に置いてこう言ったよ。
「メールの送り主が誰かは分からないが、この件は私に任せろ。上と相談して速やかに警察にこのプリントを渡す。もちろん君の名前が表に出ないように手配しよう。君はPCのメールデータを削除して、何もかも忘れて普段通り業務に励め」と。

 その後何が起こったか、“あんたなら“分かるよな。
 そう、ヤツは……いや会社自体がギャングと通じていたんだな。
 もっと正確に言えば、ギャングどもの金の洗濯を会社が請け負ってたのさ。
 マネーロンダリングってやつだ。

 仕事を終えて家に帰った、俺の目に飛び込んできたのは妻と娘の死体。
そして俺自身も、待ち構えていた奴らに殺された。

 言っておくが、ただ殺されたわけじゃないぜ。

 奴らは瀕死の俺をどこかの倉庫に連れて行き、俺から情報を聞き出そうとした。どこからデータを手に入れたのか、目的は何か、仲間は何人いるのか。
だが、俺が何かを知っているハズはない。
さっきも言ったとおり、裏帳簿は突然メールで送りつけられただけだからな。

 もっとも、奴らがそんな言葉を信じるわけないよな。
 この世の地獄ってやつを味わったよ。こと拷問にかけてはヤツらはプロだからな。
 そうして、俺の言葉に嘘がない事を確認した奴らは俺を殺し、これみよがしにゴミ捨て場に捨てたというわけだ。見せしめってやつだ。

 殺されたハズの俺がなぜここにいるのかって?
確かに不思議だよな。俺自身まだ夢でも見ているような気分だ。

 まぁ、悪夢だがな。

 俺は確かに死んだハズだった。
だが、ゴミ捨て場に打ち捨てられた『俺の死体』の前に、ひとりの男が現れた。いや……
 女だったかもしれないがこの際性別は問題じゃない。
 とにかく不思議なヤツだった。いや『不吉なヤツ』と言ったほうがしっくりくるかもな。
 黒のハットに黒のロングコート。黒のパンツに黒のブーツ。
 とにかく全身黒ずくめのそいつは、性別も年歳も判別出来ない声で俺の死体に向かって話しかけてきた。

『悔しいか』
「悔しい」
『復讐したいか』
「復讐したい。ヤツらに俺以上の苦痛を与え殺してやりたい」
 ゴミ捨て場の俺の死体は、ヤツの問いに答えた。

 もう一度言うが、瀕死だったとか蘇生したわけじゃない。
 あの時の俺は“確かに死んでいた“んだ。

 あんたも棺の中の『俺の死体』を見たろ?

 俺の答えに満足したようにヤツはこう言った。
『では、私が君に復讐に必要な力をやろう。気の済むまで殺戮を楽しむといい。与えた「力」の報酬は君が殺した人間の魂。「力」の代償は死も老いも許されぬ不死の肉体だ。……それでも君は私と契約するかね?』と。

 そして蘇った俺は、そいつとの契約を果たすべく、お前の前に立っているというわけさ。
 理解したかなボブ?
……そうか、じゃぁそろそろお別れの時間だ。
 長話に付き合わせて悪かった。

 良い悪夢を。

 それが、ジェームズ・バーキンの元上司、ボブ・マッカーシーがこの世で聞いた最後の言葉だった。

続く

ディベロッパー1

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