ディベロッパー表紙

ディベロッパー10

ぷらすです。
ふぃろさんの『ディベロッパー8.5』
ユキノフさんの『The Buzz of Honey Bee ~ディベロッパー・スピンオフ~』 を受ける形で、『ディベロッパー9』の続きを書きましたー!
また、長くなちゃってスイマセン ;・ㅂ・)ゝ゛

お誘いですよ。(企画へのお誘いとルール)

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目次(過去ログ・参加作品はこちらから)

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ディベロッパーキャラクター説明

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マガジン(全参加作品が収納されてます。)

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 ブルーノ・カルデローニ邸はサンフランシスコ郊外の高級住宅地を超え、車で5分ほどの高台に建っている。
 周囲10ヘクタール四方は全てカルデローニが買い上げているため、他の建物は一切なく、邸宅に続く道も一本だけ。

 カルデローニがここに邸宅を構えたのは、この高台からザ・ファラロンズ湾が一望出来る眺望が気に入ったこと。地形が故郷ナポリの地形に似ていたこと。そして、襲撃してくる敵を発見しやすく、また撃退しやすいからだ。
 そして今、ブルーノ・カルデローニ邸には、50名を超える武装したギャングたちが、その銃口を強固な門に向け、敵の到着を待ち構えていた。

 彼らは皆、この屋敷の新たな主となったドクター・プロトコルが開発した、死者蘇生装置によって蘇った不死のギャングたちだ。
 主であるドクターを除き、この屋敷に生者は一人もいない。

 街灯もまばらで薄暗闇の一本道は静かだった。
 風は凪ぎ、鳥や動物や虫の音さえもなく、ただ遠くに波の音が小さく聞こえるだけ。

 そんな寄せては返す波の音に混じって、甲高いノイズが徐々に大きく聞こえてくる。
 最初、暗闇の中の小さな点だったソレは、ノイズの音の大きさに比例するように、その輪郭をハッキリさせていった。

 71年型プリマス・クーダ。
 車体とガラスはすべて防弾仕様に変え、エンジンにはスパーチャージャーを搭載したモンスターは、唸りを上げながら時速210マイルでカルデローニ邸に真っ直ぐに迫ってきた。

 カルデローニ邸の門まで20mに迫ったところで、不死のギャングたちが構えたサブマシンガン『テック9』が一斉に火を吹く。

 フロントガラス、ボディーに、雨粒のように銃弾が当たるのも構わずにプリマス・クーダは真っ直ぐに突っ込むと、後輪を滑らせ、マシンガンを乱射しながら寄ってくるギャングどもをフルパワーで次々跳ね飛ばしていく。
 そしてスピンターンを決めながら、ドアウィンドーから掌に収まる大きさの球体がギャングめがけて投げ込まれる。手榴弾だ。
 投げ込まれた手榴弾は狙ったようにギャングどもの足元に転がり、次々に大きな爆音を上げて死者の群れを吹き飛ばしていった。

 カルデローニ邸を守っていたギャングを粗方吹き飛ばしたところで、摩擦熱で溶けたタイヤの煙を巻き上げながら、スピンターンを決めてプリマス・クーダが止まる。
 ドアが開くと、中から顔面に包帯をグルグル巻にし、ダークグレーのコートを着た男がゆっくりと降りてきた。車内に他の人影はない。
 同乗していた、伊賀忍者の頭領 白雲斎ことハニー・ビーと、FBI捜査官で、包帯男の『生前』の妻、リンダの叔父であるリッキー・ブリッジスは、屋敷の100mほど手前で車を降り、別ルートで屋敷に近づく手はずになっていた。

 コートの下のフォルダーから二丁拳銃を取り出し、ゆっくりした足取りでエントランスに向かうディベロッパーを食い止めようと、手榴弾の爆発を逃れたギャングたちが次々に襲いかかる。
しかし、ディベロッパーは左右から襲いかかる死人の脳天を、両手に持った拳銃で確実に撃ち抜きながら歩を進めていく。敵の銃弾がディベロッパーにもヒットする。だが、銃弾の1発や2発食らったところでどうという事もない。

 ディベロッパーもまた、彼らと同じなのだから。

 屋敷正面の2階、そんなディベロッパーの脳天をライフルスコープで捉えるギャングがいた。
 いくら不死の男とはいえ、ディベロッパーもまた、頭を撃ち抜かれては生きてはいられない。
 包帯男の脳天を照準の中心に捉えたギャングが、引き金を引く指に力を込める。
 乾いた発射音。

 発射された銃弾はギャングの脳天をピンポイントで撃ち抜いた。
 屋敷の30m手前の道路脇からライフルの男を撃ち抜いたのは、リッキーだった。彼は素早くボルトを引いて薬莢を排出、新たな銃弾を装填すると、窓からディベロッパーを狙う敵を1人、また1人と確実に狙い撃っていった。

「おいおい……、俺はまだ夢でも見ているのか」
 信じられない光景に、サンフランシスコ市警の刑事ティム・ホワイトは独り言のように呟いた。目の前の同僚アルフ・テイラーはその光景を睨みつけるように口を真一文字に結んだまま何も答えない。

 それはまるで、あの忌まわしきナチスのホロコーストを思わせる悪夢的な光景だった。

 大きめの体育館のような部屋の殆どを占めるプールの中には、溢れんばかりの死体が沈んでいた。
 そのプールを満たしていたのは、恐らく水ではない毒々しい色の液体。
 その向こうには何本もの管に繋がれた、人間が1人入れる大きさのカプセルが、気が遠くなるほど並んでいる。

 昆虫の卵を思わせる、見ているだけで頭のおかしくなりそうな光景。

 二人は、周囲に注意を払いながら巨大プールの脇を通って、カプセルの並ぶゾーンに向かう。
 カプセルの一部には小さな窓があり、そこから死体の顔が見える。
 白人・黒人・黄色人種・男女・年齢問わず、死体の入ったカプセルの上部には、10cm四方のアルミ片が取り付けられ、名前や個人データーと思しき文字や数字がパンチされていた。

 理解を超えた光景に吐き気を覚えながら進むティムは、突然歩みを止めたアルフの背中にぶつかってしまう。
「おい、アルフ、どうした」
 アルフは、ティムの問いに答えることなく、無言で一つのカプセルを指差す。アルフは訝しげにそのカプセルの小窓を覗くと目を見張った。

「ダン・マッケンジー……」
 そのカプセルに眠っていたのは、D&TシステムCEOのダン・マッケンジーだった。ティムが慌てて隣のカプセルに目をやれば、そこにはカルデローニ・ファミリーのマルコ・アゲロ。その隣には、サンフランシスコ市長 アントニー・ジョーンズの死体もあった。
 他にも見知ったギャングや有力者の姿が見える。

「ひっ!」
 ティムが悲鳴を上げそうになるのを必死で堪える。
「どうしたティム」
 さっきから人が変わったように、血走った目で黙りこくっていたアルフがようやく口を開いた。
 しかし、今度はティムが何も言わずにカプセルを指さす番だった。
 アルフはカプセルを覗き息を呑む。

 そのカプセルに入っていたのは、最初の被害者ボブ・マッカーシーの死体。
 それだけならアルフも今更驚いたりはしない。
 しかしドナルドの『死体』は、見開いた目玉をギョロギョロと動かしながら、カプセルの外にいる二人を見ているのだ。
 その瞳に命の輝きがない事は、事件を通して数々の死体を見てきた二人には一目瞭然だった。

  「『死の商人』は死体を蘇生させている」

   「絶対服従の、不死の兵隊だ。無敵な上に資源は無尽蔵だ」

「世界を征服することも可能だ」

 突如、アルフの頭の中に、リッキー・ブリッジスの言葉が浮かび、そして二人の脳内で、全ての事柄が繋がった気がした。

「これが……。そういう事だったのか」
 アルフはティムに目をやると、ティムも全てを理解していたようだった。

「まるで、マンガの世界だな」
 ティムが呆れたように呟く。
「じゃぁ、やるか」
 アルフの言葉にティムは静かに頷く。
 理屈はよく分からない。だがおそらくはリッキー・ブリッジスに飲まされたカンポーの効果なのだろう。
 二人は、なぜここにいて、これから自分たちが何処に向かい、何をすればいいのか全て分かっていたのだ。
「あの野郎。まったく、気に入らないぜ」
 アルフは吐き捨てるようにそう言うと、ティムとともに『目的』の場所に向かった。

 カルデローニ邸のエントランスは、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
 分厚いドアを蹴破り屋敷に入ってきたディベロッパーを待ち構えていたのは、テック9や拳銃を構えた死者の群れ。
 彼らはエントランス中央に歩を進めて動きを止めたディベロッパーを逃がさぬよう取り囲むと、ジリジリとその幅を狭めていく。

 と、その時だった。
 何かが破裂し、空気の漏れ出すような音が屋敷のあちこちで響いたかと思うと、あっという間に屋敷に白い煙が充満し、ディベロッパーとギャングたちを飲み込んでいく。
 影に潜り人知れず忍び込んでいたハニー・ビーが、エントランスのあちこちに時限式の発煙玉を仕掛けていたのだ。

 あっというまに敵も味方も見えなくなったその中で、ディベロッパーとギャングが動いたのはほぼ同時だった。
 テック9と拳銃の音が屋敷中に響き渡り、真っ白な視界のそこかしこで小さな火花が爆ぜ、その合間に肉を断ち切る刃物の音が混じる。短い悲鳴、バタバタと駆け回る足音、床に倒れる肉塊の音、立ち込める硝煙の匂い。マガジンが床に落ちる音と同時に新しいマガジンが装填される音。

 おそらくは、1分にも満たない攻防だったのだろう。
 発煙玉の煙が晴れ、そこに立っていたのはディベロッパーとハニー・ビーの2人だけだった。その足元にはギャングたちの死体が積み重なっている。

 マガジンのリリースボタンを押して空になったマガジンを落とし、コートの裏から取り出したマガジンを2丁の銃に素早く装填すると、ディベロッパーは小柄なニンジャマスターに声をかける。

「怪我はなかったか」
「ふん、この程度の雑魚に怪我を負わされるほど『やわ』な修練は積んでいない。そういうお前こそ何発か食らっていたようだが?」
「まぁな。だが、どうってこともないさ。俺は不死身だからな」
 そう言って、ディベロッパーは視線を上げる。

 エントランス中央の階段の上に、ひとりの男が立っていた。
 ポマードで撫で付けられたオールバックの髪に片眼鏡、口髭と顎髭の繋がったタキシード姿の男。
 今回の……、いや『全て』の元凶となった悪魔。
 ドクター・プロトコルだ。

「まったく、急ごしらえの粗悪品というものは役にたたなくて困る」
 髭面の男は、エントランスに倒れる死者たちを眺めながらため息をつく。
「それに比べて、君は実に優秀だなディベロッパー。いや、ジェームズ・バーキン」
 ディベロッパーの『生前』の名を呼ぶと、プロトコルはハニー・ビーの方に視線を向ける。
「やはり『工業製品』を作る能力ではニッポンには敵わんようだ。
どうかね、ミズ・ハクウンサイ。我が社と提携する気はないかね」

 自分の部下が殺された事など、意にも介さぬ様子で余裕の笑みを浮かべるドクター・プロトコルに、ハニー・ビーの目が針のように細くなる。
「では、『お前のリサイクル』は我々が請け負ってやろう。永遠に我らのアジトで便所掃除をするがいい」

 軽口とは裏腹に、ハニー・ビーは今にもプロトコルに飛びかからんばかりに体制を低く構え、食いしばった歯を剥きだしていた。
 目の前の男は、血の繋がった実兄を殺し、あまつさえいいように操ってニンジャの誇りを汚した敵なのだ。ハニー・ビーが怒りを顕にするのも無理のない事だった。

「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
 ディベロッパーが口を開いた。
「なにかねジェームズ」
「俺のPCにメールを送ったのは、お前なのか」
 それは、彼が最も知りたかった疑問だった。

「うむ。その通りだジェームズ。君のPCに例のメールを送らせたのは私だ。
 当時、D&Tシステムとカルデローニファミリーの結びつきは予想以上に硬たくてね。無論、私も揺さぶりをかけていたが、信じがたいことにカルデローニはあれで中々人望の厚い男なのだ。だから、何か決定的なあとひと押しが必要だったのだよ」
「『何故』俺だったんだ?」
 ディベロッパーの言葉に、プロトコルはしばし考えたあと、片眉を上げてこう言った。
「人間というのは、身にかかる理不尽に対し何か理由を求めてしまうものだ。今の君のようにね。
 だが大抵の場合において、理不尽には理由などないのだよジェームズ」
「つまり?」
「つまり、あのメールを受け取るのは誰でも良かったということだ。
無論、会社の裏の顔を知らぬ者という前提はつくがね。
 メールが君の手に渡ったのは、ただの偶然に過ぎないのだ」

「……そうか。
 俺のPCにメールが届いたのは、『たまたま』だったのか」
「そう、私の部下であるクリス・フィッシャーがたまたま君と同じ部署だった。あえて理由を上げるとすれば、それだけだな」

 クリス・フィッシャー。ジェイムズと同じ部署で働く男だった。
 愛想の悪い男で、ジェームズとは殆ど付き合いがなかったただの同僚。
 だからか。とディベロッパーは納得する。付き合いがないからこそ、クリスは自分をターゲットに選んだのだろう。

「話は分かった。理由が分かってスッキリしたよドクター。
それじゃぁそろそろ……」

 死ね

 ディベロッパーが言うのと、二人がドクター・プロトコルに向かって足を踏み出すのは、同時だった。

 アルフとティムは、『制御室』に向かって走っていた。しかし、そんな二人を気に留める者は誰もいない。
 皆それどころではないとばかり、我先にと出口に向かっていく。
 二人にはその理由も分かっていた。
 ジェームズ蘇生の技術を盗むために、以前潜入したリッキーが仕掛けた時限式のプログラムによって、一部の『死体』が暴走し次々にスタッフや警備員を襲い始めたのだ。
 彼の仕掛けた『罠』は、二人が目覚め行動を起こす日時を予測していたかのように起動、リッキーの思惑通りに暴走し……。
 秘密結社ブラウザーの『工場』は混乱の渦に巻き込んでいった。

 二人はその隙をついて、死体を管理する『制御室』に向かう。
 アルフが胸ポケットに手をやると、そこにはマイクロチップの微かな手応えがある。彼らの任務は、『制御室』のコンピューターにリッキーが仕掛けたデバイスにそのマイクロチップをセットし、起動させる事だった。

 そうすれば、ブラウザーに関するデーターはすべて、ペンシルベニアのFBI本部に転送されたあと、施設全てのシステムがダウンする仕組みになっている。

 普段、運動不足の二人は息を切らしながら『制御室』へと続く最後の角を曲がり。そこで、

 彼らの目に飛び込んできたのは、巨大な肉塊だった。

「おいおい……」
 ティムが眉根を上げる。
 恐らくは元人間だったであろう廊下の幅いっぱいの大きさの『ソレ』が、2人の方に視線を向けた。
「さすがのリッキー・ブリッジスも、暴走したアレの行動までは読めなかったか」
 アレフは小さく「ざまぁみろ」と呟くと、胸ポケットから取り出したマイクロチップをティムに渡した。
「俺が囮になって『アレ』をひきつける。お前はその間に制御室にこれをセットしろ」
「おいおい、マジかよアレク」
 心配そうなティムに、アレクはふんと鼻を鳴らした。
「野郎の思惑に従うのは業腹だが、あんなバケモノが外に出たら大事だ。それにお前より俺のほうが、いくらか足が速いし体力もある」
「そんな荒い呼吸で言われても説得力はないけどな」
 軽口を叩きながら、ティムが出した拳に、アルフが自分の拳を軽く当てた。
「それじゃぁ、作戦開始だ」
 ティムが角を戻り、アルフがバケモノの正面に立つ。
「バケモノ! こっちだ!」
 そして、言うが早いか、アルフはバケモノと反対方向に全速力で駆け出した。

 ディベロッパーとハニー・ビーが、階段上のドクター・プロトコル飛びかからんと一気に間合いを詰め、あと数センチでターゲットに手が届くと思ったその瞬間だった。

 爆音とともにプロトコルの後ろの壁が吹き飛び、中から出てきた丸太のような太い腕が二人を薙ぎ払った。
 階段を転げ落ちた二人が見上げるとそこには、2メートルを越える大男が、プロトコルをガードするように立ちはだかっている。
 体中の筋肉がはち切れんばかりに膨張し、野生動物のように荒々しい呼吸を繰り返す姿は、コミックに出てくる緑色の巨人を思わせる。
「あれは……」
 呆然と見上げる二人に、プロトコルはしてやったりの表情で後ろの巨人を紹介した。

「ジェームズ、そしてミズ・ハクウンサイ、紹介しよう!
 これが、我が秘密結社ブラウザーの『最新兵器』ブルーノ・カルデローニ改-GTRだ!」

 確かにその顔には見覚えがあった。白髪頭のいかつい老人。
 しかし、ディベロッパーが知る限り、カルデローニの身長はもっと低かったハズだし、あそこまで人間離れした肉体ではなかったハズだ。

「コイツは、我がブラウザーの最新技術を詰め込んだ人型兵器なのだ!
 グリズリー並のパワーを持ちながら、常人の5倍のスピードで動くハイスペックモデル! まさに我々が目指した最終系の兵器と言えるだろう!」
 そして…と、プロトコルは声を落とす。

「コイツの燃料は人間の血肉だ」

 つまり、コイツは人を喰らうバケモノということか。
 ディベロッパーの中に、プロトコルに対する青白い怒りの炎が燃え上がる。
 それは横にいるハニー・ビーも同じ気持ちだったらしい。

「ディベロッパー」
「なんだハニー・ビー」
「あの男だけは、八つ裂きにしなくては気が収まらない」
「まったくだ」

 そう言い合って、二人がカルデローニだった物に動き出そうとしたその時。
 二階側面の窓が割れ、何かが回廊に飛び込んできた。
 その姿にディベロッパーとハニー・ビーは思わず息を呑む。

 二人の視線の先にいたのは、全身を金属の鎧に覆われた鉄仮面の男。
 プロバイダーだった。
 全身を覆う金属は凹み、所々剥がれ落ち、一部が壊れた仮面の隙間から、ハニー・ビーの兄ジョー・アイザワの目が覗いていた。
「あの崩落の中、まだ生きてたのか……」
 ディベロッパーの口から驚愕の声が漏れる。
 そんなディベロッパーに、ハニー・ビーが声をかける。
「作戦変更だディベロッパー。私はヤツを倒さねばならない」
「なら、俺の相手はあのバケモノだな」
 こうして、プロバイダーvsハニー・ビー、ディベロッパーvsカルデローニの決戦の火蓋が切って落とされたのだった。

「ティムの野郎! まだか!!」
 喉からヒューヒューと音を立てながら、アルフは必死に迷路のような廊下を走り続けていた。
 そんなアルフをバケモノが廊下の壁板を破壊しながら追ってくる。
 人並み以下の運動能力しかない中年男が、何とかこのバケモノに追いつかれずにいるのは、ヤツの身体の大きさゆえだ。
 巨大な身体のバケモノが全力で走るには、この施設の廊下は狭すぎ、廊下そのものが、バケモノの勢いを食い止めるブレーキの役割になっていたのだ。

 それが分かっているからアルフもできる限り狭い廊下を走り続ける。
 ヤツが自由に動ける広さの場所に出てしまえば、恐らくアルフは一瞬で殺されてしまうだろう。
 とはいえ、そろそろアルフの体力も限界に近づいている。
 このままでは、いずれあのバケモノに追いつかれるのは必死だった。
「ティムーッ! 急いでくれ!」
 そんな、心の叫びがティムに届いたのか、施設中にけたたましい警告音とガイダンスが流れた。

『システムが異常を感知しました。これより一分後に当館の全システム緊急停止しします。繰り返します……』

 助かった。

 アルフの張り詰めていた緊張の糸が緩んだその瞬間だった。
 限界を超えた足がもつれ、アルフはバランスを崩して廊下を派手に転げてしまった。
「しまった!」と思ったが、もう遅い。
 あっという間に距離を詰めてきたバケモノの巨大な手が、廊下の壁を削るようにアルフに迫る。

 迫り来る化物の手から逃がれようにも、一旦動きを止めたアルフの足腰にはもはや力は入らず、逃げることも抵抗することも出来はしない。
(終わった……)
 アルフが諦めかけたその時。

「アルフ! 伏せろ!」
 聴き慣れた相棒の叫び声に反射的に床に体を伏せるアルフ。
 次の瞬間、爆音とともにバケモノの巨大な身体がアルフの上を飛び超えて、壁や天井を破壊しながら轟音を上げながら床に落ちる。
反対に目をやれば、長い筒のような物を抱えたティムが廊下にひっくり返っていた。
 その長い筒の正体はグレネードランチャー。
 人が肩に担いで発射出来る小型のミサイルだ。
 力の入らない体を引きずるように、ティムに近寄ったアルフが声をかける。
「大丈夫かティム」
「……すまんアルフ。耳鳴りが酷くて何も聞こえん」
 転がったままのティムが、苦笑しながらそう言うのと同時に施設の全電源が落ち、バケモノもその動きを止めたのだった。

 ディベロッパーの顔面脇をギリギリで掠めたカルデローニの右拳がエントランスの壁を突き破った。
「クッ!」
  転がるように左に身を投げ出すと同時に、ディベロッパーは2丁の拳銃をカルデローニのボディーに連射するものの、効いてる気配はまるでなかった。
 ならばと顔面を狙い撃つも、カルデローニはボクシングのように素早く両腕を上げてブロックする。その合間にも人型兵器の丸太のような腕が左右からディベロッパーを狙い風を切って振り回され、ギリギリで避けるたび肝を冷やすことになる。

 機動力では勝るはずのディベロッパーだが、その足元には無数のギャングの死体が転がっていて、足を取られればカルデローニに捕まってしまうだろう。
 そうならないよう、細心の注意を払いながらの戦闘はディベロッパーを想像以上に疲弊させた。

(一旦外に出るか、それとも……)
 ディベロッパーは2階の回廊に、チラリと目をやる。
 そこでは、プロバイダーとハニー・ビーが死闘を繰り広げていた。
 スピードで勝り、さらに手持ちの武器やニンジュツを駆使して先手を取り続けるハニー・ビーだったが、時間が経つたび彼女が疲弊していくのが分かる。
 いかに常人離れしていようと、この戦いの中で、彼女だけが人間なのだ。

 ディベロッパーが、ハニー・ビーに気を取られたその一瞬の隙を付き、カルデローニは動かなくなった元ファミリーの死体を掴むと、アンダースローでディベロッパーに投げつけた。
 その死体を避けようとしたディベロッパーの注意が足元から逸れ、うっかり床に転がる死体に引っかかってバランスを崩してしまう。

 カルデローニはその一瞬を見逃さなかった。

 よろけたディベロッパーに向かって渾身のタックルを決めると、そのまま壁に向かって突き進む。その衝撃で両手から拳銃を離してしまったディベロッパーは、為すすべなく壁を突き破り隣の部屋に吹き飛ばされた。

 まるでダンプカーに正面から突っ込まれたような衝撃に、彼は失いそうになる意識を必死につなぎ止める。
 そんなディベロッパーのコートの襟首を鷲掴みにすると、カルデローニは力任せに投げ飛ばす。再び壁を突き破って転げながら、反対側の壁に突き当たるディベロッパー。すぐに動こうとするも、手足が思うように動かない。
 二度に渡る衝撃で、一時的に手足の感覚がなくなっていたのだ。
 ホコリと壁の破片が舞う中、カルデローニだったモノがゆっくりと近づいてくるのが見える。
 微かに動く手でコートをまさぐるも、手持ちの武器は全て使い果たしていた。

 肩を大きく揺らしながら荒い呼吸を繰り返すディベロッパーの襟首を、カルデローニの太い指がむんずと掴むと、力任せに持ち上げられ目の前に生気のない灰色の目玉が見えた。

「捕まえたぞディベロッパー」
 カルデローニは愉悦を含んだ口調でそう言うと、マルコの部下イワンの時と同じように、大きく口を開いた。
 メキメキと音を立てて裂けていく口の中から、サメを思わせる尖った牙が幾重にも重なって見える。

「捕まえたのは俺の方だ」
 ディベロッパーは、そう言うとカルデローニの首の前でクロスさせた両腕を、勢いよく左右に振り抜いた。
 一瞬の間を置いて、カルデローニは咆哮をあげ、その喉笛から大量の血が噴き出す。
 地面に膝をついて着地したディベロッパーの両手の甲からは、飛び出すように2対の刃が伸びていた。
 収納式ナイフ。両腕を激しく振る勢いでロックが外れ、二の腕に取り付けたレールを滑るように両刃のナイフが飛び出す暗器。
 リックの家で武器を物色する際に、ディベロッパーが見つけたモノだ。

「ジェームズ、そいつから離れろ!」
 声の主を確認するよりも先に、ディベロッパーは血の吹き出る喉を抑えながら咆哮を続けるカルデローニの脇を転がり出るようにすり抜ける。

 ドンッ!!

 屋敷の空気が震える程の破裂音のあと、2メートルを越える大男の頭部が消え、彼の後ろの壁にに大きな穴が空いた。

 ディベロッパーが声のしたエントランス入口に目をやると、そこには巨大な銃器を構えたリッキー・ブリッジスの姿。
 彼が持っていたのは バレット M82。
 銃身長736.7mm、12.7口径の大口径の大型セミオート式狙撃銃は、人体を吹き飛ばすには十分な火力を有していた。

「ハニー・ビー!!」
 続けてリックが叫び、鉄仮面に銃身を向けた。

ドン! ドン!ドン!

 ハニー・ビーがプロバイダーから離れた瞬間3発の弾丸が発射され、プロバイダーを追いかけるように回廊に大穴を開けていくが、プロバイダーを捉えることは出来なかった。
 鉄仮面は恐るべきスピードで回廊を走り抜け、手すりを足がかりに飛び上がると手に持ったクナイをリック目掛けて放つ。
 しかし、そのクナイは空中でハニー・ビーが放った十字手裏剣によって弾き飛ばされる。
 一階に着地したプロバイダーが、そのままリック目掛けて迫り、手にした忍者刀を振り上げた。リックはライフルで応戦しようとするも、とても間に合うタイミングではない。もうだめだと目を閉じたリックの耳に、金属と金属がぶつかり合う硬質な音がエントランスに響いた。

 いつの間にかリックと鉄仮面の間に移動していたディベロッパーが、両腕を交差させてプロバイダーの忍者刀を受けていたのだ。

「ディベロッパーァァァァァ!」

 素早く刀を引いたプロバイダーは、仮面の隙間から覗く目に憎悪の炎を滾らせ、二の太刀三の太刀と剣撃を浴びせるも、ディベロッパーは両腕のナイフでことごとく弾き飛ばし、その合間にプロバイダーの首元や腕の付け根など、金属に覆われていない部分を狙って腕を振るう。

 一進一退の攻防。いつかの倉庫での初対決の再現だ。
 こうなると、リックも迂闊に手出しはできずに、銃を構えたまま闘いの行方を見守るしかない。

 今や瓦礫と死体の山と化したカルデローニ邸エントランスに硬質な金属のぶつかり合う音だけが響き渡る。
 ディベロッパーとプロバイダー。同じ技術で不死の力を得た2人の化物同士による一進一退のぶつかり合いだ。

 しかし、二刀流とはいえ刃渡りで劣るディベロッパーが徐々に押され始める。致命傷には至らないものの、ロングコートや身体に幾筋もの刀傷が出来て血が滲んでいく。

 そして、その時は唐突に訪れた。

 プロバイダー渾身のひと振りを受けたディベロッパーのナイフが、ついに折れてしまったのだ。
 勝利を確信し、止めを刺さんと忍者刀を振り上げるプロバイダー。
 しかし、包帯でグルグル巻のディベロッパーの広角がニヤリと上がるのに鉄仮面が気づく。

「やはり、あなたは弱くなった兄さん」

 忍者刀を振り上げたプロバイダーのすぐ真後ろに、ディベロッパーの二丁拳銃を両手に構えたハニー・ビーが立っていた。
 プロバイダーは完全に失念していたのだ。もう一人の敵の存在を。

 エントランスに乾いた銃声が2発響き、プロバイダーが刀を振り上げた体勢のまま、バッタリと音を立てて倒れた。

 その後ろで、硝煙の上がる二丁の銃を構えたまま、ハニー・ビーは静かに一筋の涙を流した。
 ハニー・ビーこと伊賀衆頭目 14代白雲斎は、今度こそ任を果たしたのだった。

 その時、屋敷の外で爆音が聞こえ強烈なライトがエントランスを照らした。
 リックがハッと気づき窓の外を見ると、屋敷の裏手から今まさに一台のヘリが飛び立とうとしていた。
 そのヘリの操縦席にいたのは、ポマードで撫で付けられたオールバックの髪に片眼鏡、口髭と顎髭の繋がったタキシード姿の男。
 ドクター・プロトコルだった。

「くそ! ヘリを隠し持っていたのか!」
 リックが慌ててライフルを構えた瞬間、ハニー・ビー体当たりでリックを自分ごと吹き飛ばす。
「なっ!?」
 リックが声を上げるより早く、乾いた破裂音とともに彼の立っていた場所に無数の穴が空き、ガレキが舞い上がる。ヘリの操縦席の下の機銃が発射されたのだ。
 そして、銃弾を撃ち尽くしたプロトコルはそのままヘリを上昇させ、闇夜に消えていった。
 ハニー・ビーとリックが、覆いかぶさるギャングの死体を跳ね除ける。
 ハニー・ビーの咄嗟の判断で、一体の大柄な死体を盾に機銃の嵐を逃れたのだ。

「くそっ、また逃げられたか!」
 舌打ちをして毒づくリックに、ハニー・ビーが「見ろ」と外を指差す。
 指の先にリックが目を向けると、大きなエンジン音が2人の耳に届いた。
「ジェームズ!?」
 いつの間にか、プリマス・クーダに乗り込み、エンジンをかけたディベロッパーは、二人に視線を向けると一気にアクセルを踏み込む。
 エンジンは一気に限界まで回り、空回りするタイヤが耳をつんざくほどの音を立ててアスファルトを削る。
 そして、ディベロパーの操るモンスターマシンは、タイヤの焦げる残り香とともに、屋敷から遠ざかっていった。

つづく

ハーイここまでー!!

最終決戦なのでかなり長くなってしまい……それなのに完結出来ませんでした。(´・ω・`)ゴメン。
というわけで、お時間のある時にでも少しづつ読んで頂けたら嬉しいです。

あと、どなたか『ディベロッパー11』をよろしくお願いします。(切実

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