ヒッチハイクしてたらクルド人に拾われた
「お金持ってる?」
このセリフが彼らと別れる時に言われた最後の言葉だ。
あれはヒッチハイクで東京を目指していた愛知での出来事。
大型トラックのよく通るコンビニの前で名古屋と書いたフリップを掲げて立っていた。
フリップを掲げ15分程で白いハイエースが僕の前に止まり、親指を後部座席に向け「後ろ乗りなよ」とジェスチャーをしてきた。
とりあえずドアを開け、行き先を尋ねてみる。
「どこにいかはるんですか?」
僕は京都に22年間住んでいたこともあり、明らかな外人さんが相手でも平気で京都弁を使ってしまう。
「行きたいとこまで送るよ」
上手な日本語だった。
あまりにも上手い話だが、タバコ臭いハイエースに中東系の男性2人組だ。
果たしてこの車に乗って無事にヒッチハイクを進めることができるのだろうか。
拉致されて身代金を要求されたり、臓器売買に出されるんじゃないか。
と思ったのもわずか1秒。
面白そうだから乗ってしまえ!
「よろしくお願いします」
乗り込みながら一言挨拶し、バタンとドアを閉め覚悟を決めた。
車に乗り早々恐ろしい車線変更とアクセルの踏み込みで、掴んだことのないような手すりに掴まり体を支える。
車、緊張、焦り、後悔、色々な物が一斉に走り出した瞬間だった。
自分は安心安全な車に乗っている、という保証が欲しいあまりにその材料を探すような質問を重ねる。
「どこから来られたんですか?」
「トルコ」
「へぇ〜、もう日本に来てから長いんですか?」
「1回トルコに帰ったけど、全部で10年くらい」
「そうなんですね」
「私も日本に来た時ヒッチハイクでここまで乗せてもらって、いっぱい助けてもらったから、君を助ける」
「ありがとうございます!!」
そう言って、僕は持てる限りの愛想を振りまいた。
トルコ出身で日本が長いと言うことはおそらくクルド人と言われる人たちなのだろう。
さらに聞くと、彼らは日本に来て自分たちで会社をしていると言っていた。
難民申請が通らない仮放免の状態で就労することはできないために自分たちで会社をしているのだと思う。
これ以上深掘りするのは怖かったので推測でしかないが、そう考えると辻褄は合う。
最近川口市の方でよくクルド系の人の問題が話題になっていたこともあり、質問をしたことによって一層不安が体を駆け巡った。
「朝から何も食べていないから一緒にお昼を食べよう」
そう彼らに話を持ちかけられた。
もちろん、この2人組と建物の中に入るというのも怖く避けたい事態だったが、それ以前に僕は30分前にすき家で牛丼を完食しているのだ。
胃にキャパシティなんて残っちゃいない。
しかし目の前にご飯が出されれば食べなくてはいけない。それが何より問題だった。
「さっき食べたとこなんで……」
「大丈夫!大丈夫!」
運転席の彼はそう言った。
いや、何が大丈夫やねん!と威勢よくツッコミ勇気はない。
2人組にも関わらず僕に話しかけてくるのは運転している男性だけで、それもそれで怖かったが、どうやら2人は兄弟で助手席に座る方の男性はまだ日本に来て日が浅く日本語が分からないらしい。
そんな話をしていると大通りを外れたところで停車し、「降りよう」と言われる。
横を見ると何語かも分からない、ミミズが這ったような文字で書かれた小屋がポツンと建っていた。
(看板があるなら飲食店かぁ〜、でも見た目が拉致小屋なんよなぁ〜、ほな飲食店違うかぁ〜)
外装だけを見ればとてもじゃないが飲食店には見えない。
小さめの倉庫と言われた方が納得がいく。
荷物は80リットルのカバンで持って行くことはできないので財布とスマホだけポケットに忍ばせ車を降りる。
ポケットにスマホと両手を入れ、何かあれば通報できる体制も確保した。
「パキスタン人のお店」
そう一言告げ2人は中へ入って行き、僕もその後ろを恐る恐るついて行く。
そこには明らかに日本人でない、彼らと同じような雰囲気の人が10人ほどご飯を食べていた。
日本の飲食店のように清潔感はないが、机が並べられ各々が食事している光景が広がっており、ひとまず安心する。
しかし、このお店にはメニューと言う物がなく、出てくるものが1種類のみで選ぶ権利が存在していないのだ。
満腹な上に苦手な食べ物を避けるという選択肢も取れなくなってしまった。
(万事休すか……)
席に座りすぐ白い謎の液体が人数分配られた。
見た目はヨーグルトっぽいが細かく刻まれたきゅうりなどの野菜が浮いている。
ならば、クラムチャウダーであろうか。
味見したいが2人を置いて先に食べるのはいかがなものかと思い大人しく待つ。
次に運ばれて来たのが木でできたバスケットに積まれたナンだ。
ヨーグルトらしきもの、ナン、が運ばれて来た時点で嫌な予感が身を纏った。
その予感は正解してしまったらしく、その後にカレーが運ばれて来た。
カレーは飲み物じゃないか!という人もいるかもしれない。
だが、僕は甘口のカレーしか食べることができないのだ。
CoCo壱に入るだけで空気中のスパイスに反応してしまい顔が赤く汗をかき始めてしまう。それが僕だ。
しかし、もう僕に退路はない。
ナンをちぎりカレーにつけて口へ運ぶ。
これがパキスタンのカレーか!!
めっちゃ辛い。
マジ辛い。
ナンで誤魔化しながら勢いと水で胃に流し込んでいく。
途中でヨーグルトらしき物があったことを思い出し、一口飲む。
これがとんでもなく不味い。口に合わないと言った方が正しいかもしれない。
まさにヨーグルトとクラムチャウダーを足して2で割ったような味だった。
その変な味に体が拒否反応を起こし、ウッと嘔吐きそうになる。
しかし、残すわけにもいかないと腹を括りカレーとナン、ヨーグルトらしきものをミックスさせ、味を中和させながらひたすら流し込んでいく。
カレーに入っているお肉は当然のように骨がついたままで、危うく怪我をするところだった。
甘口のカレーしか食べれないため、気がつけば冬とは思えないほど大量の汗をかいていた。
「無理しなくていいよ」
僕の姿を見かねてか優しい言葉をかけてくれる。
その一方で日本語の話せないお兄ちゃんの方は奥さんとビデオ通話をしていた。
拉致されるかもと思っていた僕からするとあまりに平和な優しい世界だった。
「めっちゃ辛いですね」
「パキスタンのカレーはみんな辛い。何も言わなくても辛い」
らしい。
そうして僕は中東系の人たちに囲まれ、トルコ人の2人とパキスタンのカレーを日本で食べた。
「ちょっと待ってて」
そう言って、ササっとカッコよくお会計を済ませてくれた。
「あの〜お金……」
僕が財布を出す素振りをしながら尋ねる。
「大丈夫、大丈夫!」
僕の背中を2度軽くトントンと叩き、彼は車に乗り込んだ。
「ありがとうございます!ご馳走様です!」
僕も続くように車に乗り込み、最終的に彼らは熱田神宮まで送ってくれた。
「大丈夫?お金ある?」
無いならあげるよ、と言わんばかり気を遣って優しくしてくれる。
彼が言っていたように、日本で助けてもらったことがあるから優しくしてくれるのだろう。
僕はその言葉だけで嬉しかった。
「大丈夫です。本当にありがとうございました!」
別れ際、2人と固い握手を重ねた。
千葉ではクルド人が問題になっていることは知っているし、そう言ったニュースからクルド人に対して悪いイメージを持つ人も多いだろう。
確かに、不当な方法で日本に滞在しているのかもしれない。
ただ、彼らには彼らなりの理由があり、生きていくのにそうせざるを得ない状況があるのかもしれない。
少なくとも、僕が関わったその2人はとても優しい良い人達だった。
もちろん、悪い人もいるだろうが全員が全員悪い人ではないよ、と僕は伝えたい。
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