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「誰そ彼」2024年1月14日の雑記

・土曜日は神保町でまるっと消費した。特段欲しい本があるわけではないのだが、あそこにいると何か体にいい波長を浴びている気がする。本は間違いなくエネルギーを発している。

・往来に本の入ったワゴンが当たり前の顔をして並んでいる。むろん店内にあるものよりは比較的価値の低いものなのだろうが、性善説によって成り立っているその脆さに驚き、少し慄く。

・それで言うと普通の本屋だってそうだ。もし商品に水をぶちまけられてしまったら。もし火をつけられてしまったら。ペットボトルもライターも、持ち込みは容易だが、検査されることは全然ない。

・割り切りが必要なのはわかる。どこもかしこも空港並みのセキュリティにすることはできない。日常生活にはあまりにも手間すぎるから。

・でも、そのおかげで簡単に本を手にして、読むことができる。こんなにありがたいことはない。

・イシュリー・ハイルインの画集を買った。絵の具チューブを口で咥えて中身を出しながら描画するのが彼の特徴で、しかも一度使った色はそのままにするから、一枚の絵に垂らせる色は限られてくるらしい。

・正直、イシュリーの絵にわかりやすい綺麗さはないけれど、荒々しさの中に見える清々しさというか、イシュリー自身が本当に求めて、本当に正しいというものが描かれている。

・こういった自意識エゴの押し付けは、普通対面の(あるいはそれに近い)コミュニケーションだと発生しにくいけど、作品を通してならいとも容易く行われる。

・最近は忖度したり、相手に気を遣ってばかりで、自分の求めることを出すことが悪とされている気がする。相手に意志を伝えるにしても、何か言い訳と必要とするような。

・いま、最も必要とされているのはエゴだと思う。皆が我慢して何も言わなくなっていった結果、誰も必要としないものがどんどん生まれていっているのではないか。

・帰りにインド人っぽい男性が呼び込みをしているカレー屋があったので入った。

・程よい辛さ、ラッシーの安定感、ナンの歯切れ、店内に流れるラジオ、厨房から聞こえてくる軽口っぽい声、何を取っても完璧だった。ただ一点を除いては。

・舌を火傷した。

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