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0106 レニー・ハーリン監督『5デイズ』聖地巡礼

1991年8月12日(月)-13日(火)にソヴィエト連邦社会主義共和国連邦グルジア共和国(現ジョージア)のトビリシと2001年8月13日(月)にグルジア(現ジョージア)のトビリシ、14日(火)にグルジア(現ジョージア)のゴリでレニー・ハーリン監督『5デイズ』(5 Days of War)の聖地巡礼をしてきました。

2007年イラク。アメリカ人フリー・ジャーナリストのトマス・アンダース(演:ルパート・フレンド)は、バグダッドの市街戦で恋人のミリアム(演:ヘザー・グラハム)を失い、心に大きな傷を負った。それから1年、再び戦場に戻る決意をしたアンダースは南オセチア独立問題に端を発したロシアとの対立が激化しているグルジアの首都トビリシに旅立つ。2008年の夏季北京オリンピック開催時の8月8日未明、グルジア側のオセチア攻撃を理由にロシアは軍事介入を開始。グルジアのサーカシュヴィリ大統領(演:アンディ・ガルシア※キューバ人!)は戒厳令を宣言し、遂に戦争が始まった。アレクサンドル・デミドフ大将(ラデ・シェルベッジア※クロアチア出身のセルビア人=ビフォア・ザ・レイン』ではマケドニア人役)ロシア軍の空爆に巻き込まれたアンダースは、爆弾が降り注ぐ修羅場でタティアというグルジア女性を助ける。家族を捜すというタティアと共に、危険地帯の奥深く踏み込んでゆくアンダース。そこで彼らは、市民の無差別虐殺を目撃。戦争犯罪の証拠となる映像を撮影するが、オセチア軍によって身柄を拘束されてしまった。真実を世界に伝えるため、アンダースは決死の脱出を図るが…。
რუსეთ-საქართველოს ომი (2008) - ვიკიპედია (wikipedia.org)
※同じ南オセチア紛争をロシア側から描いた作品はロシア軍の全面協力で撮影されたジャニック・フェイジエフの『オーガストウォーズ』(←実は傑出した作品)。

という訳で、訪問地のひとつめはアンダースが降り立つ戦争勃発直前で緊迫する首都トビリシ。

22歳の俺とトビリシの少女

続いて、この紛争で南オセチアから南下したロシア軍に占領されてしまうゴリ。
ゴリはスターリンの出身地で世界で唯一のスターリン像スターリン博物館にはスターリンの生家がありました。私がその存在の為に映画が出来るよりも先に訪問せざるを得なかったスターリン像は、2009年10月の撮影後、2010年6月25日未明に撤去されちゃいました。撤去は人目につかないよう隠密に行われマスコミによる取材も警察に阻止されたんだそう。これでただの田舎の県庁所在地(シダ・カルトリ州都)になっちゃった。
გორი - ვიკიპედია (wikipedia.org)
გორის ოკუპაცია (2008) - ვიკიპედია (wikipedia.org)
Occupation of Gori - Wikipedia
私のグルジア(現ジョージア)訪問と映画の背景となった紛争とゴリ状況を時間軸的に並べ替えると…、
1991年1回目の訪問(訪問した約1週間後にソ連が崩壊してグルジアが独立)
2001年2回目の訪問
2008年戦争とゴリの露軍占領→2009年映画撮影
2010年スターリン像撤去
2011年映画公開
2015年日本政府が在外公館設置法の別表改正を経てジョージアに名称変更。

一旦、トビリシが出てきます。

アンダースたちは南オセチア領内から何とかゴリに辿り着きます。

俺とスターリン像

5日間の戦争の休戦後、サーカシュヴィリ大統領が演説する場所がトビリシの国会議事堂。
საქართველოს პარლამენტი (parliament.ge)
1991年の訪問時はグルジア最高会議(ソヴィエト)。
საქართველოს რესპუბლიკის უზენაესი საბჭო - ვიკიპედია (wikipedia.org)

でもってこの作品の監督はフィンランド出身のレニー・ハーリン(本名:Renny Lauri Mauritz Harjola)なんですが、フィンランド人のロシアに対する積年の恨みからこの作品を監督したのかと思っていたら、次の『ディアトロフ・インシデント』ではロシア ムルマンスク州のキーロフスクで撮影。レニー・ハーリン…全然ポリシー無いじゃん!

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©2001 プッチー・ミンミン

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