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今日はぼくの奢りで

(一)

「はぁ……」

会社からほど近い公園に、ぼくは今、いる。
昼下がり、ちょろちょろと遊ぶ子ども達が、いつもは居ない異物として、じいっとぼくのことを好奇の目で見るのだ。

「なんだよ……」

彼らにそう声をかけてみると、ふいっと顔をお互いに戻して、たったっと駆けていってしまった。
ああなんだかくさくさする。死んでしまいたいなんて気持ちはとうの昔に過ぎ去った。タバコでも吸おうかと胸ポケットをゴソゴソ漁ったところで、いつのものか分からない付箋紙が出てくる限りで、また落胆する。なにより、この公園は禁煙ですとでかでかと貼られている。ぼくの性分ではこんな所で堂々と、子ども達の前で一服……、なんて出来るわけない。どの道無理なのだ。

子ども達に目線を移してみる。きゃいきゃいと、なんの悩みもなさそうにふたりではしゃいでいる。その姿を見て、母親たちも微笑ましそうに談笑中だ。こんな楽しい昼下がりに、ぼくのような、陰気臭い余計なモノが相応しくないのは火を見るより明らかである。春の暖かな日差しが憎らしい。
どうしてぼくが、まあ、営業成績もそんな良くなかったし、仕事も出来なかったし、五年連続リストラ候補とかいう変なあだ名もつけられてたし。

「リストラって、本当にあるんだな……」

格安自販機で買った100円の缶コーヒーを開けて、飲んでみると、味に大差がなくて驚いた。なんで格安なんだろう。この30円の差はどこから、そんな余計なことをぐるぐる考えてみても、ズンっとリストラの現実が押し寄せてくる。

「お隣、良いですか」
「え、あ……どうぞ」

精悍な顔つきの男は、コンビニの袋をぼくとの間にどさりと置いて、その隣に座る。袋からチルドカップのカフェラテを取り出して、ストローを刺してちうっと吸う。

「なんかあったんですか?」
「えっ、あ……まあ」
「大変ですね」

大変ですね?人の気も知らないで……。というより君の謎コミュニケーション能力はなんなんだ。その背の高さがそうさせるのか、その万人受けも良いところ、という顔がそうさせるのか。

「まぁ、大変だよ。多分、少なくとも君よりはね」
「まあ、心外な……。いりますか?これ」

コンビニにたまに売ってる、キャラクターものの練り切りをそっと渡される。

「あっは、いいの?可愛い。って、君もなんか悩んでんの?」
「悩みがないのが、悩みかなあ……」
「やっぱり、無いんじゃん」
「あ、あった」
「どんな?」
「モテない、あと、友達が居ない」

彼のことを、じいっと頭の先からつま先まで、ゆっくりと見てみても、やっぱりそれは信じられない。

「嘘だあ……」
「本当なんですよ。これが」

なんでかなぁと言わんばかりに首を傾げて、青年はうんうんと唸る。

「ぼくはね、今日、リストラされました」
「あらら、そりゃあ問題だ」
「でも、友達は君より居ると思う」

ね、と練り切りに向かって話しかけてみる。こんなに可愛いものを、ぼくは食べられる気がしなかった。そもそも、見知らぬ男から貰った、謎の練り切り。食べるべきか、どうなのか。つぶらな瞳がじっと僕を見つめてくる。ああ、可愛いって羨ましい。

「あの、友人マウントやめてもらっていいですか?」
「君の場合、存在がマウントじゃん」
「ど、どの辺が?」
「え?顔、身体、顔?」

もにゅもにゅと大きな手で顔を触る。その姿は可愛らしくって、なんというか、女子ウケそのものである。

「顔?」
「そう、その顔」
「ふうん、なんかなあ。顔ねえ。顔で釣れても残らないんですよね。俺」
「イケメンも大変なんだね」
「なんというか、中身がないというか、なんというか。つまんねーって言われて、こう……」
「いい格好しいなんじゃないの?」
「んー、多分、そう」
「だからだよ」
「あなたはいい格好しいじゃないんですか?」
「こんなだよ?いい格好なんてするだけ無駄無駄」
「無駄かあ……。あ、じゃあ、告白します。はじめてですよ。よく聞いていてください」
「何、急に」
「俺、甘いものが好きです」

(二)

重大な告白と言わんばかりの空気感からは考えられない、とても普通な告白を受け、拍子抜けしてしまう。

「……は?何をそんなに改まって」
「え、結構勇気のいる事だったんですけど?」
「隠すものでもなくない?」
「なんか、こう、こんななんで……、引かれるかなって」

確かに青年の顔つきや服装を見る限り、甘党より辛党というか、CafeよりBARというか。

「そうなの?まあ確かに意外性はあったけど隠す必要はなくない?それに、ぼくも甘いものとか、可愛いものとか、好きだよ。一人で行っちゃうくらい」
「ひ、一人で?」

驚いたのか、そこまで大きくない目がかっと見開く。

「そんなに驚く?!」
「いや、驚きますよ。どこ行くんですか?」
「えー、喫茶店とかカフェは余裕だな。あ、そうだ。ホテルのアフタヌーンティーもこの前一人で行ってみてさ。いやー良かったよ」
「し、師匠って呼んで良いっすか?」

青年の瞳がまた、大きくなる。なんだかしっぽも見えてきた……気がする。

「まあまあ、好きに呼びたまえ。それよりさ、なんでぼくには言えたの?出会ってまだ30分くらいしか経ってないけど」
「なんだろ。そもそも名前も知らないのに。不思議ですね」

あっはっはと、また笑う。

「改めて、高橋です……」
「あ、俺もタカハシです……」
「え、本当?」

思わぬところにまた共通点。男である以外、共通点なんて何も無いと思っていたのに。

「あの、ですね……。タカハシさん、折行った話がありまして……」
「なによ、急にかしこまって」

チルドカップをベンチに置いて、どかりと座っていた姿勢を正して、ぼくの目をじっと見て、とても真面目そうな面持ちである。見られているこっちが緊張してしまう。緊張の伝播とは、このことなのか。

「す、す……」
「す?」
「スイーツ……、バイキングに……」
「付き合ってってこと?」

こくこくと何度も頷く。その目はマジだ。念願の夢を掴もうとしている様な目だ。そんな目でぼくを見るもんだから、面白くって、口角が無意識に上がってしまう。

「いいよ。じゃあさ、連絡先、教えてよ」
「えっ、あ……。なに、ニヤニヤしてるんですか」
「元々こういう顔なの」
「なかなかイカした顔ですね」
「君には構わないよ」
「良く言われます」

彼のカフェラテが飲み終わる頃、次の講義があるからと、彼はコンビニの袋を持ってさっさと立ち上がり、大学の方向に消えていった。
実に変な一日、半日であった。半日の内容とは到底思えない、すったもんだな一日であった。

「来週の日曜か」

ほう、と彼の連絡先を眺める。謎な関係である。いっそ、スイーツ同好会なる謎の呼称を付けて、同士を募って、と進めた方が納得がいく。そんな関係である。

「下の名前、龍太郎って言うんだ」

タカハシの名前もよく見るとハシゴダカである。なんだ、似ているようで違うじゃないか。仏頂面のアイコンが、嫌なほど彼らしくて面白い。嫌なほど彼らしい?ぼくは彼の何を知っている?何を思って彼らしいなんて。

家に帰る気も起きなくて、ただ眼前をぼうっと眺めてみる。すると、先程まで遊んでいた子ども達は姿を消し、ゆっくりと日が陰ってきていることに気付く。ここに来て何時間が経ったのだろう。そんなことは知る由もない、知りたくもない。
今日は落ち込みたいのだ。それなのに、彼との日曜日を、少し楽しみにしている自分もいる。現に転職のアプリとスイーツバイキングの検索画面を何度も何度も往復している。それは矛盾した心がぐるぐると、ぼくのなかで蠢いていることを示しているようである。

「日曜日の手土産、何にしようかな」

今日、君に出会えて良かった、そう思うことにしておく。そうしないと、ぼくが可哀想だから。

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