見出し画像

時間の経ち方・感じ方【光陰】

「20歳を過ぎるともう人生の7割が終了している」

そんな風に言う向きもありますが,これはジャネーの法則というものをもとに考えられています.ジャネーの法則は感じる時間の長さは年齢に反比例するというものなのですが,これをもとに人生を積分してあげると例えば80まで生きるとするなら冒頭で述べたような結果が現れるわけです.

人生は光陰矢の如し,そうやってだんだんと時間の流れは加速していくように感じていくわけですが,これは本当にそう感じているだけなのでしょうか.もしかすると自分だけではなくて周りの生命,いや宇宙全体の時間が加速しているのかもしれません.今日はそんな時間の流れ方,時間の感じ方に関するF作品を紹介します.タイトルは『光陰』.そのまま年月や時間の意味です.


長い間会っていなかった旧友に会いに行った時にお互いの容姿がすっかり変わってしまったり,小さかった弟や妹,息子や娘さんが大きくなっていたりして時間の流れを感じていた藤木と安野.これらは藤子Fと藤子Aの二人,藤本弘と安孫子元雄がモデルとなっているのでしょうが,あまりの時間の流れの速さにこんな言葉が漏れます.

「光陰矢のごとし。」
「まさに……」

GC異色短編集2「やすらぎの館」『光陰』p.146

お互い共通の友人の話でお酒を飲みながら盛り上がってしまいます.ここでもトキワ荘の方々がモデルであろうというような名前が出てきます.寺山(寺田ヒロオ),角石(つのだじろう),赤坂(赤塚不二夫)…….そんなこんなで思い出話をしているといつの間にか暗い時間帯になっていました.

「あらあらこんなに暗くなっているのに電灯もつけないで。」
「もうこんな時間か!?」
「いいじゃないか泊っていけよ。」

GC異色短編集2「やすらぎの館」『光陰』p.147

楽しい時を過ごすと時間が一瞬で過ぎていくのを感じます.いつの間にか時間が経っているということが最近多く感じるのでしょうか,安野は藤木に「時間のたつのがやけに早いんだよ」とこぼします.藤木は「お前もそうか」と共感します.時間が経つのが早く感じるというとじじくさい感じにも思う,というのが普通の感性でしょう.安野はそんなことを返すのですが,藤木は否定します.

じじいとはなんだよ!! としは関係ないよ。ほんとに時間のたちかたが早まってるんだよ!!

GC異色短編集2「やすらぎの館」『光陰』p.147

冒頭でジャネーの法則を述べた後だと何を言っているのだとも思いたくもなりますが,先ほどもチラリと言いましたが,「楽しい時間は一瞬で過ぎる」のです.これは子どもの頃にも今でもよくあることで年齢は関係ありません.そんな藤木の説を補強するようにこんなコマが挟まります.

GC異色短編集2「やすらぎの館」『光陰』p.147

やはり子どもも時間がたつのは早いと感じているのです.しかし,安野はたとえ話で年齢で時間の感じ方は変わると説得を試みます.

そうだ小学校の夏休みを思いだしてみろ。その前半8月10日ごろまでの毎日の長く感じられたこと! それが後半に入ったらどうだ。あっというまに新学期だ。

GC異色短編集2「やすらぎの館」『光陰』p.148

これに対して藤木はそうだったそうだったと思い出を懐かしみながら同意します.そこに追撃をかまします.

物心ついてから小学校卒業までの十二年間……かすかな記憶の霧をすかしておもい起こせばほとんど無限といってもいい長い長い時間だったよ。人生の折り返し点を35とするか。35歳から今日までの35年間を考えてみろ。実感としてはほんの数年にしか思えないんだよ。つまりこういうことだ。原体験中の時間は常に過去の時間の総和と比較されるから……

GC異色短編集2「やすらぎの館」『光陰』p.148

これはそのままジャネーの法則のことを言っています.過去の総和があっての今だから原体験における時間の経ち方は人生のこれまで過ごしてきた時間との相対的な時間として感じている.実際のところ人間は絶対的な何かを感じることはかなり難しく,理解するでも感じるでも相対,何かと比較することによって感じ取ることが多いです.そう考えれば絶対的な時間を感じ取っていると思い込んでいても人間の心は過去との相対的な時間として受け取っているのかもしれません.

これに対して藤木は絶対に時間そのものが早まっていると反論します.しかし,時間そのものといっても今まで安野が議論してきたような人間の意識の中にある時間である感覚的時間・生理的時間SI単位系などで定められるような物理的時間があります.

今ではSI単位系における1秒の定義はセシウム133原子の共鳴周波数の何十億倍というのが現在の定義です.しかしこのおじいさんたちの時代は地球の自転周期か公転周期などの天体の運行を尺度にして決めていました.なのでこの作品における物理的時間というのは天体の運動を尺度として考えた時間のことを指しています

安野はこれのどれのことを話しているのだと藤木に尋ねますが,「全部ひっくるめてさ」と言い返されます.

「時計の針も生物の生と死もいや宇宙全体の盛衰もだ。」
「おかしいよそれじゃあなにを基準にして早まってるといえるんだ。」
「それは……それは、それらを超えた絶対時間みたいなものがあるんだよ。」

GC異色短編集2「やすらぎの館」『光陰』p.149

ちょっと藤木の理論が怪しくなっていますが,入れ歯を飛ばすほどこれを補強しようと力説します.

おれたちが近ごろ以上を感じはじめたのはあまりの進み方に感覚がついていけなくなったからだ。今後、時間はますます加速度を増し、急カーブを描いてある日突然終曲を……と、いうふうな妄想さえいだくことがあるっての。

最後に茶化して終わっています.絶対時間とやらがあって,それに対して星の動きも全て次第に速度を上げていく.そんなことがあるはずはないと藤木も思っているのでしょうが,もしかしたらと妄想を抱くのでした.安野もあいかわらずだなあと笑っています.

しかし,藤木が月が動いたように感じると言って立ち上がります.そして月をよく見てみると…….

GC異色短編集2「やすらぎの館」『光陰』p.150

ものすごく早く月が動いているのでした.藤木の言った荒唐無稽な話が実は本当だったのですと言いたいような終わりになっています.老人たちの他愛もない議論の話だったのが,オチで「えっ!?」となるようなフィクションを混ぜてくるというSFであることは忘れないというような作品でした.

これで終わってもいいのですが,少しだけ.何度かジャネーの法則のことを話しましたが,もし宇宙にジャネーの法則を適用できるならこんなことになるのかもしれません.宇宙だって130億年生きているわけですし,それに宇宙の膨張スピードは加速度的に大きくなっているとも言います.とすれば時間の経ち方も加速度的に大きくなっているとも言えなくはない……のかもしれません.たかだか人間の寿命というスケールではあっても誤差程度にしかならないとは思いますが…….

アインシュタインが時間は一定ではないと言ったのですし,もしかしたら何かしら変動していっているのかもしれませんね.みなさんは時間の経ち方・感じ方をどのように考えるでしょうか.そんな議題を投げかけてこの話を終わろうと思います.ここまで読んでくださってありがとうございました.

― 了 ―

pyocopel

この記事が参加している募集

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?