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猫に小判,豚に真珠,老人に鉄人

今や鉄人28号で育った子どもが後期高齢者に差し掛かるような時代になってきています.今の時代の高齢者に鉄人を見せると逆に喜んで子ども心を取り戻すようなことがあるかもしれません.ですが,それが40年前だとどうでしょう.そのころの高齢者といえば満州事変の前後に生まれ,太平洋戦争と戦後の混乱期を生き抜いてきた方々で,手塚治虫の漫画などを悪書として排除しようとしていた筆頭かもしれません.

そんな過激派でなくとも,そういった時代の高齢者に鉄人を渡したらどうなるのか,そんなユーモラスな作品が藤子・F・不二雄先生の『鉄人をひろったよ』(1983年)です.


一文で内容を説明すると,道端に倒れてる人がいて助けようと思ったら鉄人を操るリモコンを渡されて,勝手についてくる鉄人の扱いをどうしようかと迷った挙句海原に自沈してもらうという話です.

車を運転していると道に人が倒れているのを発見しました.その人は何か密偵に狙われて大けがを負った男のようで,旧帝国陸軍が極秘裏に開発したうんぬんかんぬんと言って謎のリモコンを渡してきます.救急車を呼びに行こうとしているうちにその人はいなくなり,残ったリモコンを操作してみると鉄人が飛んできます.

そうだ! 孫の雄一郎がこんなのもっていたぞ。ロリコンとかいうんだ。

GC異色短編集6 「鉄人をひろったよ」『鉄人をひろったよ』p.174

おそらくラジコンのことじゃなかろうかと思いますが,ひどい間違えようです.それくらい「鉄人」というものについてこの人は疎いということがわかります.

車で家に帰ると隣の家の落葉樹からの落ち葉が庭を汚していてぶつぶつと文句を言いながら掃き掃除を始めます.

せめてうちの庭にのびてる枝を切らせてとたのんでも、風流がわからんとかなんとかさかねじをくわして...…そのくせ自分とこが日かげになるからと……うちのマテバシイを……

GC異色短編集6 「鉄人をひろったよ」『鉄人をひろったよ』p.176

そんなところでふと上を見上げると鉄人がいます.なんとかどっかいけとやろうとするもビクともしません.諦めて家の中に入って奥さんと「今日も残業?」とか言葉を交わしますが,何かを察して「また拾ってきたのね」と返してきます.ここらへん何かのび太のママを髣髴とさせますね.生き物はダメと言ってるでしょといつも言ってることなのでしょう,そう言うと「おもちゃだ」と主人は返します.

疑う奥さんに自分の目で見てくれと庭の鉄人を見せると……

「なんでこんなものひろってきたのよ。」
「かってについてきたんだよ。」

GC異色短編集6 「鉄人をひろったよ」『鉄人をひろったよ』p.179

孫の雄一郎の見様見真似でテレビでこんなことを言ってたとリモコンに向かって「鉄人よ、とべ!!」と言うと本当に鉄人が轟音を出しながら飛び始め,大慌てで止めます.そして本当に困った様子で「どうしよう……」と老夫婦は悩みます.

洗濯物も干せない,孫にやっても危ないから万が一のことが合ってはいけない,小学校に寄付しても教育効果は考えられない,お隣が口うるさく言ってくる…….現実問題として鉄人を家で管理するのは難しいものです.

藤子・F・不二雄ミュージアムのSF短編原画展第2期で展示された原画
※原画撮影可能時期に撮影,またSNSへのアップロードは許可されています.

一ぺんぶんなぐってやりたい.そういうと鉄人はそれを実行しようと隣の家を破壊しにかかります.また大慌てで鉄人を止めるのですが,お隣からくどくどと嫌味な電話がかかってきて「止めるんじゃなかった」とこぼしてしまう始末…….冷静になっておじいさんは鉄人を捨てに行くことを決心します.

捨てるついでにお隣の落葉樹を抜いて山の方へ鉄人とともに飛んでいきます.

おぬし、ひょっとして正義のみかたではないか。手ばなすには惜しいが………今の住宅事情ではやむをえん。

GC異色短編集6 「鉄人をひろったよ」『鉄人をひろったよ』p.188

最後に少し鉄人についておもちゃでもなくて正義の味方なのではないかと,おもちゃのような捨ててもまだどうにかなるようなものじゃない重大なものなんじゃないかと思い至り,少しの後悔が見られます.鉄人に乗ってビル群の上を飛んでいるときにはこんなことも漏らします.

こりゃ爽快だ。小さいころこんな夢をみたような気がするよ。いつまでも乗っていたいがそうもいかん。

GC異色短編集6 「鉄人をひろったよ」『鉄人をひろったよ』p.189

おじいさんにも子どもの時代はあってそれこそ「空を自由に飛びたいな」と思うことはあったのでしょう.子どもの頃の夢と現実,その悲しい乖離を理解してしまっているからこそ夢を追い求めることはできません.

落葉樹を山に植えて海の方へ移動したときにおじいさんは鉄人に語りかけます.

おぬしの過去は知らぬ、しかし……今の世の中におぬしの身の置き場はなさそうだ。いたずらに世間をさわがすよりは、深い海の底で安らかに眠る方が…おぬしにとっても幸せではあるまいか。

GC異色短編集6 「鉄人をひろったよ」『鉄人をひろったよ』p.190

そうすると鉄人は首肯するように「ガガ」と動き,おじいさんの命令通りりもこんを遠くへ投げ,そのリモコンを追って海へと身投げします.

GC異色短編集6 「鉄人をひろったよ」『鉄人をひろったよ』p.191

旧帝国陸軍といっていたから日本が,なのでしょう.日本が命運をかけて開発し,アメリカのCIA,ソ連のKGB,イスラエルのモサドが秘密裏に動いて奪取しようとした鉄人.それがおじいさんの命令で海に身投げして終わる.浪漫のかけらもない終わり方でした.

ことわざに「豚に真珠」「猫に小判」「馬の耳に念仏」と貴重でありがたいものでもその価値を分からない人に与えても意味がないというような意味です.この鉄人があれば平和利用をするなら土木作業を円滑に行うこともできるでしょうし,何かとうまい使い方はあるでしょう.

ただ「じゃあ実際に鉄人を与えられたらそうするの?」と言われればおじいさんと同様に本当にこれどうしようと途方に暮れるような気がします.現実問題として鉄人を扱うのに適した場所も人もいないわけです.なんならこの作品が発表された当時よりも鉄人を置いておける場所なんてのはなくなっているでしょう.結局のところ一個人が扱えるような代物ではないわけです.

まだガンダムのようなロボットアニメの存在を知っているような自分でもそうなのですから孫から聞いたくらいの情報しかないおじいさんなら尚の事.子ども心が抱える夢であったり,一国の威信をかけて開発した当事者のことを考えないのであればこのおじいさんの選択は正しかったでしょうし,なんなら海の藻屑にしたのは平和であったり破壊兵器として使われるであろう鉄人のことを思うと良い判断だったかもしれません.

鉄人に感情や記憶があるのかはわかりませんが,もしそういったものがあるなら開発しているときの開発者たちの会話を聞いて,自分の破壊兵器として活用される運命を悟っていた可能性もあります.おじいさんは破壊とまではいきませんが,やったこととしてはお隣の落葉樹を引っこ抜いただけ.人命を失わせることや建物を破壊することは全くしていません.なんなら引っこ抜いた落葉樹も山に植えなおしているので落葉樹の命も守っている,そんな心優しさがあります.「破壊に使われるよりは使われない方がマシだ」,そんな風にもし鉄人も思っていたのだとしたら,リモコンが渡されたのが鉄人の価値をわからないただの心優しきおじいさんだったのは幸福なことだったのかもしれませんね.

その「あっけない最期」のあとの鉄人は海の底でお魚さんたちの住処となっているのでしょう.情景を想像すると心温まる平和そうなことが思い浮かんできます.

というわけで現代版猫に小判や豚に真珠とも言える藤子F先生の短編「鉄人をひろったよ」の紹介と感想でした.ここまで読んでくださってありがとうございました.

― 了 ―

pyocopel


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