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韓国の統一教会

 ぼくは梨花女子大学で韓国語を学んだ。

 2000年ごろのこと。このころ韓国語を学びにわざわざ渡韓するのは在日、在米、他の国に住むいわゆる在外コリアンの人たち。日本人だと夫の駐在についてきた奥さんがほとんどで、この時期に来る日本人は、ぼくを含めて”よっぽど”の存在だった。

 まだヨン様もいなかったし、W杯の共催も未だ。TSUTAYAに行けば「アジア映画」という棚に、ブルース・リーの横に韓国映画がギュッと押し込められていた。つまりはマイナーな言語だった。

 外国人のクラスメートの中で、意外に多いなと思ったのがロシア人。なぜ彼女たちが韓国語を?と聞くと「韓国人男性との結婚のため」というのだ。へぇー、韓国の男性ってロシア人に人気なのね?と初めは素直に思ったものだ。

 そして日本人にも学校に通う理由が「結婚」という人たちがいた。彼女たちは当時20代だった。20代の女の子が韓国人の男性との結婚のため韓国語を学ぶ。口さがないクラスメイトたちには格好の話題だ。「どこで会ったの?」「どっちから告白したの?」「彼のどんなとこが好きなの?」「どんな人なの?」「イケメン?」。飲み会でもど直球の質問が飛んだ。

 しかし答える側の女の子の答えはいつもぼんやりしていた。いくら質問を重ねても、話を聞いても夫の像がしっかりと描けないのだ。イケメンなのか。職業は何なのか。性格は?出会いのきっかけは?全然わからない。そもそも話している方、結婚する相手の答えが浅いのだ。かといってはぐらかしているわけでもない。ぼくは少し離れて、もう少し答えようがあるだろうと、あるいはもっとのろけてもいいのになぁと思ったことを覚えている。

 いくつかの奇妙な符合があった。全員が結婚直後から夫の両親と同居。韓国語は初級レベル。同級生の中には学校よりも現地で出来た彼氏との逢瀬に忙しくて、文法はからきしダメだが会話は出来る。特にスラングはお手のものという人がいたがそういうわけでもない。基本まじめだが韓国語と韓国への興味や関心、熱意がみんな薄く見えたのだ。
 流されて今、ここでことばを学んでいるといえば言い過ぎだろうか。

 そして彼女たちは全6段階のうちの2段階、3段階ほどで学校をやめていった。あとは生活しながら学ぶのかな?大丈夫かなと少し心配になった覚えがある。

 結婚式に出たクラスメイトが話してくれた。「なんだか奇妙な結婚式だったよ」と。新郎の両親と親族はいたが新婦の両親、親族が全くいなかったというのだ。新婦の友だちはぼくたちと同じ学校に留学している人たちだが、普段学校で仲良くしている様子は余り見たことがない人たちばかりだったという。

 同じクラスのオレは外してなぜ彼女たち?とまでは思わなかったが、それ以上に新婦の両親と親族が決まって出席していないことに驚いた。時期によっては成田→金浦(仁川国際はまだ工事中だった)2万円くらいの格安チケットが出ていた時期だ。一生に一度(何度もする人がいるが、今回は触れない)の娘の晴れ姿に来ない理由っていったい何なんだ。そこまで揉めたのか。しかし不思議なのは、結婚したクラスメイトたちが、そこまで揉めて、両親の反対を押し切ってまで結婚を強行するほど強い人たちには見えなかったのだ。

 何組かのクラスメイトの結婚式が続いたのち別のクラスメイトが言った。「たぶん合同結婚式だよ」。えっ!という話になった。新婦友人のひとりが「統一教会員」であることを公言していたというそしてロシア人の女性たちもまた、合同結婚式で韓国の男性と結婚した人たちというのだ。そう考えるとかなりの数の学生が統一教会員であることになる。
 
 そしてもうひとつの噂があった。統一教会員の家はソウルメトロ5号線沿いにあるというのがその噂。金浦空港に直結しているのが5号線。ことばが不自由な人にとって、ソウルの網の目のような地下鉄網はダンジョン。バス路線はそれ以上で、タクシーはぼったくり相乗りありで女性一人では敬遠したいところがある。それとなく聞いてみると、確かに統一教会の信徒と目される学生たちの住まいの最寄り駅はみな5号線沿線に集中していた。

 そのころ統一教会の問題は日本でも明らかになっていた。いわゆる霊感商法の問題と合同結婚式は既に知られていた。

 ああ、そういうことだったのか。ある時納得した。

 だが特に韓国の農村で統一教会は大歓迎されたという。勤勉で貞淑な日本人の嫁が農家の嫁に来てくれたと。韓国でも農家の男性が結婚できない問題は深刻だった。信仰が実利を産むわけだ。

 安倍元総理の殺害事件で久しぶりに、そして想像以上にくっきりと、以前よりも大きく不気味になった統一教会の存在をぼくたちは見ている。もうすっかり名前も顔も思い浮かばないぼくのクラスメイトたちは幸せなのだろうか。今は何をしているのだろう。異郷の地で幸せに暮らしているのだろうか。信仰を続けているのだろうか。そして家族との関係も…。そんなことを考えながら、ニュースをぼくは見ている。

■ 北のHow to その145
 韓国では「信仰」は大きな意味を持ちます。夜の便でソウル上空を飛ぶと、赤い十字架の多さに驚くことでしょう。日本では平日扱いの仏陀の誕生日は祝日(もちろんクリスマスも)。キリスト教徒の友人は仏教徒の彼女との結婚に悩んでいたし、教会は出会いの場として機能していました。
 日本において「宗教」と信仰の話題は特にオウム真理教事件以来タブーに近い存在ですが、韓国においては知り合った人がむしろ何を信仰しているか。早い段階で聞いておくことをお勧めします。


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