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「八上比売を嫁にもらう(1)」(勝手な解釈、独自の曲色がウリです)

「ヤガミヒメ」と読むそうです。

古事記に登場する女性の中でも、とびっきりの美人として描かれた女神(巫女?)。大国主命(オオクニヌシノミコト–別名で書かれていて、後にこの名に。でも分かりにくいのでっ)と、そのお兄さんたち(八十神=ヤソガミ)が求婚のために旅する物語が描かれています。兄弟がこぞってヤガミヒメの元へと向かうのですが、末っ子の大国主命は全員の荷物を持たされ、長い行列の最後尾をついて行くのでした。

「どんな美人か楽しみ〜」

「俺が射止めるぜ!」
「いや、俺だろ!!」
「ここは私が…」
なんて言葉を交わしながらかどうかは分からんけど、八十神一行が鳥取の因幡に差し掛かると、一羽のウサギで出くわします。
あちこちの毛をむしり取られ、全身赤くただれてるウサギ。一行はその姿を見て思わず声をかけます。
「どうした、そんなクソ恥ずかしい格好で?」
「実は…」
ウサギは痛さに涙をこぼしながら話出しました。

1時間ほど前です。

私、隠岐の島にいたんですけど、本土に渡りたくて、あ、ヤガミヒメに会いに行こうと。……橋もかかってないし、船もないし、どうしようかなって思ってたらたくさんのサメが泳いでるのが見えたんです。はたと気づいて、ボスザメらしい一番でかいヤツに声をかけたんです。
「サメさん、随分たくさんいますねぇ。私たちウサギ軍も結構たくさんいるんですけど、もし本土と戦いになったら、サメさんの軍隊とうちと共闘しなきゃ勝てないじゃないですか。で、本土軍vsウサギ軍+サメ軍で、戦略を立てるためにサメさん軍の兵隊の数を知りたいんです。数えさせてもらえませんか?」
「ほぉ、我々サメ軍は強力だが、陸地決戦となると分が悪いのは確か。ウサギ軍との共闘は、まぁメリットはあるな。いいだろう。数えるがいい」
「ありがとうございます。それではここからズラ〜っと並んでもらえますか。そうそう、本土の方に向かって一列にね。あ、皆さん数えやすいように背を海上に出してくださいね。」
「ふふふ、なんせうちは大軍だからなぁ、ほれ本土まで届いちまってるぞ。とっとと数えるがいい」
「はっ。では早速……」
私、サメの背をぴょんぴょんと。ジャンプは得意なんですよ。
「いち、に、さん、し、ご……」
本土までは結構な距離だから、かなり疲れたけど頑張ったよ。
「3千572、3千573、3千574……」
(3時間以上経ったかなぁ)もうすぐ本土だなぁ……。
「6万1869、6万1870、6万1871……」
ラストワンジャンプってとこで、気が抜けたというか、喜んじゃったというか……。
「よっしょぁー! 馬鹿サメ騙して、見事渡ったぜっ!! 6まんせんはっぴゃ…」
「テメェ、今なんて言った!」
最後のサメが飛びかかってきたんです。ざばーんって。
周りのサメもガーッて襲ってきて、海中に引き込まれて、あちこち噛まれて、毛をむしられて。なんとか逃げて陸に上がったんですけど、もう痛いやら情けないやらで。

ウサギの話を聞いた、八十神一行の一人が、

ニヤリと笑いながら言った。

「ウサギよ、そのただれた肌は海水にどっぷり漬かれば、痛みがやわらぐぜ。そんであそこの河口のちょっと上、小高くなってるところがあるだろ、そこでじっとして風に当たってな。すぐに良くなるぜ」
「えっ本当ですか? やってみます。早くヤガミヒメに会いに行かなくちゃ」
「それじゃ、ウサギよ、またな」
「ありがとうございますっ」
感謝を伝えながらウサギはぴょんと海へと飛び込んだ。
八十神一行はその姿を後ろに見ながらくすくすと笑い、去っていった。

「いやぁ、全員分の荷物を持ちながらは流石に……」
一行にだいぶ遅れて歩いていた大国主命が、海岸近くの小山へ差し掛かり、悶えながら泣いているウサギを見つけた。
「ウサギよ、どうした。大丈夫か」
「え、あ、だ、だい、大丈夫、じゃない……」
ウサギは、経緯を話し、八十神一行の言う通り、風に当たっていたらヒリヒリ痛いのなんの。しばらくすれば治るのかと思っていたが、一向に和らぐどころか、痛みが倍増してしまったと。
「ああ、兄さんたちひどい……。すまない、それは嘘というか、意地悪というか。もしかすると君がヤガミヒメに求婚すると思ったのかもなぁ」
「ええええ、勘弁してくださいよぉ、マジ痛いんですけど……」
「ええと……、あそこ、あそこの河口のとこ、あそこの水で綺麗に海水を流し落として、ここに生えてる水草の穂、このふわふわのやつ、これを敷き詰めて、寝転がってごろごろって。体に花粉とかふわふわが塗されて、そしたらガチですぐ治るから」
「え、本当? ……ですか?」
「ガチ。ほんとガチだって。こう言ったらアレだけど、俺、兄さんたちとは違うから」
「……ほんとですか」
「効かなかったら、グーで殴っていいから。やってみ」
「分かりました、あなたを信じますよ」
ウサギは河口で水浴びをしながら言った。
「あなたは、もしかして大国主命さんですか?」
「えっ、えっ? なぜ私を知っているのだ?」
「実は……」
ウサギは水草の穂をちぎって敷き詰めながら続けた。
「私たちウサギ族はヤガミヒメの護衛を頼まれた呪術師の一族なのです。八十神一行が姫を娶りにくることは知っていました。私は先兵隊として向かい、あなたの兄さんたちを妨害して、大国主命さん、あなただけをヤガミヒメにところ案内する役目を負っていたのです」
「えええっ、それってどういう……?」
「あなたの曾祖父さんって深淵之水夜礼花神(フカフチノミズヤレハナノカミ)さんじゃないですか。あの水の神さまの。ウサギ族ってその遠戚にあたる系譜でして……」
ウサギは敷き詰めた穂の上を転げ回った。
「曾祖父さんから、お兄さんたちは自己中で好戦的だから、他の土地に行ってうまくやるのは無理。大国主命さんにヤガミヒメを娶ってもらって因幡地方をまとめてもらえと。で、お兄さんたちの妨害と、万が一を想定してヤガミヒメサイドの護衛を請け負ったわけです」
「曾祖父さんがそんなことを!?」
「ええ。で、本当はお兄さんたちに術をかけて足止めしようかと思ったのですが、ちょっとサメのせいで計画が……」
「自業自得だよね……」
「え、いや、まぁ……。それはそれで。とにかく、お兄さんたちは、遠戚とはいえフカフチノミズヤレハナノカミさんと縁のあるウサギ族である私をひどい目に合わせたという事実は残ったわけで、これを公にすれば、ヤガミヒメサイドから拒絶されることは間違いなし。必然、大国主命さんが結婚できるというわけです」
「そんなうまくいくのかなぁ」
「大丈夫です。私に任せてくださいよ。おっ、だいぶ痛みが引いてきたっ。大国主命さん、オオクニヌシノミコトって長いのでクニちゃんって呼んでいいですか?」
「クニちゃんって……、まぁいいけど」
「じゃ。クニちゃん、行こうかっ!」

大国主命とウサギは、ヤガミヒメの家に向かって歩き出した。

すっかり痛みのひいたウサギは、足取りも軽くぴょんぴょん。
「クニちゃん遅い〜」
「ちょっと待ってくれよ、もう荷物が多いんだって」
「捨てちゃえよ。どうせ兄さんたちのだろ」
「そうもいかないよ、そんなことしたら何をされるか」
「もうクニちゃん優しいっていうか、やわっていうか……」
ウサギは、ぴょんと大国主命に近づくと後ろに引きずっていた荷物をガシガシッと蹴り飛ばした。荷物はゴロンゴロンと音をたて海へと落ちていった。
ザブーン。ウサギは叫んだ。
「サメさ〜ん、さっきのおわびで〜す! 受け取ってくださ〜い!!」
「何やってくれてんだ、くそウサギ!」
怒ってるんだけど泣きそうな顔の大国主命はウサギを罵倒するも、満面の笑みを浮かべるウサギ。遠く海上では荷物の品定めをしているサメ達。
前途多難な旅が始まった。

(続)


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