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0120「青白い経堂の唐揚げ屋」

今日は長男のピアノの発表会だった。年末年始に家の強制退去があったのと、先週の全家族体調不良があったりで、練習不足は間違いなかったが、わかりやすいほどに練習不足で、なかなか厳しいものがあった。ピアノは保育園の頃から習い事としてずっとやっているので、彼は私なんかが到底再現できないほど複雑な曲を弾くことができるのでそれはすごいのだが、いろいろあったけど詰めが甘いなあとは思う。

うちは長男が11歳で、5年前にアメリカに移住してすぐに次男が生まれて彼が4歳で、あと2歳の長女がいる。ので、下の2人は今のところニューヨーク生まれのニューヨーク育ちだが、長男は小学校一年の夏までは東京で育っている。ので、移住する前は毎週土曜日に経堂の耐震性が弱そうな建物の上のヤマハ音楽教室に、電動自転車の前に長男を載せて毎週連れて行っていた。それはまあどうということもないのだが、その帰りにいつも経堂の城山通りの「せい家」の近くの唐揚げ屋に寄っていた。ちょうどその時期にできた小さい唐揚げ屋で、そこで唐揚げを食うのが長男と私の毎週の楽しみだった。

そういうのには枚挙に暇がなくって、嫁が同窓会だったか実家に帰るんだったかで週末に長男と2人になることがあれば、ちょっと遠くに行ってみようなんて言って、電車とバスで檜原村(東京都の山梨寄りにある山奥)に行ってみたり、長男は雪を見たことがあんまりないから雪を見に行こうなんて行って湯沢とかあっちの方に突然旅に出てみたり、要するに2人で行動することが結構多かった。

彼がまだ2歳くらいのときだったか、まだ1軒しかなかった串カツ田中の一号店が世田谷通りにできて、どうしても行ってみたくて入ったんだけど長男が寝てしまって仕方ないから長男を席に寝かせて寝顔を見ながらハイボールを飲んだこともあった。今では串カツ田中は株式上場した。そのくらいの時間が経っている。

アメリカに来てからは連続して赤ちゃんが生まれたし、嫁も1人で外に出かけることはあまりないし、長男もいるし、次男や長女とそういうふうに2人で過ごす時間というのがあんまりない。次男などは、結構得た体験を咀嚼するタイプなので、一緒にいろんなところに行くとちゃんとその体験を大事に育ててくれるはずで、張り合いがあるはずなのだが、あんまり機会に恵まれない。

つまり構造的に、そういうのは1人っ子である期間が長かった長男に集中するもので、やはり兄弟が増えるとそこは親ではなく上の子だったりと時間を過ごして影響を受けるものなのだなと思う。

全家族体調不良もあってかなりずっと家にいたので、イライラが表に出ていたらしく、嫁の許可を得てニュージャージーの韓国サウナに行った。これもこれで、長男と一緒に行った。ここのサウナは水風呂の温度が15度から22度くらいで行くたびにまちまちなのだが、今日は当たりで、たぶん17度くらいだった。長男は、「ととのう」という概念を理解している。

韓国サウナ(チムジルバン)というのは、同じサウナであっても、日本のサウナと作法が違うし、違う趣がある。それについては1日分の日記をすべて費やす必要があるので別途にするし、ここまでの経験で、noteでサウナの話題を書いても誰も興味を持たないことがわかっているので、よほどの際にする。

今のニューヨークの生活も、ニュージャージーの韓国サウナも、あの頃の経堂の唐揚げ屋(もうない)のように、すぐに青白いノスタルジーな風景になってしまうのだろうけど、亡くなってしまったおじいちゃんもおばあちゃんもその先の先祖も、そういうものをいろいろ頭の中に抱えて墓場に持っていってしまったんだろう。そういうのを保存する何かはできないものだろうか。

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