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1006「ケニー・ドープの魔の手」

そういう気もしないが、アメリカに帰ってきてまだ2日目とかなので時差ボケにやられているのもあるが、それ以上にかなり重い心配事に苛まれていて、昨夜は一睡もできなかった。さすがにその状態で運転するのは危ないので、カーシェアリングで家族とニュージャージーの焼肉屋と日本スーパーに行く約束をしていたのに棒に振ってしまった。とても申し訳なかった。

誰でも心配事というのはあると思うが、心配事というのは結構慢性的に神経を蝕むので、心配事とうまく付き合える、という能力は生きていく上でとても大事だと思う。最近はあまりないが、プロジェクトマネージャー(案件の進行管理をする人)を採用するときとかによく聞くのは、「あなたは心配症ですか?」ということ、それがイエスであったら「その心配とどう戦いますか?」ということだったりする。ああいう職業は心配と引き換えにお金をもらうようなところもあるので、心配症であることは、原資を生み出しているようなところもあるが、その心配に酔ってしまって常にその心配に苛まれ続けると、精神状態が悪くなってしまったり、一緒に働く人にプレッシャーを掛けすぎてしまったりする。

なので、心配性であり、かつ、心配なことがあったら「酒でも飲んで寝ちゃいますよ」みたいな対処法を知っている人がたぶんベストだったりする。

酒というものにはそういったしんどさを一時的に消してくれる、洗剤のような機能があると思う。つまり、昨日は酒を飲めば良かった。とはいえ機能性を求めて酒を飲むと依存症になってしまうのでダメなんだが、昨日みたいな日こそ酒を飲むべきだった。ただ、そういうときに限って酒なんか飲む気にならなかったりもする。

今日もまあそうだ。心配事はあるけれど、酒を飲む気にもならない。

どうにか、自分が酒を飲むモチベーションをつくらなくてはならない。なので、今まで飲んだ酒の中で、一番うまかった酒について思い出そうとするが、むしろ辛かった酒の思い出しか出てこない。

大学生の最初の頃の私は、わりと大学デビュー気味なポジションを狙っていたので、クラブイベントなんかに行っていた。今思うと正直音がうるさいし、踊りたいとかなんとかそういう欲求も無かったので、行くだけで、ずっとカウンターで煙草を喫っていた。

その日は、渋谷のTHE ROOMという、セルリアンタワーとかあっちの方にあるクラブにたぶん1人で行った。たまたま、ニューヨークから有名DJのケニー・ドープが来ていて、レコードを回していた。まあまあDJとかよくわからないのだが、当時から、すごく有名なDJだったので、すごく人が多かった。

特段楽しくもないのにカウンターで煙草を喫ってウイスキーを飲んでいた。しばらくすると、同じように手持ち無沙汰でカウンターに座っていた女の子が話しかけてきた。とても綺麗な人だったと思うが、話しているうちに、同居している彼氏の愚痴を話し始めたので、やや興味を失いつつ、話を聞いていた。

その女の子は、クラブのフロアに出ていってたまに踊ったりしては、私がいるカウンターに帰ってきた。

暇だったので、家に帰らずずっと煙草を喫っていたが、そうこうしているうちに夜が更けてきて、その女の子と頑張って話しているときに、あろうことか前述のケニー・ドープが寄ってきた。そして「テキーラ持って来い!」なんて言って私にテキーラをおごり始めた。何のことやらわからなかったし、英語も聞き取れなかったので、ニコニコしながら飲んだ。というか、ケニー・ドープは盛り上がり始め、私に一気飲みを要求した。私はニコニコしながらテキーラを一気飲みした。今思えば、いわゆる「ショットガン」ていう奴だった。

そもそもなんでこのニューヨークから来た有名DJが私に絡んでくるのかわからない。ところがこのケニーさんは、どんどんテキーラを注文し、私に飲ませ続けるのだ。そして私はわけもわからず、何杯か一気飲みをする。

そうこうしているうちに、ケニー・ドープは、私と話していた女の子の肩に手を回し始めた。彼女は嫌がっていた。つまり、ケニーはその女の子を連れ出したくて、その女の子と話していた私を彼氏かなんかだと思って酒でつぶすことにしたのだろう、と理解した。

「ダメだ。ここでつぶれたらこの女の子が困ったことになってしまう」

と思い、ヘロヘロになりながら、頑張ってペースを落としてテキーラを飲み続けて時間を経過させた記憶がある。で、早朝の閉店時間まで粘って、やっとケニーは諦めた。この時点でもう完全に気持ち悪くて、立っているのもやっとだった。

しかし、その女の子を駅まで送らなければいけない、と思って、何をしゃべったかも覚えていないが、頑張って駅まで送り届けた。感謝はされたんだったと思う。その後はお金がないので、今は亡き、大学の駒場寮の一室で寝ようと思って、歩いて駒場に移動した。

渋谷から駒場につくまでにたぶん12回くらい吐いた。あの日、私は、初めて会って、自分の彼氏の愚痴しか言わなかった自分と関係のない女の子をケニー・ドープの魔の手から守り切ることに成功した。それを思い出すにつけ、リュウゼツランの匂いがする吐瀉物の臭いが思い出される。

あの日のテキーラはまずかった。

この話は技術用語の連載に取っておくべきだった。まだこちらは日曜の夜だ。全く乗り気がしないが、酒を飲もうと思う。

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