エッセイ、はじめました(エッセイ#1)
読書が好きだ。
普段読むのは圧倒的にノンフィクション(直近で読了したのは「物流の世界史」という翻訳本)。ときどき小説もたしなんでいる。じゃあ、ほら、あと大きなくくりでエッセイがあるけど、Qちゃんはどれくらい読んでるの?
正直のところ、過去も現在もほとんど読まない。読んだ記憶がちゃんと残っているのは「もものかんづめ」と「村上ラヂオ」ぐらいだ。
そんなエッセイ白帯もやしっ子もいいところな私が、これから断続的にいくつか書いてみようと思っているのだ。
驚くなかれ、驚くなかれ。私が一番驚いているのだから、周りは冷静であってもらいたい。
きっかけはつい先日。知り合いの言葉。
「(前略)……noteでエッセイ書いて出版した人おるらしいなぁ……(後略)」
あまりに下世話な話の中で出てきたダイアログなので、前後について深くは触れない。
知り合いは私がnoteをしていることを知らないので、何気なく言っただけに違いない。当の私は心臓をやっとこでつままれたように驚いた。
noteでエッセイ! そして出版!
何を隠そう、私はもともと文筆家志望で、過去にいくつか賞に応募していたこともあるのだ、エッヘン(応募するだけなら誰にでもできる)。もちろん、今の現状がすべてを物語っているとおり、箸にも棒にも掛からぬぬらりとした作品ばかりだったようで、文筆とは縁もゆかりもない生活を送っている。
これはチャンスではないか!
どうも、小説のセンスはないようなので、そろそろ筆を折ろうと思っていたのだ。しかし、ややもするとエッセイなら……!
大丈夫です。わかってます。エッセイをなめてるわけではありません。
しかし、こうも思う。
やはり、センスというのは人知のおよばぬどうしようもないところではないだろうか。サッカーが上手くても野球が上手いわけではあるまい。たくあんが好きだからといって、必ず大根が好きなわけでもあるまい。小説が下手でもエッセイが小マシに書ける可能性だって……ゼロに限りなく近いが、無ではあるまい。
奇跡のような偶然の一言に心を揺さぶられたので、私は天啓だと感じ、エッセイをはじめてみることにした。
いいんですいいんです。
なんでもかんでも、やってみなくてはわからない。たとえ、このエッセイが面白くなくても「私にはエッセイの才能もなかったんだ。つらいことだなぁ」と気づけるじゃあないか。気持ちよく一般市民として生きていく勇気もでるさ。
ところで、さあ一本目を書くぞ! と思ったところで、この創作大賞2023というものがあることを知った。
これはやはり、神の思し召しではあるまいか。
というわけで、私に付きまとう貧乏神が導いてくれる通り、偉そうに創作大賞2023のエッセイ部門の土俵にも乗ることにしたのである。
ああ、こういうのを塞翁が馬というのだなぁ(おお。ことわざで締めると新聞コラムのような格調が染み出してきますね)。
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