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すべての あやまちの 分岐たち

青空に立ち上がっていく巨大なきのこ雲の下で。
オレンジ色の光を見てすぐに爆風に吹き飛ばされたと祖父は言っていた。20歳になった祖父が徴兵を免れていたのは、造船所で働いていたからだった。戦争に使う船を作るために出征せずにすんだ祖父は、だけどそのおかげで被爆した。1945年8月9日の長崎。

ーー安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬからーー


毎日死体を片付けた。膨れ上がった死体が川に浮いていた。地獄のようだったと祖父は語った。戦後祖父は被爆していたことを黙って祖母と結婚し、3人の男の子をもうけた。
祖父が肺癌で入院したとき「被爆者手帳があるおかげで個室に入れる」と言った祖母に「それは違うよ母ちゃん、被爆したから癌になったんだよ」と言った叔父は、リンパ液が肺に染み出す病気にかかって死んだ。私は原発事故が起こるまで、自分が被爆3世だってことなんかすっかり忘れてて、子供を産んだ。2世以降の被曝の影響についていっとき狂ったように調べたけど、影響はある説とない説があってどちらが正しいかわからなかった。
もうひとりの叔父も肺を病んで3年前に死んだ。父は時々ふかい咳をしながら、それでもまだ元気だ。

父と母がであったのは大学の原水爆反対のサークルだったし、あの日原爆にあわなかったら祖父は違う人生を送っただろうから、私が生まれてこられたのは原爆のおかげだ。きのこ雲の下で死んだたくさんの人達の死体の上で私は産まれて産んで死んでいく

あやまちから生まれた命はあやまちですか?
望まれず、落胆され、恨まれながら生まれ育ったお前たち。罪の中で生まれ、罪を犯して、罪の中死んでいく私たち。それでも幸せになりたいんだ。屈託なく青空の下で笑いたいんだ。恋をしたり、おしゃれしたり、お喋りしたり、ふざけ合ったりしていたいんだ。キノコ雲みたいに美しい、すべての、あやまちの、分岐たち。

生まれてきてよかったと思ってるんだ。嘘じゃないよ。この命を味わいつくしてやるんだ。幾重にも過ちを重ねて、全部のあやまちを呪いながら愛してやるんだ。引き裂かれたままで、矛盾したままで、こんなはずじゃなかった世界にありもしない正解を探し続けるんだ。泣きながら、笑いながら、すべての、あやまちの、分岐たちと。

えっいいんですか!?お菓子とか買います!!