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潜入!猫乃寮祭②駱駝寮生は被告!?

 特攻隊に憧れていた。
 
 考えてもみろよ。自己実現と自殺がセットになっててお得だろ?就活も恋愛も何ひとつうまくいかなくて、選ばれないと何者にもなれないのに、選ばれるために何をしたらいいのかわからなくて、どうしようもなく孤独で全部が空回りしていたあのころ。1日1日大人の世界に押し出されていく不安に押しつぶされそうだった。
 
 大人になるのが怖かった。ずっと学生でいたかった。ちがう、負け犬だって後ろ指さされずに死にたかった。

 青い空と海の間、ジュラルミン製の美しい戦闘機と俺はひとつの生き物みたいになって敵艦に突っ込んでゆくんだ。この先この戦争がどうなるかわからない。それでも国立競技場で見送ってくれた女学生たちはきっと俺たちのことを忘れないだろう。水盃を交わした戦友たちは靖国で待っていてくれるだろう。操縦桿を握る手に力を込める。大日本帝國万歳!!!立ち登る爆炎。なんて、なんていい人生だろう。

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このお話は↓の続きですが単独でも読めます


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 機動隊がいる限り待っていてもダイオードおじさんに対電圧はかからないと判断して、私たちは猫乃寮に戻ることにした。
黒ずくめに導かれて私と白シャツは狂大の構内を突っ切る。

「無秩序って言っても、渋谷のハロウィンと比べれば秩序あるほうですね。あれは本当にめちゃくちゃですよ」と白シャツが言えば
「それはそう‥渋谷はやばい‥渋谷のハロウィン‥行ったの‥?」と黒ずくめが答える。名前も知らないのに友達みたいだ。学祭マジック、いや寮祭マジックかナ?

 なんだかんだ喋りながら歩いていたら、随分古そうな木造の建物のところに出た。二階建ての長屋のようだ。幾星霜を経たのであろう瓦屋根は緩やかに波打って、廃屋のようにも見える。黒ずくめが足を止める。

 「ここ‥駱駝寮‥もう見た?」

 「まだ!見学できるならしたいナ!」

駱駝寮の周りはちょっとした林のようだ。色とりどりの落ち葉を踏んで入口に向かう。今にも崩れそうな軒に金色に色づいた銀杏の葉が降り積もっていて、古寺のような趣がある。開け放たれた扉の向こうには、炬燵があって3人の寮生が暖をとっていた。

「エッ炬燵? エッ廊下? エッ?」
面食らう私に
「見学ですか」
と声をかけたのはどこか仙人然とした年齢不詳の人物だった。引っ詰めた髪を弁髪のような長い三つ編みにして腰あたりまで伸ばしている。
「ハイ!ご都合よろしければゼヒ!」
「それではこのQRコードをスマホで読み取ってリンク先で訪問記録をしてください。スマホがなければ紙でも手続きできます。担当寮生のところには〇〇と入れてください」
「あ、ハイ、見た目はレトロなのに、ずいぶんとハイテクですネ」
「駱駝寮自治会はコロナ対策に力を入れています。集団生活の場なので蔓延すると大変ですから。パンフレットどうぞ」
「ナルホド」
「駱駝寮は自治寮といいまして学生が自ら寮自治会を組織して自治を行なっております。土足で結構ですよ。どうぞ」
「ハイ!ありがとうございマス!」

廊下を占有する炬燵の脇を擦り抜けて三つ編みの後を追う私に白シャツと黒ずくめも続く。
「あの、皆さんは廊下に住んでらっしゃるのデスカ?」
「いえ、ここは受付で、みんなここに集まってくるんです」
「部屋は‥寒いから‥僕が‥住んでたときは‥壁‥なかった‥」
 壁がない部屋って、神殿造りかナ?さすが平安京、みやびだわネ。

 築100年以上が経過した駱駝寮は外から見ても廃墟っぽかったが、中から見ても廃墟っぽい。しかし廊下の材木はとても質の良い木材が使われており、国の未来を担う若者たちへの期待が伝わってくる。

「ここは印刷室です。寮生会議のときはここで行いますが、寮生以外の地域の人も来たりする自由なスペースです。ほかにもゲーム部屋や、ピアノが弾けるスペースもあります」
「おっレトロ漫画いっぱい!京都漫画ミュージアム行かなくていいぐらいですネ」


「今いる建物は現棟と言って、10人ほどしか住んでいません。ほとんどの駱駝寮生はあちらの新しい建物、西棟に住んでいます」
「ここに‥住んでる人は‥みんな被告‥狂大に訴えられている‥」
「は?ナンデ?」

「駱駝寮から立ち退きを迫られているのです。狂大の言い分としては耐震に問題があるためということですが、それなら現棟だけで良いはず。にもかかわらず築5年の西棟からも出て行けと。
 おそらく自治寮という存在が嫌なんでしょう。一旦寮生を追い出して取り壊し、大学が管理するワンルームマンションのようなものにしたいのだと思います。たぶん寮費も、いまは400円ですが4、5万円になるでしょう。これは狂大に限らず国立大学が法人化してからの全国的な流れです。
 駱駝寮では入寮希望者にの審査も寮自治会で行うのですが、一般的な大学の学生寮のような所得制限は行っておりません。親の収入が多くても折り合いが悪くお金を出してもらえない場合もある。一人一人面接をして個別に判断します。
 私たちは大学に対話を求めました。しかし大学は我々を訴えた。それならばここに留まって裁判に応じようと決めました」

「こんな歴史のある素敵な建物壊しちゃうなんて勿体無いですネ。築100年でダメなら京都のお寺なら築1000年とかもあるのにどーなるのヨ!」

「お寺が1000年でも大丈夫なのは補修をしているからです。我々としても補修の要求はしているのですが一向に答えてもらえず、ほらあそこのところは台風で破損してしまったのですが直してもらえず、我々でお金を出して修理しました」

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廊下の窓にはヌラッと歪んだ昔のガラスが入っているところもあれば、割れっぱなしになっているところもあり、廊下の隅に落ち葉が吹きよせている。風情がありますネ‥
居室と廊下の間の壁は立て看板を流用したらしきベニヤが打ち付けてあったりしてあちらこちらでDIY精神が炸裂している。調理器具だとかスポーツ用品だとか、いろんなものが廊下の隅に積み上がっていたり、転がっていたりする。
壁にはいろんな時代の張り紙(主に政治集会の告知)が重なりあっている。赤いスプレーで大きく書き殴られた「反革命粉砕」の文字‥

「あのっ!猫乃寮は宙革派がいることで有名ですが、駱駝寮にはなんというセクトがいるの?強酸党系?」
「ここはとくに特定のセクトや政治組織とは関わりありません。ノンセクト・ラジカルです」
「ノンセクト・ラジカル」
はじめて聞く単語をリピートする私に黒ずくめがささやく
「‥っていうセクト‥」
ああ、そういうコト‥? 新左翼ややこしい。

 現棟の一階を見学したあとは中庭に案内してもらった。巨大な棕櫚の木が目を引く。ジャングルみたい。
「鶏を飼っているんですが、今日はいませんね‥畑を作って野菜を育ててる寮生もいますよ」
「オニイサンの学部はどこですか?」
「農学部です」
「じゃあ畑してらっしゃるの?」
「いいえ。農学部が畑をするとは限りませんよ。それと、お兄さんというような性別を限定する呼びかけはやめてくだい。駱駝寮ではLGBTへの配慮も重視しています」
「すみませんえっと」
「〇〇と呼んでください」
「はい。〇〇さん」
 ついついフレンドリーなつもりでオニイサンとかオカアサンとか呼びかけてしまうけどそれが加害性を帯びることもあることを自覚しないといけないな‥

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それから新しい西棟も案内してもらった。
「構造も大学と相談しながら寮生会議で決めました。このトイレ、性別の表記がなく全て個室のジェンダーフリーです。だれがどこに入ってもいい。男女と別に誰でもトイレをもうけているところもありますが、それはそれで気を使うので」
「すごい!LGBTとトイレの問題これが最適解のような気がする!」
「大学側としてはどうしても分けたかったようでここに壁があって、案内板にはこっちが女性、こっちが男性と書かれていましたがスプレーで消しています」
ところどころラジカル!でもその根底にはあらゆる属性の人に優しい場所でありたいという信念があるのだ。張り紙なども留学生に配慮して多言語表記を心がけているらしい。

最後に1000円カンパして、駱駝寮を後した。

「いやーなかなか趣のある建物だったネ!あんなとこに住んでたら寂しくないネ」
「はじめの一ヵ月は‥こっちに住んでみたけど‥寒いから猫乃寮に移ったんだ‥それからもときどき‥あっちまで帰るの面倒くさくて泊まってた‥戦中の‥出征する人の落書きがあったりして‥」
「なんて書いてあった?」
「忘れた‥」

 自由でありながら優しくもあるこんな場所は個人主義と資本主義が蔓延する現代社会にあってとても貴重で、もし若い頃の自分にこんな場所とのつながりがあれば色々違ったのかもしれないなぁ。学徒動員された寮生はどんな思いでここを後にしたんだろう。もしもこんな優しい場所にいたら、もしも洋々たる未来がひらけていたら、死にたいなんて思わないかもしれない。何度も振り返って名残りを惜しみながら、涙をこらえて笑顔を作って見送る後輩に手を振ってこの道を歩いて行ったのかもしれない。

100年分の落書きと寮生たちの想いが染み込んだこの場所が、あと100年残ればいい。落ち葉を踏んで歩きながらそう思った。

(京大吉田寮にインスパイアされたフィクションです)

えっいいんですか!?お菓子とか買います!!