ストリート同窓会
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エノケンこと江ノ島健太郎から電話が来たのは、休日の昼前のことだった。
「お忙しいところ恐れ入ります、間宮悟様のお電話でよろしいでしょうか?」
「人違いだったらどうする?」
「よせよサトル、スマホにかけてるんだから」
久しぶりの友人との会話に笑いあう。エノケンとは高校の時の同級生で、別々の大学に進んだ後も何度か会っていたが、大人になってエノケンが地方の公務員になるとだんだん疎遠になってしまった。声を聞いたのも10年ぶりである。他のクラスメートの近況についてしばらく話してから、エノケンは本題を切り出した。
「同窓会を開こうと思ってるんだけどさ、今までにないものにしようと思って」
「へえ、どんな」
「町おこしを兼ねてやるのさ」
「町おこし?」
最初はぱっとイメージが出来なかった。話を聞いてみると、どうやら町の商店街で同窓会を開くとのことだった。本人はやる気である。
「この時期に鮭の水揚げが始まるから、みんなに来て欲しいんだよ」
「そうか……」
「なんだよ、反応薄いな。うまい鮭といくら、食いたくないか?」
「いやー、なんていうか、行きたいんだけど……」
エノケンが住んでいる町は車で4時間以上かかる。しかも漁港以外に何かがあるわけではない田舎。正直、それだけのために長距離を走りたくないというのが本音だ。
「こっちでいいんじゃないか? ホテルのホールで」
「高峰ちゃんは乗り気だけどな」
その名前を聞いた瞬間、目を見開いた。彼女と3年間クラスがかぶらなかったのはエノケンも同じだったはずだ。
「なんでまた」
「手あたり次第声かけてるんだよ。知り合いの知り合いって感じでさ」
エノケンの声が遠くなり、彼女の姿が脳裏に浮かんでくる。流れる黒髪と澄んだ瞳。高峰友里は初恋の人だった。数人の友達と話すくらいで、あまり目立つタイプではない。
そんな彼女と、一度だけ言葉を交わす機会があったのは、入学して間もない、学年全員が出席する集会でのことだった。
「えー、入学おめでとう」
学年主任が高校生活について長々話している間、ふと隣を見ると彼女がいたのだ。最初はただ大人しく座っているのだと思っていたが、よく見てみるとこっくりこっくり舟をこいでいる。その姿が午後の柔らかい日差しと相まって、絵画のように美しかった。
――きれいなひとだなあ。
思わず見とれていると彼女ははっと目が覚めて、そのまま視線がぶつかった。その瞳に吸い込まれそうになる。時が止まったように、お互い固まってしまった。
「えーっと……」
うつむく彼女になんて声をかけていいかわからず、頭が真っ白になる。すると彼女は顔を上げ、恥ずかしそうにニコっと笑うと、小声で言った。
「……眠くなっちゃうよね」
その時、心を射抜かれてしまったのだ。電撃が走った衝撃の後、集会中はずっと上の空だった。
「おーい、聞いてるかー」
エノケンの声にはっと我に返る。
「ああ、聞いてるよ」
「で、どうすんだよ」
「……よし、わかった」
ひとつ息を吐いてから言う。付き合っていた彼女と別れてから1年。高峰友里に会いたくない理由なんてない。
「その話、乗ったよ」
電話の向こうで、友人がニヤニヤしているのがわかった。
同窓会当日は好天だった。突き抜けるような青空のもと出店が並び、おいしそうな匂いを漂わせる。
「久しぶりー!」
早速何人かのクラスメートと会った。目立っていた女子も、厳つかった男子も、みんな大人になっていた。お互いの近況を報告しあって、昔以上に仲良くなった気がする。
「いつもこんなに賑わうのか?」
同窓会メンバー以外にも、町の人だろうか。高齢の人や家族で来る人、高校生たちも出店を回っている。エノケンはその様子を見て、満足そうな顔をして首を振った。
「いや、普段はもっと静かだ」
出店のものは海産物が多かったが、どれも美味しかった。特にうまかったのは鮭のホイル焼きだった。えのきとしめじの出汁とバターが香る中、ポン酢を少し垂らす。ふっくらした身としなった野菜が旨みを吸っていて、優しい味わいだった。外で飲むビールもまた格別に美味かった。プラスチックのカップは陽の光を受けて黄金色に輝いている。
食べ物と酒の味にうっとりしていると、エノケンは男を指差して言った。
「サトル。あれ、よっちゃんじゃねえか?」
「ああ、ほんとだ。よっちゃーん!」
呼ばれた男はこちらを向くと目を細め、誰かとわかると目を丸くしてこちらに駆け寄ってきた。ビール片手に、顔を真っ赤にしている。酒が入ってるせいか、昔よりも余計に表情が忙しいやつになっていた。
「エノケンにサトルじゃん。久しぶりだなあ」
よっちゃんは2年生のときのクラスメートで、昼休みによく一緒に遊んでいた。今は電気会社の営業をしているらしい。
「さっき田崎と会ったんだぜ」
「田崎?」
首をかしげているとエノケンがいう。
「そういえば田崎と接点ないよな、サトル」
「あれ、そうだったか?」
エノケンの言葉によっちゃんが驚く。二人は知り合いのようである。1学年に300人以上もいると、会ったことがない生徒だっているものだ。もっとも、印象が薄ければ一度会ってたとしても忘れているだろう。
「ほら、俺はクラスかぶってて、よっちゃんはバド部での知り合いだろ?」
「ああ、そっかそっか」
よっちゃんは納得したようにうなずく。
「サトルたちは他の知り合いにもあったかい?」
「会った会った。例えばさっき……」
それからクラスメートの話をしていると、噂をすればなんとやらで本人がその場にやって来て、それが3人から5人と数を増やしていった。近くのテーブル席に座りながら昔話に花を咲かせる。ホテルの会場よりも気軽で、これはこれでいいものだ。
「なんか、修学旅行みたいだな」
「来て良かっただろ?」
エノケンは得意気な顔になって、いくら丼を頬張る。いくらのしょうゆ漬けなど何年ぶりに食べただろう。プチっとはじける触感と、温かいご飯でかきこむのが好きだった。
「田崎くんがさー」
他のクラスの話になったあたりでいくら丼を食べ終え、ごみ箱を探すために辺りを見回していると、見覚えのある顔を見つけた。高峰さんだった。いつも教室で話していた友達だろうか。手にカップを持ちながら楽しそうに会話している。
「サトル、聞いてるか?」
よっちゃんをはじめ、何人かのクラスメートがこちらを見る。
「ああ、ごめんごめん」
とは言ったものの、なかなか会話に集中できない。よっちゃんがバド部の時のことを熱心に話し始めたあたりから、また高峰さんの方を見た。目を離している間に、先ほどまで会話していた友達はどこかに行き、彼女は一人ベンチに座っていた。
「俺、ちょっと行ってくるわ」
「どうした?」
「いや、ゴミ捨てようと思って。捨てとく?」
「ああ、頼むわ」
何人かの食べ終わった容器を集めて、席を立った。ごみを捨ててからみんなの方をちらっと見やり、話し込んでいるのを確認すると、高峰さんがいる方に向かった。
「久しぶり。えっと、間宮です」
左手を一瞥した。薬指に指輪はない。緊張しているのが顔に出てしまっているのか、相手の表情も硬かった。
「どうも」
彼女は軽く会釈をし、まじまじとこちらを眺める。その姿が集会のときに目があったあの時の表情と重なった。澄んだ瞳に意識が吸い込まれそうになるのを、なんとかこらえて言葉を探す。
「あの、えっと、2組にいたんだけど……」
彼女は顎に手をあて、俯いた。それからゆっくり顔を上げて言った。
「ごめんなさい。2組あんまり行くことなかったから、その……」
「あー、そうだよね。うんうん」
目であたりを見回した彼女は何かを見つけたように眉を上げ、それから申し訳なさそうにその眉を下げた。
「ごめんね、行かなきゃ」
「ああ、こちらこそ、ごめん」
彼女の後ろ姿を見送っていると、ぽん、と肩に手を置かれた。エノケンだった。
「どんまいだな」
「覚えられてなかったわ」
はははと笑ってみたが、乾ききっていてうまくいかなかった。エノケンは額に手を当て、呆れたように首を振る。
「そりゃそうだ。お前、高校のとき見てるだけだったもん」
お金が入っていないうちに前言撤回!! ごめん!! 考え中!!