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木星シャングリラ 後編

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 キクチは二の腕の痛みをこらえながら、エアバッグを解除した。しゅうっと、空気とともに緊張感が抜けていく。訓練通り救護信号を送ろうとして、ふと、手を止めた。代わりに息苦しいヘルメットを外し、シートにもたれる。出撃前に交わした整備士との会話を思い出したのだ。目の前に広がる凍土が冷笑しているようだった。

 別の爆撃機が一機、着陸するのが見えた。キクチが乗っているものと似た型。別の庭師だろうか。キクチはキャノピーを開け、節々が痛むのをこらえながら地上に降りた。着陸した爆撃機の操縦士も降りてくる。手に何かを持っていた。

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「動くな。木星に向かっていたやつだな」

 髪の長い男だった。黒髪が風にあおられて揺れている。彼が手に持っているものがやっと見えて、キクチは肩の痛みに顔を歪めながらも両手を上げた。彼は拳銃を握っていたのだ。

「銀河鉄道の関係者だな? 知っていることを吐いてもらうぞ」

 ――銀河鉄道?

「人違いじゃないのか? 俺は銀河鉄道とやらには関係していない」

「とぼけるな」

 男は引き金に指をかけようとしている。キクチはしびれて下がってきた腕をもう一度上げた。銀河鉄道というものが一体何なのか、わからなかった。

「待て、俺は木星の開発をしている……庭師だ」

 キクチは胸元のペンダントを外して渡す。男が観察している間、下唇を噛んでうつむいていた。つい先ほどまでは誇っていたものだったが、今では恥さらしだ。

 ――恥さらし?

 キクチは普段よりも感情が抑えられないことに気が付いた。先ほどミュージックを聞いてしまったからだろう。音の重なり脳裏によぎったが、男の声で止まった。

「なるほど、やはりな」

 男はペンダントを見終わると、今度は自分のポケットを探り、目の前に出した。チェーンの先に付いているプレートが、ゆっくり自転して、きらきらと星明りを反射している。キクチは目を細め、それを凝視した。取り出したのはキクチが渡したものとそっくりのペンダントだった。

「それを、見せてもらえないか」

 キクチは男からペンダントを受け取った。やはり自分が持っているものと同じ、庭師のペンダントである。そして目をみはった。兄の名前が書かれている。

「これの持ち主はどうなった」

「コロニーで弔ったよ」

 キクチは首の筋肉が締まり、頭に血が上るのを感じた。

「お前、まさか兄を」

 挙げた手を下ろし、身を乗り出そうとしたところに拳銃が向く。銃口は額の真ん中を見据えていた。

「違う」

 男の目に光るものが見えた。男はその光を指で拭い、ゆがんだ唇を引き締めた。毅然とした鋭い目がこちらに向けられる。 

「お前らのせいで、俺たちの故郷はなくなった」

 男の声が震えていたのは、寒さのせいではなかった。キクチは男の顔に怒りが滲んでいるのを読み取った。

「お前らが木星を狂わせたせいで、周辺の星の軌道が変わったんだよ」

 男は数歩近づき、キクチの胸ぐらを掴んだ。キクチは男の目を間近で見た。明るい茶色の瞳の周りが、うっすらと赤かった。

「俺たちは、人が木星に住めるように命を懸けてプロメテウスを運んでいるんだ」

「プロメテウス? ははっ!!」

 男は掴んだ手をぱっと放す。それから悪い冗談を聞いたように、額に手を当てて吹き出した。

「そいつが木星を狂わせているものの正体か。傑作だな。プロメテウスの火が、今じゃシャーベットになろうとしているぜ」

 喉は愉快そうな音を立てていたが、目は笑っていなかった。皮肉を言っているみたいだったが、キクチにはわからなかった。

「なんでところどころ開けた空間があるかわかるか? あれはコロニーの跡地さ。お前らがやった開発とやらの残骸だよ!」

 男の声が雪原に響いた。キクチは思い出す。確かに爆発が起こった後のような、不自然な空間がいくつかあった。男は荒くなった息を整え、冷笑する。

「命を懸けているだと? 違うね。お前らなんか銀河鉄道のための捨て駒さ」

「だから、銀河鉄道ってなんなんだよ!」

 キクチは叫んだ。頭に上る血が、胸に渦巻く不愉快が、腹から出される声に乗って外に放たれる。生まれて初めての感覚だった。

「水星から土星を結ぶ、絶望行きの特急線だよ」

 男は言い、ため息を一つ吐いた。そして少し間を置いてから、再び口を開いた。

「限られた場所に、限られた経路でしか物資を届けない。なぜか? 俺たち空賊を寄せ付けないためだ。ミュージックやアートを奪って、感情を規制するためだ」

 キクチを見据えて、男は静かに告げた。

「人から感情を取り除いて支配する。それがアート法の正体さ」

 キクチはあっけに取られていた。信じられない情報が多すぎて、飲み込めなかった。頭がショートして働かない。言葉を探す唇が、ぎこちなく動く。

「兄は、お前らにとってどんな人間だった」

 やっとの思いで絞り出した言葉だった。エウロパの冷気が唯一、現実感を与えてくれていた。いつの間にか、キクチの頬に一筋の薄氷が出来ている。男はもう銃を下ろしていた。

「お前の兄はいいやつだった。俺たちの話に耳を傾けてくれて、共に戦ってくれた。そして俺たちと同じく、ミュージックが好きだった」

「そうか……」

 キクチはのぼせたような感覚の中コックピットに戻り、シートにもたれた。先ほどと何ら変わりのない機内。キクチは救護信号に目をやる。気だるい腕と振るえる手を何とか持ち上げ、ボタンの表面に触れる。キクチは触れるだけでそれを押すことはなく、プロメテウスの解除をした。太ったカプセルが転がり、池の中に落ちて沈むのが見えた。。ブクブクと泡が立ち、静かになった。

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 爆撃機は星々の間を滑らかに飛行していた。機内はキクチが乗っていたものとは違い広かった。前で男は操縦桿を握っている。キクチは男に声をかけた。

「なあ、ええっと……」

「イトウだ」

 イトウは操縦しながら答える。

「イトウ、頼みがあるんだが。さっきのミュージック、もう一度聞かせてもらえないか」

「わかった」

 イトウは再生ボタンを押す。沈黙の中プレイヤーは電子音を呟き、やがてあのうっとりするようなギター音が流れた。

『シャングリラ、幸せだって叫んでくれよ』
いじっぱりな君の泣き顔見せてくれよ
シャングリラ、君を思うと今日も眠れない僕のこと
ダメな人って叱りながら、愛してくれ

「本当にいいんだな? 組織を抜けて」

「いいんだ。このままさらってくれ」

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作中に出てきた楽曲
チャットモンチー「シャングリラ」



お金が入っていないうちに前言撤回!! ごめん!! 考え中!!