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男はあったものを失うことに我慢できなかった

<バーアテンダント19>

これは戦争映画だ。国と国ではなく、個人と個人の戦い。善と悪のぶつかり合い。言葉で、銃は使わない。

映画「イニシェリン島の精霊The Banshees of Inisherin(2022)」アカデミー賞で9部門のノミネーション(最優秀作品賞、最優秀男優主演賞(コリン・ファレル)、最優秀助演男優賞(ブレンダン・グリーソン、バリー・コーガン)、最優秀助演女優賞(ケリー・コンドン)、最優秀脚本賞その他)。

©︎tvinsiders.com

「お前から得るものは何もない。友達ごっこはやめよう。時間の無駄だ」と、
トイレに行くような感じで、悪人顔のコルムが、絶交を言い渡す。作曲に打ち込みたい男は、友達より音楽を選んだ。

「これまでの親友関係はなんだったんだ」と困惑する、善人顔のパードリック。

絶交を言い渡すコルム©︎cultural.id

これが都会なら、AはBを避けて暮らせばそれで済む。
しかし、人口過疎のアイルランド、さらにその離島の話。
どこに誰がいるか、みんな知っている。

その昔、ヨーロッパを制覇したローマ帝国も、アイルランドには上陸しなかった。
プロテスタントの宣教師もアイルランドは無視した。人がいない、環境が厳しい。

島全体が、岩盤と泥炭(ピート)でできている。冬の北海の荒れ狂う突風が、英国から舞いあげた土砂をアイルランドに恵む。貴重な土砂を雨水が流さないように、家の周りに防砂壁をめぐらして守っている。とても貧相な国土だ。

また、泥炭は、ウイスキーにスモーキーな香りを生み出すが、人間が好んで住むところではない。

ひと頃、アイルランドの最大の輸出品は、「人」だと言われた。アイルランド人は、米国では警察官や消防士、そしてアイリッシュ・マフィアになった。

この静寂の島で、自分のやりたいことに集中したいと思う人が出てきても不思議はない。

コルムは、「お前が俺に関わろうとするたびに、俺は、自分の指を切って投げつけてやる。だから関わってくるな」とパードリックを震えあがらせる。

切った指が警告になる©︎ew.com

パードリックは「昨日までの、やさしかったお前はどこへ行ったんだ」
悲しそうに言った。
「やさしさは、永遠ではない」と、コルムは冷たい。
「永遠のものは、音楽や詩だ。コルム、お前はそう言うんだろう」
「そうだ、お前の妹がお前にどんなにやさしくても、誰も知らない。永遠でもない。でも、ベートーベンやバッハの音楽は、誰もが知っている永遠のやさしさだ」

バイオリンを弾くコルム©︎financialpupil

パードリックにとって、頑強なコルムは、とてつもなく嫌なやつだ。
パードリックに同情する。

ある日、パードリックは、酔っぱらった勢いを借りて、「友達に戻るよう」コルムに強気に迫った。これが、裏目に出る。

コルムの1本の切断された怒りの指が、家の扉に投げつけられる。

この狂気の沙汰に、パードリックの妹が仲裁に入るが、コルムは喧嘩ではなく
主張であり、それを拒絶、無視するパードリックが悪いと受けつけない。

とにかく、パードリックは、親友を失いたくない一心で、しつこく距離をつめようとする。コルムから見れば、孤高を求める自由を許さないパードリックこそ許せない。

コルムにとって、パードリックは、もはや靴底にくっついたガムのような存在だった。

しかし、このガムは粘る。「音楽さえなければ、こういうことにはならなかった」とパードリックは思い、音楽関係者をコルムから遠ざける。

それを聞いたコルムは、激怒。
コルムの残りの4本の指が、パードリックの家の扉に投げつけられる。


パードリックは、宣戦布告。コルムの家に放火する。

コルムの家が放火される©︎pc.yiyouliao.com

コルムは、「この火事で、おあいこだ」と言って、パードリックを許し、
争いに終止符を打とうとした。

コルムは、大人だ。友情より音楽をとったので、このようなことは覚悟していた。

しかし、パードリックは「いや、終わりにできないこともある」と言って、
コルムを許さなかった。

パードリックは許さない©︎Twitter.com

この瞬間、善人と悪人が入れ替わる。

パードリックの小さなプライドが、物事をこじれさせていたことがわかる。

コルムは大人で、パードリックは子供だった。

孤高のコルムの聖戦は、終わった。

コルムは、友を捨てることは、自分の身を切ることだと今も思ってる。

<at the bar>

アイルランド人が、コーヒーのようにちびりちびり呑むブラックビア©︎stocksy united





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