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物理学に出てくる関数の定義域と値域が曖昧な理由

数学とは異なり、物理学の諸概念の定義が分かりにくいのは、ある意味それが物理学という学問そのものの本質だからです。物理学が物(モノ)の理(ことわり)を探る学問であるということは、つまり「モノ」の定義や本質がまだ分かってないからこそ探るということです。あらかじめ対象を厳密に規定をして論理を構築していける数学とは異なり、ただ1つしかない、複雑、不可思議な現実の自然と向き合わざるを得ない物理学は、自然科学に属します。数学の対象は現実世界とは関係ないものでも構いませんが、物理学はそうもいきません。

物理学での諸概念は、その時点までに得られた実験や観測の結果からの理解をきちんと踏まえて、それに基づいて暫定的な操作的な定義が行われているのです。そしてまた技術の進歩によって実験できる領域は拡大し、その新しい結果に基づいて、これまでの定義や理論をどんどんと改良していく永続的な営みこそが、物理学であり、自然科学です。

物理学の教科書に現れる関数f(x)の変数xの定義域やその関数の値域が明記されていない場合が多いのは、その定義域も「自然」であり、その値域も「自然」だからです。まだまだ分からないことが多い自然世界について物理学者は言及をしたいのです。ですから特に説明がなければ、物理で考える関数fは、いつでも「f: 自然→自然」という共通認識に基づいて議論をされます。その定義域や値域には、これまでの実験観測で知られている領域で妥当なものをとりあえず設定し、詳しくはこれから調べていくのです。このようなことも、物理学というものがどのような学問であるかについての本質を示しているのです。

数学では論理的な自己矛盾が起きない限り、定義域や値域を人間が自由に設定をして様々な関数を考えられますが、ただ1つの自然を相手にする物理学では、それを勝手にはできません。物理学の研究の果てに、数学の意味での「定義域」や「値域」が明確になったとするならば、その物理的な対象は完全に理解され、そのテーマの物理学は完全に成熟し、それ以上することもない老衰死に至ったことになります。

自然界に今現在隠されている謎の定義域や値域を、実験や観測を通じて、これから追い詰めて絞っていくのが物理学者の仕事なのです。この意味で、数学者の仕事とは大きく異なるという認識を持ったほうが、物理学徒は良いと思います。

「ワトソン君、説明は後だ。さぁ、行こう!」と言う探偵シャーロック・ホームズと、物理学者は本当によく似ています。これまでの証拠だけに基づいた推理で、犯人(物理学では、物理現象が起きるメカニズム)を早く捕まえることが大事なのです。そういう名探偵に物理学徒は育って欲しいと、私は希望をしています。厳密な数学を使った定式化は、後で専門家に任せれば良いのです。まずは確実に犯人を捕まえることが大切だと思います。


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