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 「あれこれほかは用意できるんだけどイワシだけが太いのは明日になっちゃう」と魚屋が言えば、じゃあ明日まとめてにするよ、と伝えて帰る。ファークライで素材を集めるのも、揃った順にひとつひとつはアップグレードをせず、これこれこれこれで、占めていくつ要るな。と決めていっぺんに作れるまで集め続ける。伝説の動物も逃げ回りながらどうにか仕留めて、一気に最上のグレードを目指す。親知らずも4本いっぺんに抜く。

 そう親知らず、おととしいっぺんに4本いった。
「磨ききれない歯が4本もあって、こんな奥歯は特に必要性もないと聞き及んでいるのですが、スパっと4本やっちまっていただけるのでしょうか」とデンタルクリニックへメールをよこすと、まずは診ましょうとのお返事だった。正直「イエス、朝飯前。至急来院されたし」が欲しかったわけだが、これは直接ゴネたらいいのだなと解釈することにしてご指定の日にちを待って向かった。
 「よしだです、ヌキに来ました」と受付のポニーテール嬢へ伝えると「ご相談ですね、おかけになってお待ちください」なのでおかけになって不安になっていると、ほどなく通された。

 「特別おかしな向きに生えているというわけではないのですが第三大臼歯をすべて抜歯がご希望とのことで、なにか日常に不備がございますか」
 不備。用意をしていなかった。ああだこうだと親知らズにいちゃもんをつければ、そいつぁいけねえ、とすぐに奥から閻魔大王が出てくることを計算していなかった。
 「不備っちゃあ実感はあるのかないのか判らないでげすが、こう、磨ききれない歯が生えているっていう必要性に疑問を感じております。尻尾をカットする犬とかとは意味合いが違うんですがね」
 「犬?」
 「いえ失敬。こんなもの4本なくたって支障がないなら要らないって、そんなこってす。断捨離的な」
 「なるほどわかりました。メールの通り同時の抜歯を行う予定にはございますが、まずはレントゲンやn」
 「撮りましょう!」
 不備がないもんだからレントゲンを撮りゃがんのか、ぬかったぜ。

 X線室を出て当たり前の(ような)やり取りが済むと「では明後日お越しください」ガビーン。一刻も早く両の頬を「たぷの里」みたいにして帰りたかったのに。不憫だ。

 翌々日。「ヌキに参りました。本番です」と、こないだとはたぶん別のポニーテールに伝えると即座に本殿へ通された。

 ケミカル吸収が抜群で麻酔がよく効くので、1時間半くらいで親知らズはステンのトレーにひっくり返っていた。
 「これで完了です、これがすべての第三大臼歯ですね」
 「うえ、汚ええもんれすねぇ」
 「こちらはどういたしますか?お持ちになりますか」
 「ほんなもも持って帰うのがいうんれすか」
 「割といらっしゃいますよ、記念に」
 「んー、へっほうれす」
 要らない。あと臭そう。なんだか大エジプト展みたいな色をしている第三大臼歯×4は、このクリニックにて供養してもらうことにした。ブッディズムだ。人に見せるもんじゃない。

 そして、「抜いた抜いた4本!いっぱつ!」と騒いでみて、珍しがられるのを楽しみにはしゃいでいるのだが、肝心のたぷの里にはなかなか成らず、「おお、マジ?」と言われても証拠品はすでにお焚き上げされたか歯医者の床下と屋上へそれぞれ祀られているだろうのでイマイチ盛り上がらない。
 「さっからストローでなに飲んでんの、へんなの」くらい。

 友人のひとりがこう言う
 「すげえなぁ、俺は半年ごとに一本ずつ抜いてっから最後のいっぽんが残ってんだよ。めんどくせえわ。どんな感じだったの?同時抜きは」

 歯ッとした。
どんな感じもこんな感じもない。いっぺんに抜いたのはいっぺんに抜いたにしか過ぎず、麻酔がよう効いた、とか、2時間もかからなかった、とか、風俗じゃないのよとツッコむのがひとりもいなかった、とか、隣の中華屋がまずそうだった、くらいしか出てこない。そう申し上げても「おおう」くらいのお返事しか頂けず、なにも盛り上がらない。ほっぺたも。

 完全に勇み足というか、少しでもネタになるかな?なんて卑心を持っていながらリアクションの想像が足りていなかった。高座にあがり、長いまくらからの噺を楽しみにしてくださる方も多い。30分でも1時間でも世間話をしながら本題を探って、それで古典の噺へと直結させるのがスタイルとしている割になんだこのスベりっぷりは。

 という無の念をひっさげて落語会を組み、高座へあがった。

 「こないだ親知らずを4本いっぺんに抜きましてね、気づいたんですよ。大抵の人は親知らず抜くとなりゃ1本ずつでしょう、それで、身近の経験者へ相談してみる。わたしは左下からやったからそうしたらいいよですとか、こういう順番で3回目の右上は結構きたよ、ですとか。話が成立いたしますね。ところがです、4本をいっぺんのあたしは、4本をいっぺんに抜く人の相談しか受けられないんです。生え方にもよるか知りませんが、ひだり・みぎと2本ずつ抜くったって、あたしはその経験がない、もうできない。痛かった?ってだけの質問だって、4本いっぺんの痛みなんだから伝えようもない。料金だってそりゃちがう。一気にやるなら教えてやろう、くらいなもんです。でも考えてもみりゃやりますか?そんなこと。突飛な野郎だと思われたかったわけではないんです。4本いっぺんに抜きたいと仰るご友人がいらっしゃいましたら是非あたしに会わせてください。親知らずに関しては”あいつぁ4本抜きの〇〇だぜ”てなもんです。プロです。ほかはなんにも知りません。なんだってお答えいたしますあとね、死にたいとか言っちゃってるご友人、いらっしゃいましたらそれも引き受けます。4歳だったか5歳だったかの時にね、木登りしてて滑って挟まっていっぺん呼吸が止まったんです。そんなもんと思っていただいても結構。地獄を見たのかどうなのかは、死にたいと急いでいる方にだけお話いたします。ただしね、そう死に急ぐってのも、吹く風ひとつで生かされる、そうしちゃまた、寿命へ近づいていく、どうせ終わるんです。この奥歯はもう、生えてやきませんが。」

 みたいなことを30分ほどしゃべって落語、「死神」を掛けた2021年の夏のことでした。


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