「あかく咲く声」感想

 不思議な声を持つ辛島くんと、彼に恋した同級生国府さんの話。


 「夏目友人帳」の作者のコミックス第一作。コミックスは2000年1月初版で現在は絶版、文庫版が2008年に刊行されています。十数年前のブックオフで「へ〜夏目友人帳の人の本だ」って偶然コミックス買った自分を褒めたい。

 本日、note書こうねの会(週一でnote書く会)が発足したところ、ちょうど少女漫画のネタバレなしレビューとブックオフの話が挙がっていたのでふとこの本を思い出し、さっき読み返してきたので感想を書いてみることにします。


 声だけで他人を従わせてしまう力を持ち、時には幻覚を見せることすらできる辛島くんは、その能力で秘密裏に警察の特殊部隊の捜査に協力していて、ある日強盗団の犯罪現場に居合わせた同級生の国府さんがそれに巻き込まれ…というのが大体の大筋のストーリー。正直警察やら犯人まわりの話はそういう設定だと割り切って読んでいただいて大丈夫です。


 肝心なのは「国府さん(主人公)が抱いた恋心は辛島くんの声の力によるものなのか?」というところ。

 人を従わせることができる特殊な声の持ち主の辛島くん。彼のことが気になる国府さん。辛島くんの声、最近で言うと呪術廻戦の狗巻先輩が近い感じでしょうか。あれよりももっと幻覚とか操作とかそう言う脳に直接働きかけてそうな感じの描写ですが。

 何がツボかというと、辛島くんは自分の声の能力を完全に制御することはできないため、咄嗟に出た言葉(例えば「動くな」とか)がその場にいる全員に作用してしまうこと。また、彼が口にした言葉で相手に幻覚を見せても、辛島くん自身はそれを見ることができず、時には相手に見せていることすら気付けないこともあります。
 そのため、本来の彼は明るくよく笑う男の子ですが、幼い頃から声の力で不用意に他人を従わせてしまった経験から普段は無口で、数少ない友人以外とはほとんど会話もしません。他人と距離を作りがちで、作中で国府さんと出会ってからも、どこか一線を引いたような接し方をしています。そんな辛島くんが少しずつ、相手のことを知りたい、自分のことを知ってほしいと変化していく描写がめちゃくちゃ丁寧で良い…。



 作中、辛島くんが声の力で国府さんに幻覚を見せてしまうシーンが何度かあります。

 特に好きなのは、辛島くんの幼少期に関わるとある事件の直後、雨の降る放課後の学校で、さっきまで見ていた夢の話をするところ。
 辛島くんの心に踏み込もうと決意し声をかけた国府さんに、辛島くんは自分が見た夢の話をしてはぐらかします。(こうやって国府さんを踏み込ませないように牽制するシーンが毎回めちゃくちゃもどかしい…!)
 以下は辛島くんの台詞。

ーーーさっき 夢を見たんだ
雨の音が草の揺れる音に聞こえて
草原が遠くまで続いていて

空が深くて青かった

 その瞬間、草原に辛島くんとふたりで立つ幻覚を見る国府さん。
 窓の外の土砂降りの雨の音は風の音に変わり、薄暗い校舎の天井には青空が広がっている。

 その景色が見えない辛島くんは、隣で笑ってこう言う。

夢で国府さんに逢ったよ

 いや〜〜〜〜わかりますかこの…これ…(急激に語彙力が無くなっちゃった)

 これまで一方的に相手を従わせるだけだった辛島くんの幻覚が、辛島くんの見た夢を国府さんが幻覚として見ていることで、お互い決して目にすることはできないけれど、きっと同じ景色を見ているだろうっていう、辛島くんと国府さんの近いようで遠い絶妙な距離感を感じて、本当に好きなシーンなんですよね…。

 この作品は特に演出に力を入れて描かれたそうで、二人の距離感や辛島くんの心の変化、国府さんの溢れるような恋心がたくさんのモノローグや風景の描写に散りばめられていて、読むたびにしみじみと良いな〜!!と思うシーンばかりです。

 あまり書くと長くなりそうなのでこの辺にしておいて。「あかく咲く声」は読み切りから連載がスタートした作品で、本編は途中で終了し、その後は番外編的に他キャラクター視点の話が続きます。本編終了後に違う視点で辛島くんと国府さんの関係を見れるのもすごくいい。


 なお、最後に一応念のため補足として書きますが、緑川先生の作品全体に言えることですが、少女漫画としては絵柄にかなり癖があり、モノローグ多めのストーリーもやや人を選ぶと思います。私は大好きなんですが…。
 というか、そもそも緑川先生のお話の空気感にハマる人間は、どの作品にもハマってしまう傾向にあり、もちろん私もそのタイプなので、人にお勧めできるのか正直わかりかねるところはあります…。私は大好きなんですが…。


 ですが是非お手に取っていただきたいシリーズです。これにハマったら別シリーズの「緋色の椅子」も読もう!



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