見出し画像

友達以上恋人未満② M 【序章.上から目線の彼女】

【序章.上から目線の彼女】

「好きな人いるけど、ハンタことも好き、そんな中途半端な気持ちでも良いなら付き合って欲しい」

放課後に、面と向かってこんな事を堂々と宣言された。
ギリギリ白昼堂々というやつだ。

西陽の差す校舎の三階にある、解放されている臨時用教室の片隅に呼ばれて会ったら、開口一番。

僕は一瞬、何の話か理解出来なかった。
なので聞き返した。

「えっとさ…ん?告白?俺に?」

「そう、かな。一応」

「え…好きな人いるじゃん、一個上の先輩」

「うん。それは変わりない」

「なら付き合うのは違くない?どゆこと?」

「だから…」

もう一度告白をやり直すのは嫌だ、という態度を取っている彼女の名前はMちゃん。最初の頃は、ちゃん付けで読んでいたが、余所余所しいのは嫌だからと言われてからは、呼び捨てで読んでいる。意中の人の話をする位には仲が良い女子だった。

「付き合ってから、もっと好きになったらハンタ選ぶ。付き合っても、先輩の事が忘れられないならその時別れる、サッパリしててよくない?」

言い方を変えても、やはり理解に苦しむ内容だった。確かに彼女は、主観ではトップの方の可愛い女子という存在で、日頃、話し相手になっている時に勝手に癒されていた。直球で言うと好みだったのだ。好みの相手から、好意を告げられて嫌な気持ちにはならなかった。でも、もし後者の未来が待っていたら、その時自分は耐えられるのか?なんて、この時の浮かれた頭では考えられなかった。それは後ほどに。

「サッパリ…してるね。随分と」

「うん。だって、別れたばっかりで寂しくない?」

「え…」

「Iだよ。付き合ってたでしょ?」

「いや…まぁ仲は良かったよ」

「誤魔化さなくてもいいよ。キスしてたの見てたし」

「詰んだ。一瞬だけ彼氏彼女になりました。すみません」

「Iもいい奴だからね。まだ連絡してる?」

「たまにね、近況報告くらいかな」

「未練…あるよ…ね?」

「まぁ、好きだったから。大人の事情さえなければまだ続いてたと思う」

「そうなんだ…。じゃあ、やっぱ今のナシ」

「えー、自分勝手じゃね」

そうなんだ。

このMという女は、主導権をとにかく握りたがる節がある。付き合ったら振り回されるに違いない。
告白する側がこんなに上から目線なのも不思議だ。

不思議な奴だ。

その可愛くて不思議な奴に好意を示されている、それは確かだ。変な魅力がある。底なし沼の底は本当に無いのか?それともあるのか?それを確かめる為に沼に入りたくなる危うい誘惑があった。

「Iとは約束したんだよ、大人になっても気持ちが変わらなければその時会おうね。だけど、今は今で沢山恋愛して立派な大人になって、その時決めようって、縛るの無しでって…」

「そうなんだ…。なんか、すげー大人じゃん」

「いや、子供だよ。俺たちなんてまだ。自分で何も決められない」

「それ分かる」

「ね。自由が欲しい」

「そういうとこも好きなんだよ」

「ん、分かった。付き合おう」

「え、良いの?本気で言ってる?」 

「言い出しっぺの人間が聞くな」

「嬉しい、やっぱ嬉しいって事は好きって事なんだよな」

「変な奴。宜しくな、変な奴」

「おい殴るぞ」

容姿が違い、性格も違うけど、どこか男勝りな所が似ていて、すぐに彼女を思い出してしまう。
そんな半端な気持ちだったけど、新しく一歩を踏み出す事も必要だと思った。せめて、自分の心は自由にありたかった。そんな気がした。

Mもきっと、俺とこうして付き合う事になっても、先輩の顔がチラついたり、すれ違う度顔を赤らめたりする時があるだろう。悔しいけど、お互い様だと思った。想いの届かない場所にいる相手を忘れたくて、お互い様に協力するような関係性だ。

とても他人には理解出来ない関係の、彼氏彼女が出来たのだ。雪の降らない地域に、大雪が降ったその年の冬に、僕達は付き合う事になった。幼いながらに、穢れた恋だった。

「と、いうわけで。ハグでもする?」

「女の子なのに積極的だよね本当」

「そういう指摘は女子に嫌われるよ」

「黙ってハグしろと、はいはい」

放課後の西陽が差す、臨時でしか使われない教室の片隅で、僕達はハグをした。僕の身長は男子の中でも高い方で、彼女は女子の中でも低い方だった。凸凹コンビというか、身長差カップルと言われるような感じ。だから自然と僕が上から包むようなハグになる。ツムジが見える。髪の良い香りがする。西陽に照らされて反射する髪の毛が綺麗で眩しい。

「んー!恥ずかしい」

「どっちだよ」

「嬉しいし恥ずかしい」

「どっちかにして」

「うるさい」

「えぇ…」

「黙ってくっつけボケ」

「口が悪いなボケ」

「だまれ」

「だまる」

あっという間にカップルになってしまった。恋に落ちる時は急降下、というのは本当らしかった。

そして、ハグで浮き彫りになる体温、身体の柔らかさ、頼りなさ、しなやかさ。あと胸の感触。
細身で小さな彼女には、大きめの胸があった。

僕は胸フェチではないが、シルエットが素晴らしい女の子だった。造形美が良い。そんな印象。
恋人になるまで、視界に入っていなかった事が、付き合った途端に脳の中に流れ込む。知りたくなる。

その人について勉強したくなる。その人を深く知りたくなる。恋は人を盲目にさせる。生きる日々のテーマがその人になってしまう危険でもあるもの。
だけどこの人にならいいかなと思ってしまう事も事実。今は他の何をおいてもこの人をもっと知りたい。

「胸とか…触んないの?」

「え、いいなら触ろうかな」


鼻の下が伸びていたと思う。


「ダメ。痛くしそうだし」

「いや、じゃあ聞くなよ…」

「今日は初日だからハグだけ!」

「全然構わないよ、そのつもりだったし」

残念そうな顔をしていたと思う。


「Iとはどこまでしたの?」

「それ聞く?…嫌じゃ無い?」

「嫌。嫌だけど知りたい」

「ジャイ◯ンかよ…別にしたりしてないよ、大人の関係になった事はありません」

「本当かよ、怪しい。ウチまだ何にも経験ゼロだわ」

「本当かよ、怪しい。なんか告白慣れてなかった?」

「片想いしかしてなかったよ、ウチなんて」

「そうか、じゃあお互いまだ子供って事だね」

「まぁ実際ガキだしね」

彼女の一人称はウチだった。方言なのか、当時の流行りだったのか、今は定かでは無い。特徴的に感じたこの言い回し、可愛い人程なんか際立つ。

そんな彼女と過ごした約半年間の出来事を、第二弾として綴っていく。※この物語はフィクションです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?