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第一エッセイ集『憧憬の道、造形の街』

15
完結済み、全15編。 大学の登下校中に考えたことや、妄想。旅先で我が身に降りかかった災厄や、まことしやかに囁かれる噂。創作をもって、現実社会に静かな怒りを表明する。フィクションあ… もっと読む
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記事一覧

【終】憧憬の道、造形の街

その街に行くには、十九年もの間、罪を一度も犯していないという褒賞が必要になる。自由を受け取るために、不自由を選ばなければならない最低年数が十九年だという話である。その街に繋がる道は、この世の何処かに現れるという。しかし、その街での日々を綴った記事は、ネット中どこを漁っても見当たらない。書籍も無い。噂に聞いた街の断片を、繋げてひとつの物語にしてみる。そして自分を、いや世界すらも騙して創り上げる。 「憧憬の道、造形の街」俺はこの1年間、自分を欺いてきたのだ。空から言葉が、思想が

箱根一人旅行記

【はじめに】 今から一か月前、訳あってひとり旅というものに出掛けることになった。理由はタイトルにもある通り、原稿合宿をしなければならない程、締め切りに追われていたからだ。しかし、この旅行というものが中々に壮絶で、波乱万丈な三日間だったのだ。箱根という未開の地で、俺が経験したことをなるだけ脚色なしでここに残しておきたい。ただまぁ、期待はできないだろう。きっと彩りに満ち満ちた旅行記を俺は書いてしまうのだろうから。 QUILL 【1日目】2024.3.11(mon)旅行の準備

冬の棘

むかしむかしある所に、ひとりの少年が産まれたらしい。その少年は自分が産み出された側にも関わらず、それを忘れて、自分が産み出す側だと宿命のように感じていた。 少年は自分が少年だと呼ばれなくなった頃、周囲が色めき始めたのに気付く。浮かれた男女を見て、しょうもなくて下品な奴らだと見下し始める。しかし、彼はまだ知らなかった。自分が一番下劣で、将来に何の望みも持てない人間であることを。 少年がまだ幼い頃、公園の遊具には目もくれず、かといってサッカーやキャッチボールをやっている集団に

秋は短し、滅べよ自意識。

「おや、こんな所でお会いするとは」 貴方は僕に向けて余所々々しく言った。 「この列車が何処に向かっているのか、あなたは知っていますか?」 僕はよく分からなかったから、首を横に振った。ポケットの中から切符を取り出すと、それは掌の中で落ち葉のように粉々になり、まだ名前のない風に攫われていった。貴方は構わずに続ける。この列車には、終着点が無いのだと。 列車の中では、乗客が事ある毎に深呼吸をしていた。それは、何のためなのか。あと一歩を踏み出さないようにするためである。我々はい

自己紹介ほか

■遅すぎる自己紹介 自己紹介なんて基本的にはつまらないものなので本当はやりたくないのですが、このままどんな人間が書いているのか明かさないままにエッセイの連載を続けていくのも気が引けたので、少しだけ自己紹介をしておこうと思います。 僕は都内に通う大学生で、文学を専攻しています。僕のエッセイをすべて読んでくれている方はほとんどいないと思うので、エッセイの中でさらっと触れていた情報についても押さえていきたいと思います。 僕は太宰治が大好きです。 あと、夏が終わる一歩手前の夕暮

夏の総復習

■恋なんて愚かな気の迷いで、夏のせいにすることでしかこの胸の痛みを言い訳できなくて、けれども実は自分の気持ちに嘘なんてつきたくなくて、俺はただお前が欲しかっただけなのに、あの衝撃的な告白のせいで裏切られた気持ちになったんだ 前略 お元気ですか。 俺はコロナウイルスにかかってしまって、最低な夏休みを過ごしていました。何もすることが無いから、家ではずっと昔のことに思いを馳せています。俺はふと、君と過ごした“あの一日”のことを思い出しました。あの一日をきっかけに、俺の心は一週間ほ

有るバイト、無いバイト

ピピピピッ、ピピピピッ——。 音が鳴る。 今日でこの音を聞くのは、何百回目だろうと頭の片隅で考える。そして、俺は何のために生きているのかとも考える。時計の針をいたずらに回すだけで、今日も一日が終わっていく。そして、解放された時に俺は息をつきながら思う。もういい加減、死んで楽になっても良いだろうと。 ちょうど一か月前の日記には、こんな文章が書いてあった。限界を迎える寸前だったのだろう。身体も心も疲弊していた。思えば、この瞬間が潮時だった。この日記を書いた夜、俺はバイト先の店

ブルーは欺く

📘愛欺くブルー鬱陶しい快晴が広がっている空を見上げながら、毒づいた。どうせこんな綺麗な紺碧の空も、ありふれた漆黒の色に染め上げられるのだと。加減を知らない今年の猛暑は、底抜けに明るいだけのJ-POPがよく似合いそうだと思った。 今日はデートの予定だったにもかかわらず、昨夜から恋人と連絡がつかない。昨日は彼女と僕のバイトの時間帯が丁度ズレていて、彼女の終業時刻に入れ替わるように僕は始業することになった。多分この時点で、僕は彼女に欺かれていた。嫌な予感は既にあった。ただ、彼女を

「鬼」

赤提灯の点る処に、鬼居たりけり。 鬼はその獰猛な性格や、猟奇的な殺意を無尽蔵に隠し持ち、潔白の衣を纏いながら爪を研いで居たり。いつ如何なる時も血溜りを残すことはなく、気だるげな目で川の水面に漂白剤を注ぎにけり。 長い年月を経て、鬼に物言いできる人間は、あゝ、消滅——。その巨悪に立ち向かうことをハナから諦め、媚び売る愚か者を散見。 電気街の騒騒しいネオンサインの果てを探すと、鬼の国がある。『萬之国』という名前である。 思えば、“鬼”などという名前をつけて分断を招いてきた

「18歳」

はじめにとある時期、刑務作業のようなものをして金を稼いでいたことがあった。死を待つだけの受刑者のように、長時間にわたって単純作業をやっていた。目の前にある窓を大きなカラスが鳴きながら横切っていくと、それだけで僕はドキリとした。ただ、本当に頭を使わないでできる仕事で、日給を受け取れるのは有難かった。常に気を張りながら仕事をすることは、非常に疲れる。だから、この仕事は楽ではあったが、絶対にオンリーワンにもナンバーワンにもなれないと思った。確実に機械で代用できる仕事。だが、とある職

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大学で久々に顔を合わせた友人が、帰り道に妙なことを言い出した。 『俺さ、シモキタの駅で、見ちゃいけないもの見ちゃった気がするんだよね』 私は怯えを必死に隠しながら、「どうせ見間違いだろ? お前昔から変なこと言ってるから心配だよ」と言った。しかし友人は、食い気味に『お前は見てないからそんなことが言えんだ!』と叫んだ。 「いきなり大きな声出すなよ。そんで、何を見たんだ?」 私は一旦、彼を落ち着かせるために質問を投げかけた。 彼は鳥肌の立った両腕を擦りながら、声を落として喋り出した

春が終わる

はじめに日本は四季があって素晴らしいとはよく言われるが、近年は地球温暖化の影響もあって、日本の気候も〝異常〟なんていかにもネガティブな意味合いの言葉で表現され始めている。今年の春だって、一体いつから始まって、いつ終わりなのか、正確に把握している人間はいるのだろうか。俺はなんとなく、5月に入ったらもう〝初夏〟なんて言葉を使ってもいいと思っているのだが。しかしまぁ、日本には四季に加えて〝梅雨〟という割と名前通りな季節がある。こいつは厄介者で、しっかりと数日間は雨が降り続ける。普通

某○○にて

■某カラオケにてカラオケという場所は、好きな人と嫌いな人が二極化する。ちなみに俺は大好きだ。だけど、カラオケの記憶が全て良い思い出であるわけではない。少し嫌な思い出も、当然ながらある。 男子なら誰もが一度は通る、宇宙人のような声でしか歌を歌えない地獄のような時期。変声期。俺はこの時期に父親とカラオケに行ったのだが、苦悩の末に選んだのが米津玄師の『Lemon』だった。だけど、米津玄師の曲は基本的にリズムが難しいため、俺はこの曲に叩きのめされることになった。特にピッチが安定して

消えるのが怖いのは

こんなことになるなら、一人で部屋にいる方が良かった。俺は四角い箱の中で、酷く後悔していた。 孤独というものは、群衆の中にいるから認識するもので、何を求めることもせずに自室から出ない奴は、そもそも孤独というものを知らずに済む。俺もそれで良いはずだった。 それなのに、どうしてこんな場所に来てしまったのだろう。後悔先に立たず、溜め息は雑音に掻き消された。 インカレサークルの新歓に、何かを求めてやって来て、得られたものは『虚無』や『孤独』。 なんて皮肉なことだろう。 「ワンド