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自己紹介ほか

■遅すぎる自己紹介

自己紹介なんて基本的にはつまらないものなので本当はやりたくないのですが、このままどんな人間が書いているのか明かさないままにエッセイの連載を続けていくのも気が引けたので、少しだけ自己紹介をしておこうと思います。

僕は都内に通う大学生で、文学を専攻しています。僕のエッセイをすべて読んでくれている方はほとんどいないと思うので、エッセイの中でさらっと触れていた情報についても押さえていきたいと思います。

僕は太宰治が大好きです。
あと、夏が終わる一歩手前の夕暮れの気温が好きです。古書店で見つけた古本の手触りと、ページの擦れる音も好きです。
お洒落も好きだけど、自分の中でのファッションの価値観を押し付けてくる人間は嫌いです。

音楽だったらサカナクションだったり、アジカンだったり、indigo la Endだったりが好きです。

演劇が好きです。詳しくはないけれど、演じるのも観るのもどっちも楽しいので好きです。命を捧げてもいいくらいだと思ったけれど、いざ「差し出せ」と言われたら首を振ると思います。つまり、強がりだけど臆病者だということです。

忙しさのあまり後輩に八つ当たりする上司のような、ダサい大人が嫌いです。そういう人間を反面教師にして、自分はこうならないように頑張るぞと意気込む日々が好きです。

恋愛の終わらせ方が連絡手段オールブロックしかない馬鹿者は嫌いです。嫌なことに嫌と言えない弱者にはなりたくなくて、かといって自分の立場や周りの状況を弁えることのできない人間にもなりたくないです。

常識を踏み外さずに生きることは大事だと思うけど、それに囚われすぎてる窮屈な人とは友達になれません。喫茶店は好きだけど、そこにいる自分が好きって人とは分かり合えません。こんな感じで大丈夫でしょうか。何者かになろうとして、でも上手くいかなくて斜に構えて嫌われて、それでもまだ毒づいたり「自分だけが頼りだ」とかほざいてる奴の自己紹介なんて痛々しいでしょうか。

■大学と文学と僕のこと

 一年前のこの時期、まさか自分が来年には大学に通っているなんて思いもしなかった。しかも世田谷区なんて当時の僕からしたら、全く想像もつかないくらいの未開の地で、そんな地域を今では「ダリぃな」なんて言いながらも澄まし顔で歩いているのだから尚更恐ろしい。だがしかし、本当に大学に行くのが憂鬱な瞬間も春期にはあったりした。

どうやら僕は、大学に幻想を抱いていたらしい。それなりに東京で名の知れた私立大学の文学部に入れば、自分のように文学が好きなヤツがわんさかいると思っていた。それが、どうしたことだ。文学部文学科にしても、読書が趣味のヤツなんてほんの一部で、大抵は「文系でわかりやすそうだったから」とか「やりたいことも大して無かったからだ」とかふざけたことをのたまう。何も僕は読書に固執しているわけではないのだ。相手に趣味を聞いたときに、話を広げていく間口が欲しいだけだった。自分の想像の斜め上をいく趣味が相手にあったのなら、嬉しいことこの上ないのだけれど。読書、映画鑑賞、音楽、ファッションだったら全然語り合える。スポーツだったり囲碁将棋だったり、僕の知らない芸術の世界の話だったら興味を持って聞ける自信もある。しかし、だ。「趣味が無い」なんてカミングアウトを受けてしまうと、僕は大いに狼狽え、戸惑ってしまう。

これはほんとにどうしようもないことだと思う。「趣味が無い」などという答えは僕の想定問答には無いのだ。相手はボールを投げ返したつもりでも、こちらにしては相手が試合放棄したとしか思えない。僕はその瞬間に何だかとても面倒になってしまって、当たり障りのない会話だけで十分だと思ってしまう。そして、そういった所謂「無趣味」の人びとと交流をすればするほどに疑念は増していくのだ。自分がいつか出逢うのを夢に見ている、自分と同じ熱量で読書を愛している人間とは未来永劫会えないのではないかと。

人生は何かを成し遂げるにはあまりに短いから、僕は自分をすぐに幻滅させるような人とはあまり関わらない。いつか宇宙に進出すると、口だけはデカいことを言いながら何年も俗物の教科書を手に勉強している人間と、物は試しだと言ってロケットを作り始めてしまう人間とだったら、僕は確実に後者に付き合うだろう。何故ならば、後者は絶対におもろい奴だからだ。多分実験中に爆発を起こして髪がチリチリになるんだろうし、それを自虐して大勢を笑わせるのだろう。けれども、後者の方が宇宙に飛び出す可能性は高いだろう。それくらい変わったヤツを僕は探している。自分より普通な人間とつるんで得られる結果などタカが知れている。僕は変人を、あるいは独創的なひとを探していた。

秋が近付いてきても相変わらず、僕は本ばかり読んでいる。
芥川賞を受賞した市川沙央氏の『ハンチバック』はそれなりに難しく、読後感のざらりとした独創的な作品だった。これはすごい、と思わず口にしてしまった。また公開日までポスター以外には何の情報公開や告知の無かった、スタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』も全っ然理解ができなかったのだが、凄く面白かった。そうやって監督や著者自身にしか全てが咀嚼できない作品を沢山摂取して腹に流し込んだ時に、ストンと「無趣味」の彼らの真意が腑に落ちた。

彼らは真の自分を隠すことによって相手の興味をそそらせ、そのバロメーターが最高地点に達する極上の瞬間に、一気に本性を見せるのかもしれない。開きそうで開かない金庫はテレビでもよく特集が組まれるし、多分そういった類のものなのだ。彼らは、そう、歩くミステリーなのだ。面倒なことを面倒と思わないツワモノが、鍵をこじ開けてやらなきゃいけないのだ。と、そんなことを考えてみたけれども、多分違うだろう。

秋期の講義が始まって、僕は全休を作ることができた。
大学が始まって初めての全休は、村上春樹の『ノルウェイの森』上巻を読んで過ごした。作中に出てくる「突撃隊」なる登場人物がめちゃくちゃ好きになった。本人は自覚していないようだが、周りからはどう見ても変人なのだ。彼に会ってみたいと思った。現実にこんな子がいたらどんなに楽しいだろう。一足先に「読書の秋」気分を味わった日だったが、よく考えると年がら年中僕はそうしていた。これを読んでいるうちは楽しく過ごせそうだと思った。

大学は、今までに色んなことを諦めてきて、辿り着いた場所だった。もうこれ以上夢を諦めたくないと思って身を委ねたのが文学だった。偏見を持たれがちな文学の未来を救うために、或いは文学に救われるために僕は大学に行こうと思う。春期より真面目に学んでみようとも。変人を見つけられないなら、僕が誰よりも変人になってやる。才能を振り絞って、世界をより面白く、鮮やかに色付ける。そして最後の一瞬、どの枯れ葉よりも高く宙を舞うだけだ。

■自作を振り返る【エッセイ編】

第一回『銃が呼んでいる』

これは一回目からかなり尖っていた。
インスピレーションを受けたのは、Tempalayというバンドの『そなちね』という曲からである。“こめかみの奥向けた自由が”という歌詞があり、MVではちょうどその詞の部分で少年が自作の拳銃を自らこめかみに向けている。少年は“死”という手段を使って、自らが思い描く“自由”を手に入れようとしたのだ。

そしてどうやらこの曲は、1993年に発表された北野武監督の映画『SONATINE』のオマージュらしい。北野映画の強さは当然世の中に認知されていることだが、映画を早送りで見たりする若者はその作品を詳しくは知らないだろう。ただし、音楽が入口なら話は違うかもしれない。少数ではあると思うが、曲やMVの解釈を更に深めたいと、レンタルビデオ屋で北野武監督の『SONATINE』を借りる若者が現れるかもしれない。俺はまだ観れていないが。

しかし、この曲自体の強さとMVの繊細でありながら大胆な描写には言及しておきたかった。あえてここでは内容について言及しないが、是非ともMVを見てみてほしい。第一回『銃が呼んでいる』は言わばオマージュの更にオマージュである。『SONATINE』『そなちね』に共通する“死というものにどうしようもなく惹かれてしまう感覚”が自分の中にもあったから書いた作品だ。前者が無ければ後者も産まれてくることはなく、そしてこのエッセイの第一回も産まれなかったかもしれない。北野武監督とTempalay、そして『そなちね』のMVを監修したPERIMETRONにこの場を借りて御礼申し上げたい。この記事を書き終えたら、レンタルビデオ屋に『SONATINE』を借りに行こう。

第二回『消えるのが怖いのは』

親友に向けて書いた書簡。
序盤で俺が感じている“孤独”と、親友と歩んだ日々の対比が、終盤の場面を何倍にもドラマチックにしているように思える。自分で言っちゃうけれど、文章が美しい。こうして誰かに向けて熱い気持ちを書けているうちは、なんだかんだ生きていくんだろうな。

第三回『某○○にて』

エピソードが強い。強すぎるだろ。
著者は『某動物園にて』がお気に入り。
エピソードの強さでこれに勝てる経験はもう無いなと思うし、二度と体験したくもないです。
いじめの加害者はさっさと地獄に落ちやがれ。
それか奴等を裁く法案を政府が可決しろ。

第四回『春が終わる』

季節もの四部作のうちの一作。
著者は『霞む下北沢』がお気に入り。
『さよなら、トイレの神様』は自分の中でまだ100%理解できている実感が無い。それで良いのだろうけど。自分の中で分からない気持ちを文章にして答えをみつけようとするのが、純文学の世界だと思うから。老後に読みたい作品。

第五回『ウシミツトカゲ』

シリーズ初のモキュメンタリー小説
エッセイという体裁で読者を騙しながら最後まで突き進んでいく尖りっぷりが凄い。幽霊が現れるシーンはまさか信じた人はいないだろうけど、都市伝説自体はあるんじゃないかとネットで調べてしまった人もいるのでは。
タイトルの『ウシミツトカゲ』は部屋の本棚にあった江戸川乱歩の『黒蜥蜴』から着想を得た。ちなみに未読。早く読みたい。

第六回『18歳』

自分で言っちゃうけど、めっちゃ良いよね。
著者は『十八歳』『救済、あるいは断罪』が特にお気に入り。これが18歳の節目に出せたのが、作家として幸せだった。とりあえず何から読むか迷ったらこれを選んでくれれば、間違いない。俺が物書きになるまでの生い立ちを知ることができる。青春拗らせてる感じも、現実にいたら冷めるんだけど、文章だからか、なんかとても良い。

第七回『鬼』

漢字1文字のタイトルってめちゃくちゃかっこいいね。昔読んだ本にありそうな感じで。作中の鬼に対してはあえて言及する事はしないんですけど、理不尽な圧力に負けそうになった時に人間は何かしらの手で武装すると思います。しかしその行く末に誰かを殺めてしまうことがあるとしたら、とそんな風に考えて書きました。俺は自分の頭から生えてしまったイカつい牙を抜いたら大量に出血してしまって、救急車を呼ばれました。人生で初めて、包帯グルグル巻きの頭で書いた記事です。

第八回『ブルーは欺く』

メインの作品『愛欺くブルー』については内容があまりに酷すぎるので省略するとしてwww
著者は『金魚と少女』がお気に入り。
明るい夏祭りの色恋モノなんて死んでも書きたくなかったので、こういう作品になりました。星新一のショートショートみたいな事がやりたくて、終わり方はあんな感じになりました。
部活が同じ友人への想いを綴ったエッセイもあったりと、読み応え抜群の回だと思います。

第九回『有るバイト、無いバイト』

こう見るとなんか、俺の人生って、大して良いこと無いですよねwww(他人事)
それはそうと、マジで現代日本にはこんなクソを煮詰めたスープみたいな終わってる職場があるんですよ。そのヤバさを忠実に描けたと自負しています。というか、これを書くために俺は半年耐えた。世紀末レベルの汚い言葉を浴びせられながらね。一回燃えてまっさらになってくんねぇかな。

番外編『夏の総復習』

これはあんまり掴みどころが無いんですけど、強いて言うなら今までで一番長いタイトルが収録されています。あと、“読書の原体験”について赤裸々に語っています。体調不良の時に見がちな歪な色彩の夢についても書いてます。
そして、わたくしから大切なお知らせが……!!

【予告】小説連載を始めます

11月の上旬あたりを目安に、小説連載を始めようと思っています。前から明言していた、不倫や浮気がテーマの泥沼恋愛モノです。今回は、『カクヨム』と『note』の両媒体で男女それぞれの視点を同時に連載しようと思っています。そして、肝心のタイトルは……

『不埒な果実の生る楽園』

で考えています。

いやぁ、めちゃくちゃ良さげなタイトルじゃないですか?(自画自賛)
実現はそれなりに大変だと思うし、書いてる間は苦痛を伴うのだろうし、嫌な記憶にも触れなきゃいけないのですが、それでも実現したら嬉しいので頑張ろうと思います。そして、舞台脚本として書き下ろすも、残念なことに採用されなかった作品『夜の底の子』も小説版に修正して投稿できたらと思っております。そんなこんなで色々執筆していたら、多分すぐに年の瀬、そして新年を迎えるのでしょうね。あなたは残り短い今年のうちに、何か成し遂げたいことはありますか? また会える日を楽しみにしています。

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