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近況と雑感

私が敬愛している存命の音楽家は沢山いらっしゃるけれど、なかでも南イタリアはナポリの鬼才Daniele Sepeは特別な存在であり続けていた。

私がまだ中学生だった頃、恩師だった音楽の先生は授業のなかで、古いイタリア歌曲を学生たちに歌わせていた。「サンタ・ルチア」や「オーソレミーオ」など。私は音楽の授業は嫌いだったが、それらの歌をうたうことがとても好きだった。

麺類が好きで、イタリア料理が好きな私はイタリア、特に南イタリアには憧れを抱き続けたままオジサンになった。

私は若い頃ゲーマーだったので、すぎやまこういち氏の音楽を聴き、彼が意欲的に作品中に取り入れていた世界中の音楽のカケラをきっかけに、音楽を通して感じる世界の風景や雰囲気に憧れを抱くようになっていた。

私は若くして音楽家の道を歩き始めることになり、様々な場所へ旅をしながら、自分のスタイルを特に定めるわけでもなく(マイペースではあるが…)、色んなタイプの音楽を作り楽しんできた。

2000年代前半、私たちのバンドくるりは日本で人気が出たので、日々ツアーや制作に忙殺されながらも、私は常に世界への憧れと、新しい音楽への渇望が増していく日々だった。

ウィーンへの旅は格別だった。特に古典的な音楽…シンフォニックな音楽や東ヨーロッパの民俗音楽との出会いは自作に大きな影響を及ぼしたと思う。

そんな中、私はDaniele SepeのJurnateriという作品を愛聴していた。素晴らしい音楽のヴァリエーションと、演奏技術、アレンジのセンスに驚いたが、個人的には一曲一曲好きというよりは、彼の雰囲気というかアティテュードのようなもの、遊び心と歌心のような部分に心地良さを感じていた。

https://spotify.link/kgMdX3KenDb

その後彼の作品を少しずつ聴いていくと、なんだかこの人私に似てるかも(全然私より才能あってすごいけど…)、と思い始めた。

レゲエ的なリズムに終始するものが多いことも、シンフォニックな作品における木管アンサンブルの使い方なんかも、妙に親近感が湧くというか、昔から友達だったような気がするというか、不思議な感覚を持ったまま、生活感のある音楽として、常に私のBGMであり続けた。

https://spotify.link/jUof8ENenDb

ひょんなことで、このクソ忙しいなか私は数年ぶりに大きな休暇をいただき、ずっと憧れだったイタリアへ行く機会をいただいた。

たまたま反田恭平くんのイタリアツアーの公演を観ることが出来た(素晴らしかった)ので、それだけで音楽家としては満足だと思っていたが、帰国直前に立ち寄ったナポリで、私はふとDanieleと連絡が取れないだろうかとメールを送ってみた。会ったこともない人なのに。

Danieleは直ぐに返信をくれた。私が貼り付けていたリンク(『天才の愛』と『交響曲第一番』)を聴いてくれたようで、思ってもいなかった嬉しい言葉を返してくれた。

「あなたも制限や境界線を作ることなく音楽の旅をしているようですね。」

ずっと言葉に出来なかった私の真ん中にあるとても大切な気持ちを、すっと言葉にしてくれた。私はこんなに嬉しいことが40代後半で起こるとは思っていなかった。ほんとにありがとう、Daniele。

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