今まで(ほとんど)誰も書かなかった革(靴)の細かなこと

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2014年に書いた記事だけど、時々復活希望のDMが来るので再掲。RT/Fav狙い。

[緒言]
レザーシューズケアの特集を組んだ雑誌や本は世の中に何冊も上梓されていて、自分でもいくつも読んでるし実際にケアもしているから、なんとなく分かった気になっていた革靴のメンテナンス。

HJLのポストマンシューズのケアをどうしようか考えたときにはたと「根本的なところが分かってないのでは?」という思いが頭をもたげた。

このポストマン、HJLオリジナルのオイルドレザーで素材はワークブーツ寄りで形はドレスシューズ寄りなので、従来ドレスシューズに行ってきたように乳化性クリームでケアすべきなのか、それともワークブーツのようにマスタングペーストみたいな100%オイルでケアすべきなのかという疑問に突き当たった。

タンニンなめしの革、クロムレザー、オイル豊富なレザー・・・。
靴も鞄も持っているしそれぞれのケアも日常的に行っている。
例えばミネルバボックスはオイルドレザーだけど、揉み込むと傷は消えてくれるから乾拭きしかしたことがないし、Red Wingのクロンダイクも完全に道具としてしか使ってないから傷を隠す必要がなくてマスタングペーストしか使っていない。

一方HJLのレザーはムラ感と透明感がとても美しく、ワークシューズに留まらない魅力を放っていて、果たしてこの靴は傷も厭わず履いていくべきなのか、きちんとドレスシューズのような扱いをするべきなのか、自分の中で迷いが生じた。

「ドレスシューズに対する扱い」と「ワークブーツに対する扱い」の違いがどうして生じるかなんてことはそもそも朧げながらにしか考えてこなかった。

こんなことを気にするのは人口の1%にも満たない靴オタクだけなのはよくわかってるし(俺は靴オタクじゃない)、多様な方向性が考えられる革靴のケアにおいて「べき」なんて存在しないのも重々承知の上。

だけどそこを考えたり突き詰めたりするのが趣味の世界なわけで、調べることそれ自体も楽しい。

上記のような経緯で、靴のケアについて、そして革について、きちんと調べてみた。

自分が困ったり疑問を持っていることは、きっと他の誰かも困ったり疑問を持ったりしているはず。
これを調べて書いたことはもちろん自分にとっても非常に有用だったけど、たぶん誰かの役に立つと思う。

こういうときにはこの製品、という具体的かつ普遍的な個別アドバイスが出来れば最高なんだろうけど、それは不可能に近い。

個々人で応用が効かせられるように、靴のケアにまつわるエレメントについての化学/科学的基本的原理の記載に努めた。

革の顕微鏡的基本構造やオイルやロウの化学的特性なんて普通のメンテナンスの本にはあまり載らない。
そんなことを知らなくてもケアは問題なくできる。
しかも難しく書けばそこには読解力と理解力と何よりある程度の時間が必要とされ、つまりは鼻歌混じりに軽く読み流すことが出来なくなり、誰にも読んでもらえなくなる。
小難しい化学式を見たり覚えるために靴の雑誌を買う人間はそう多くはない。

だからこそ無料の記事で誰かがそれをやらなければならない。
やる人が少ないからこそやる価値があるのであり、存在意義にもなる。

そしてフォロワ―も増える(はず)。
細かな基礎知識を頭に入れることを個人的に好むこともあるし、またライトな知識はそれを入れた容易さと同じ早さで失われる。よく育つものはゆっくり育つ。


整理してみたところで「真の」正解にはたどり着けていないし、解決していない疑問もある。
「真に」根本的なところに踏み込めたのかどうかさえ、自信はない。
それでも少なくとも目安の一つくらいにはなったような気がする。

それではどうぞ。

[目次]
1. 革の成り立ち・基本構造
2. 革の基本構造から考える「革にとって必要なもの」
3. 保革に必要な成分「水・油脂・ロウ」の役割
4. 革靴のケアの最適解 -どんなときにどんな用品を使えばいいのか
5. メジャーなレザーケアグッズサプライヤー
6. まとめ
7. おまけ


※注意※
大学機関の皮革研究専門家、ケア用品製造メーカー、タンナー、皮革に関する協会などさまざまな専門家にメールや電話で直接確認した事項も数多くありますし、俺が独自で文献やサイトを当たったりして調べた事柄も含まれている。
そのような専門機関を以ってしても「推測の域を出ない」こともたくさんあるようで「真実」とは異なる可能性がある。
そしてこれは主に「靴に対する」ケアのことを書いている。
他の鞄や室内革製家具などはそもそも対象としていないので、そこをご注意いただいた上で参考として読んでもらえると助かる。
明らかな間違いなどはご指摘いただけると嬉しい。
また参考文献やサイトからの引用に関しては読みやすさを阻害しない場合はその都度記載し、読みやすさを優先したい箇所では併記せず、このエントリの最後にまとめて記載した。

[1. 革の成り立ち・基本構造]
構造が分からないと根本的な理解が出来ないと考え、そこから話を始める。

まず革の構造。

革の構造に言及するにはその製造方法・過程が重要になってくる。

「皮」を製品として使える「革」に変化させる行程にざっと目を通しておくと、より理解が深まる。


一般社団法人日本タンナーズ協会の

「革ができるまで」 (www.tcj.jibasan.or.jp/dictionary/process/process.html)

が詳細かつ簡潔で分かりやすかった。

「革」は鞣し(tanning)が行われた皮のことであり、この処理により柔軟性、可塑性、防腐性などが付与される。
(引用:Wikipedia「なめし」 ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%AE%E9%9D%A9)

実際に鞣される前の皮膚の断面を呈示する。
牛の皮膚の構造はネット上で調べてもなかなか詳細な記載がなかったので、理解を助けるためにヒトも併記する。

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ヒト 皮膚 断面
人間の皮膚の断面
愛媛大学医学部「培養皮膚とは?」より抜粋引用
(https://www.ehime-u.ac.jp/whatsnew/shokai/research/special/igaku/res_05/image/slid59.jpg)

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牛皮膚断面図
牛の皮膚の断面図 日本皮革技術協会HPより引用
(http://www.hikaku-kyo.org/htdoc/kenkyuu-2010-03_3.htm)


鞣しの工程で上皮(表皮)と皮下組織が取り除かれ、革として使われるのは真皮層のみ。

真皮は上の図の通り、乳頭層(いわゆる銀面)と網状層(床面)に分かれる。

この構造を見るとわかるように、毛孔・毛根は真皮乳頭層にあるため、用いられる動物によって銀付き革の表情が変わってくる。
例えばベビーカーフはステアなどに比べ毛穴が目立たない、ペッカリーなら3つ穴といったように。

生体における真皮の構成成分は間質、細胞、脈管(血管やリンパ管)、神経、皮膚附属器(毛根や各種腺組織)。
さらにその間質を構成するのはコラーゲン、弾性線維(フィブリリン、エラスチン)、そして基質(糖蛋白;ヒアルロン酸・デルマタン硫酸、プロテオグリカンなど)である。

鞣しを化学的に簡潔に表現すると「真皮のコラーゲンと鞣し剤(タンニンやクロムなど)を化学反応によって結合させ、安定化させる技術」となる。

そして鞣しの工程を経て「革」の構造として残る主なものはコラーゲン、基質である。
エラスチン(弾性繊維)はほぼ失われるとのこと。
また脈管や腺組織は生体内でしかその役割はないため、今回は革の内部に構造として残っているかどうかは確認していない。
時々血管痕のあるアッパーの靴を見るので表面には間違いなくその痕跡はあり、内部にも痕跡程度にあることが予想される。

「基質」は真皮の線維や細胞の間に存在する糖や蛋白を含むゲル状の無定型物質で、ヒアルロン酸やデルマタン硫酸が代表的なものである。
ご存知の方も多いと思うがヒアルロン酸には極めて大きな保水力がある。
皮革研究機関の専門家にメールで尋ねたところ、鞣しの行程の後でもヒアルロン酸は革内部に十分構造として残っているとのことであった。
コラーゲン自体にも抱水力はあるので、革内部には水分が豊富に存在するのかと思ったが、鞣しの化学処理によりコラーゲンにしろヒアルロン酸にしろ安定化(分子内外の架橋形成)し、内部の水分は押し出されるのだそうだ。
それより大事なことは、カビを防ぐために革内部の水分活性は10%程度に抑えられているとのことであった。

その押し出された水分の代わりに置換されているのが「油脂」である。

鞣しの行程の中に「加脂」がある。
これは革は乾燥すると水分と一緒に油分も抜けてしまい線維同志が膠着して硬化するためで、乾燥前に線維間の膠着を阻害するような物質(油剤)を予め存在させておくと組織の硬化が生じないからだ。

革を水洗いした時の注意点で「乾き切る前、湿った状態でオイルを塗り籠んでください」という記載がよくあるのは、これが理由なんだと今回初めて原理的に理解できた。

そのため、全ての革は加脂が施される。

また、加脂は単なる柔軟性のみではなく、水、薬品に対する繊維の保護、革の感触、ふくらみ、艶、しっとり感(シルキータッチ)など革の風合い改善にも大きく寄与する。


つまり、銀面付きの革靴の「革」の断面構造は以下のごとくと考えられる。

最外層:仕上げ剤の塗膜(アニリン、顔料、シリコン、樹脂、ワックス(ロウ)、オイル)

真皮乳頭層と網状層

真皮内:鞣し剤と結合し架橋を形成したコラーゲン繊維がメインで、ヒアルロン酸やプロテオグリカンなどの基質も保持されている。コラーゲン繊維そのもの・コラーゲン繊維間・基質に水・オイルが存在するが革内部の水分活性は10%程度と低く抑えられている(元々存在した豊富な水分の多くは鞣しの行程で外部に押し出されている)。

最内層:ライナー


これでひとまず革の構造については終える。

[2. 革の基本構造から考える「革にとって必要なもの」]
革靴をケアする目的は、
・革のコンディションを整えて、なるべく長い期間使用できるようにする
というこれに尽きる。

「見た目の良さを向上させる(傷を目立たなくする、鏡面に仕上げるなど)」のは2次的もしくは1.5次的産物か。

前パートではかなり複雑で小難しい話になってしまったが、そもそも人類は腐らないよう「鞣し」という技術を発明して皮を革として使ってきた。

つまり「鞣し」の行程とその際に使われるもの、鞣し後の革の構造とその構造の周辺環境を見れば保革に必要なものが見えてくる。

そしてそれとともに革の劣化のメカニズムを知ることが重要となる。

イギリスの馬具のケア用品の超老舗Carr&Day&Martinのサイトから革の構造、鞣し、ケアについての文章を引用する。
(http://www.carrdaymartin.com/splash_details.html?cid=MQ==&sid=MQ==)

Below the grain is the CORIUM 2, a mixture of protein and collagen fibres arranged in a ‘spaghetti’ type structure. These fibres give leather its durability, strength and flexibility.
銀面の下には真皮2があり蛋白とコラーゲンの線維がスパゲティのような構造をとっている。
これらの線維はレザーに耐久性、強度、柔軟性を与えている。


Finished leather is composed of approximately 10% fats and oils and around 14% water, which both provide lubrication for the collagen fibres, the balance being protein. Regular care and cleaning maintain this balance and its resilient properties.
出来上がった革はおおよそ10%の油脂と14%の水で構成され、両者はコラーゲン線維と蛋白に潤滑性を与える。
通常のケアはこのバランスとその弾力性を維持することにある。


Once a leather item is in use, microscopic cracks and splits occur in the leather. These cracks provide an entry site for water, dirt, grime, grease and salt from sweat, which work their way into the leather.
This weakens and damages the collagen and protein fibres in the Corium eventually causing irreparable cracks and splits. This together with heat, can cause drying, cracking and hardening. However with regular care and maintenance, this can be avoided.
If leather is properly maintained it can remain functional, supple and in good condition for many years and importantly retain its value.
ひとたび革製品の使用を始めれば、革の内部には顕微鏡的なヒビや割れが生じる。
これらのヒビは水やほこり、汚れ、グリス、汗からの塩分などに侵入口を提供し、それらは革の内部で勝手な振る舞いを始める。
これは真皮内のコラーゲンや蛋白にダメージを与え弱らせ、徐々に修復不可能なひび割れとなるのだ。
これが熱と一緒になると乾燥、ヒビ割れ、硬化の原因となる。
しかし定期的にメンテナンスすることでこれは防ぐことが出来る。
もし革に適切なメンテナンスを施すことが出来れば、革はしなやかに機能し何年にも渡り良い状態でその価値を保ち続けるだろう。


潤滑性を失い乾燥した線維同士は硬くなり、容易に摩擦を受け、線維が千切れたりほどけたりして劣化していく。
その劣化を防ぐ為に革を構成するコラーゲン・蛋白の線維に、潤滑剤としての水/オイル/ロウを適宜補充していくこと。
そしてその表面に油・ロウ・シリコンやフッ素などの樹脂を置き、破水性を付与すること。
それが全てだ。

1.5次的産物である見た目の良さを保つためには、染料(つまり一般ユーザーレベルで言えば「色付き」乳化クリーム・ワックス)も必要なものに含まれてくるだろう。

シリコンや樹脂などに違和感を覚える方もいるかもしれないが、KIWIから出ているパレードグロスにはシリコンが含まれているし、以前ウェストンのゴルフで謳われていた「フッ素加工」はフッ素樹脂を革表面に塗布したものらしい(中の人ではないので伝聞)。

だが革の構造や劣化のメカニズムを学ぶなんて面倒なステップを踏まずとも、革に水と油とロウが必要なことくらい誰もがみな知っている。
それはすなわち油性クリームや乳化性クリームの成分そのままだからだ。

そう、ここに目新しいことなど何もない。
だが、今ではこれまで無意識的無自覚的にしてきた行為についてきちんと説明が出来る。
すなわち革のケアとは鞣しの工程を一般ユーザーレベルで再現・維持することなのだ。
これこそ革(靴)をケアすることの本質である。

では水はともかくとして油脂、ロウについて見ていきたい。


[3.保革に必要な成分「水・油脂・ロウ」の役割]

靴用品としての側面から油分、ロウを論じているサイトはほぼ皆無で、以前から拝見しているべじたん(vegtan.blog.jp/)というサイトが唯一アカデミックなので、興味のある人はぜひ読んでみてください。


<油脂>
動植物から採取した油(液体:oil)・脂肪(固体:fat)を油脂と呼ぶ。

分子構造はグリセリン分子1個に脂肪酸分子3個が結合したトリエステル(トリグリセリド)。
天然に存在する油脂はほとんどがトリグリセリド。

脂肪酸は大きく飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けられる。

飽和脂肪酸(ステアリン酸やパルミチン酸など)
炭化水素基内にある全ての炭素原子がほかの原子と単結合(原子がお互いに一本ずつ手を出して握り合う)している脂肪酸。
1個の炭素原子が持つ4本の手が全て単結合でふさがっている飽和状態なのでそれ以上反応が起きにくく、性質が安定している。

不飽和脂肪酸(オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、ドコサヘキサエン酸など)
炭化水素基の一部に、炭素同士が2本もしくは3本ずつ手を出し合って結び付いている部分(二重結合・三重結合)を持つ。
このような多重結合は反応性が高い(ほかの物質と反応しやすい)ため酸素など他の物質に割り込まれやすく、そのため酸化などの変質が起こりやすい。

この脂肪酸の組成・含有率でそれぞれオイルの種類が変わってくる。
例えばオリーブオイルだったらオレイン酸が70%、リノール酸7%、リノレン酸0.7%・・・・、馬油だったらオレイン酸37%、パルミチン酸24.5%、リノール酸17%・・・・というように。
この組成の違いがオイルの特性を決定付け、効能効果が変わってくる。
例えばオレイン酸という不飽和脂肪酸は酸化を受けにくく分子重合が起こりにくいから固化しにくい。

靴ケア用品に配合されていてよく目にするものをピックアップしてみる。

植物性油脂:オリーブ油、シアバター、ツバキ油、ヤシ油など
動物性油脂:馬油、ミンク油など

・油脂の配合目的と効果効能・
1.肌や毛髪に柔らかさ・なめらかさを与える
2.油性の汚れを溶かし込んで肌から洗い流し、肌を清潔に保つ
3.肌に水をはじく膜(疎水性皮膜)を作り、有害物質が肌に入り込むのを防ぐ
4.外気が冷たくて乾燥しているとき、肌から水分が失われるのを防ぐ
5.紫外線吸収剤など、特殊な成分を溶かし込む
6.過脂肪剤として配合され、皮膚や髪を油分で保護する

効果効能については美容用品のサイトから引っ張ってきたので「肌→靴のアッパー」などと脳内変換して読んでください。

個人的になるほど!と膝を叩いたのは3.の「油性の汚れを溶かし込む」効果。
レザークリーナーとして売っているものの成分が「油脂・ロウ・有機溶剤」となっていて、乳化性クリームと同一であるのはこういう訳だったんだ。
確かに言われるまでもなく女性が化粧を落とすときに使ってるのもクレンジング「オイル」。


<ロウ>
ロウ(ワックス)とは高級脂肪酸と高級アルコールが反応してできるエステル。
有機化学の教科書には「ロウは長鎖の脂肪酸と長鎖のアルコールから生成するモノエステルである」と記載されていた。
「ロウの融点は油脂(オイル)よりも高く、体温では溶けない。だが一般的には体温付近で柔らかくなり低温で固くなる・・・・」フェッセンデン「基礎有機化学」より

高級脂肪酸
分子の中に炭素を12個以上持つ脂肪酸(炭素数が10以下だと低級脂肪酸)
油溶性成分のひとつとして、肌や毛髪に柔らかさ・なめらかさを与える
石鹸の原料になり、肌を清潔に保つ
クリームや乳液を作るとき、アルカリ剤と一緒に配合されることで乳化剤の役割をはたす

高級アルコール
分子の中に炭素を6個以上持ち、かつヒドロキシル基(-OH)をひとつ持っている(つまり1価の)アルコール
油性原料として化粧品に撥水性(はっすいせい)を与え、皮膚を保護する
乳化助剤としてはたらき、乳化製品の状態をより長く安定させる
製品の硬さを調節したり、種類によってはオイルの延びや感触をよくしたりもする(粘度調節)

先の油脂はグリセリンと脂肪酸のエステルだったが、グリセリンは炭素数3・3価の低級アルコール。

油脂と同じく、自然界からたくさんの種類が得られる。

ロウというとロウソクやミツロウのような「常温で固体」のものをイメージしがちだが、液体(マッコウクジラ油、ホホバ油)や軟膏状(ラノリン)のものもある。

ロウはクリームや乳液の大切な原料で、ほかの油性原料とはかなり違う特性を持つ。

具体的には高融点(高温でも溶けにくい)、高粘度、光沢、抱水性(水分を抱き込む性質)、乳化性、抗酸化性など。

これら独特の性質はロウを構成する高級脂肪酸と高級アルコールに、比較的多くの炭素(20~50くらい)が含まれることが原因といわれている。
また遊離脂肪酸や遊離高級アルコール、炭化水素、樹脂類などさまざまな成分が同居していることも関係しているとされる。

靴ケア用品に使われる代表的なロウ類を。
カッコ内は原料。

・植物性のロウ・
カルナバロウ(カルナバヤシ)、キャンデリラロウ(キャンデリラ)、ホホバ油(ホホバ)

・動物性のロウ・
鯨ロウ、ミツロウ(ミツバチの巣)、ラノリン(羊の毛)

先に引用元として挙げた有機化学の教科書にもロウの代表例としてカルナバロウ(ブラジルロウヤシの葉の表面を覆っている)、鯨ロウ(マッコウクジラの脳から!採れる)、蜜蝋(蜂が巣を作るときに出す)の3種が記載されていた。

そしてラノリン、ホホバオイルがロウだと知ってびっくり。
てっきりオイルかと思っていたから、かなりの盲点というか無知だった。
これを知っただけでも調べた甲斐があった。

ロウには「表面の凹凸を埋めてつやを出す」という意味しかないと思っていて、ロウが入っていないと信じきって買ったサフィールノワールのスペシャルナッパデリケートクリームにはホホバオイルが配合されていてしっかりロウが入っていたことが分かりました。

化学的に改めて見るとラノリンもホホバオイルもエステル結合がひとつのモノエステルなのでロウに分類される(オイルはトリエステル)けど常温ではペーストもしくは液体で、きちんと革の内部に入る。
これはシューケア用品メーカの開発部にもメールで問い合わせをして確認済み。

ロウの配合目的と効果効能
1.製品にしっかりとした固さを与える素材(固化剤)であり、品質を安定させ使いやすくする
2.揺変性(別名チキソトロピー。静かに置いておくと固いが、指先で練ると柔らかくなり、しばらく経つとまた固くなるという現象のこと)を与え、使用感をよくする
3.製品が低い温度で溶けるのを防ぎ、柔らかくなりすぎることによる不便を防ぐ
4.分子中に含まれる水をはじく成分(疎水性炭化水素鎖)によって、汗で落ちにくい膜を肌に作る
5.商品そのものや、塗ったときの見た目に光沢を与えることで商品価値を上げる
6.原料にある程度の固さを与え、製造時に扱いやすくする


[4. 革靴のケアの最適解 どんなときにどんな用品を使えばよいのか]
それぞれのメーカーが出している製品としては、

・オイル
・固形ワックス(油性靴クリーム)
・乳化性クリーム
・デリケートクリーム
・ローション

などがあるのでそれぞれ見ていってみる。


<オイル>
その名の通りオイル。
有名な製品としてはミンクオイル、マスタングペースト、ニーツフットオイルなどがあるが、純粋にオイル100%のものは極めて少ない。
マスタングペーストでさえ3%ほど蜜蝋が含まれている(これはあの形状を得るための配合らしい)。
ニーツフットオイルはすでに準一般名詞化しており、牛のすねから抽出されるオイルのみでできている製品の方がずっと少なく、豚やそのほかの家畜からの油、果ては鉱物油まで入っているものもある。
ミンクオイルもしかりで、大部分はパラフィンやロウ、鉱物油。
これはだからといって決して粗悪であることと同義であるとは言わないが、自分の思った通りのメンテナンス品を手に入れたいときにはその内容成分には注意する必要があると思う。

使う用途としては革の乾燥・硬化が明らかな場合で、かつ現時点の風合いを保ったまま保革したい時となるだろう。
オイルには当然水も含まれてないし、色もついていない。
そうなると傷を隠したりする効果は少ない。
いわゆるアジ出しするような靴に用いるのがよい、となるから各媒体で「ワークブーツにはXXオイル」という定型文が出来上がっているのだと思われる。

個人的にはワークブーツもドレスシューズに準じて乳化性クリームでいいんじゃないかと思っていてホワイツにはそれを実践している。なぜならきれいに経年変化したワークブーツがとても美しいと思うからだ。
使用している以上どんなに丁寧に扱ったってものは朽ちていく。
美しく朽ちていくものにはある種の官能的な甘美さえ感じるところがある。
かと思えば、一方、Red Wingのクロンダイクは茶芯むき出しのぼろぼろになった姿が見たいがためにマスタングペーストのみというケアをやってみている。

またオイルには忘れてはならない欠点がある。
革の内部にオイルが過剰になると表面に浮いてきて埃を吸着し汚れ→カビの原因になる(オイルそのものは黴びにくい)。
また過度に柔らかくなって型くずれの原因となったり、淡い色のレザーではシミになる危険性がある。
革の内部構造はミクロレベルで見ると均一ではなく、染料も均一に入っている訳ではない。
だから付与したオイルの浸透にも差が生じて、周囲とその浸透レベルに差が出来た箇所の表面では光の反射率に変化が生じシミになる、というメカニズムが考えられる。
引用:「ものが水に濡れるとなぜ色が濃くなるのか」optica.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-a85d.html

またオイルに内部の染料が溶け込み、革の内部で移動することで色の差が形成されシミとなっている可能性もある。


<乳化性クリーム>
超基本的なことだけど、水と油は基本的に混じらない。
それを混ざるようにするのが乳化。
エマルジョン化ともいう。
海外のサイトでは乳化性クリームは単にShoe Creamと表記されているものが大半だけど、中にはemulsion cream in a glass jarなどと表記されているものもある。
代表としてよく挙げられるのがバターやマーガリン、そして牛乳や生クリーム。

乳化したものは大きくw/oタイプとo/wタイプに分けられる。
/はinと読み、w/oはwater in oil、o/wはoil in waterである。
前者はオイルメインの中に水分が、後者はその逆である。

w/oの外相は水、内相は油と専門的には表現する。
すなわちo/wの外相は油、内相は水。


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太陽化学株式会社 乳化剤の基本性質より(www.taiyokagaku.com/technology/emulsion/emulsion3)
*HLB:Hydrophile-Lipophile Balance 親水性親油性バランス

これが理解できるとクリームの「なじみが良い」という表現が理解しやすいかもしれない。
なじみの良いクリームの大部分は外相が水であるo/wタイプで、塗るとすっと全体に行きわたって浸透している感が味わえる。
けれどその分失われるのも容易で、なじみの良さと保持性はtrade-offだ(今は技術が進んでいるからステレオタイプではないものも当然ある)。

デリケートクリームと銘打って売られているものはこのなじみの良いo/wタイプの乳化性クリームであることが多い。
つまりメインは水。
だから製品個体そのものも水っぽく、販売の際に「ぷるぷるしている」などと形容されている。

革の表面・内部には当然水・油が存在しており、さらには内部構造の不均一さ、染料の不均一さという特性がある。
そこに抵抗なく浸透し、内部にとどまりそして容易に移動しないという性質をケア用品に持たせるためにこの「乳化」という技術が必要になってくるのである。

乳化について分かれば、乳化性クリームが固形に近いものからゼリー状のものまで色々あるのは理解できる。
色々だが、基本的にはどれも水と油脂とロウがメインで、あとはその配合比率や性質(w/o or o/wなど)が違うだけである。
そして有機溶剤、界面活性剤、防腐剤や防かび剤が添加されるものも多い。
有機溶剤は粘度の調整のため、界面活性剤はそれぞれがよく混和する(乳化させる)目的で添加されている。
この有機溶剤や防腐剤を一切使わず、自然由来の成分だけで作られていることを製品のウリとしているものもある。

「配合比率が違うだけ」と言ってしまったが、その製品が意図するケアの目的に合わせて油脂・ロウの種類のチョイスや配合比率の変化させているので、その違いそのものが製品の違いとなる。

たとえば自身で使っているコルドヌリアングレーズのビーズワックスクリームはw/oの乳化性クリーム。
その名の通りビーズワックスが入っていて、鏡面もどきに仕上げることも可能。
全然なくならないので違う商品が全然試せなくて困る。

オイルと乳化性クリームの決定的な違いは水・オイルのバランスに気を使わなくてもいい点と補色できる点ではないかと個人的には考えている。
各種専門メーカーが最適と思われる配合で水、オイル、ロウがすでに混和されている。
あまり考えることなくひとまずこれを使っておけば、という手軽さがとても良いと思う。
かといって消去法で導きだした妥協のケア用品であるかと言えばそんなことは全くない。
原理的にはこまめにメンテナンスをするのであれば、乳化性クリームのみでOKと俺は考えているし、そう考えている旨の返答をしてくれた製造メーカーも複数あった。

あとはケアする対象の靴がいったいどんな特性の革であるのかということを購入するときにきっちり把握しておくこと、そしてケアをする時目の前の革がどんな状態なのかを見極めることが肝要かと思う。

どんな風にどの用品を使ってもそれは自由だと思うが、個人的な考えの一例として。
その靴の革の持つ特徴、風合い、テクスチャを生かしたいときには、デリケートクリーム+無色の油性クリームor油性ワックス。
なるべく新品の風合いを保ちたいときにはこまめな同色乳化性クリームのみ。

あとはメンテナンスの頻度とかどういう方向性でその靴と付き合いたいのかなどを考えて対応していくという形になろうかと思う。


<油性クリーム/固形ワックス>
KIWIが有名。
ロウがメイン。
固形のロウは革の内部に染み込まない。

このロウが革表面の凹凸をうめ、表面構造を均一にすることで光の正反射性が増し光沢が出る。
パレードグロスが鏡面にしやすいのは、人工高分子化合物であるシリコン含有だから。
天然成分に比べて、この均一な面を作るのが容易なのだと思われる。

光らせやすいと評判のサフィールノワールのクレム1925は水分が入っていないからここに分類されるが、成分の配合を工夫して乳化性クリームと同じ感覚で使えるように作られているとのこと。

信濃屋の白井氏がケアにはワックスしか使わない、というのは雑誌でよく目にするエピソードなので靴が好きなら知ってる人も多いと思うけど、もしかしたらそれほど靴には水分は必要なくて、表面をしっかり保護できてれば問題はないのかもしれない。

けれど、トゥのような不動の部位はまだしも屈曲部にワックスのみのケアを続ける勇気は俺にはない。
前述のような革の構造、鞣しの原理からすれば、乳化性クリームによるケアはしたほうがいいのかなと思う。

さらに言えば、結局のところ「表面につやが出る」=「多かれ少なかれ表面の凹凸をロウで埋めている」という方程式が成り立つわけで、古くなった異物をそのままにしておくことが無条件にいいとは考えにくいので定期的に何かしらの方法で表面をクリーンにしたほうがいいのでは?と感じる。
それをステインリムーバーでやるのかデリケートクリームのようなものでやるのかは別問題として。
俺はステインリムーバーを使っている。

今の乳化性クリームはロウが含まれているものも多くてそれだけでも革表面の保護は十分に出来るようなので、固形ワックスに関してはやっぱり装飾的な意味合いが強いのかなと思う。

[5.メジャーなレザーケアグッズサプライヤー]
靴ケア用品のメーカはそこまで多くない、と思って挙げていったら結構あってちょっとくじけそうになった。

日本:Columbus(コロンブス) www.columbus.co.jp/
日本:ジュエル www.jewelweb.jp/index.html
日本:M.Mowbray*(エム・モゥブレイ) www.randd.co.jp/
フランス:Saphir(サフィール) www.lebeau.jp/saphir/index.html
アメリカ**:KIWI(キィウィ)  www.kiwicare.jp/
ドイツ***:WOLY(ウォーリー) www.woly.com/
ドイツ:Collonil(コロニル)  www.collonil.com/en/ www.collonil.jp/
イギリス:English Guild(イングリッシュギルド) english-guild.com/

*M.Mowbrayはメルトニアンの後継のような位置づけになるんでしょうか。ちょっとこのあたりは複雑で「メルトニアン」という名前のシューケアメーカーは現存していますが、中身はKIWIが作っているので、いわゆる旧メルトニアンとは同名異質のものです。旧メルトニアンは親会社のSala Lee社の方針で効率化を余儀なくされ、それまでの良質な伝統的な製品が作られなくなり、前述したKIWIが作る新メルトニアンになりました。旧メルトニアンの伝統的なレシピを継承したのがM.Mowbray、という関係。M.Mowbrayの製品はイタリア、日本で製造されている
**KIWIはオーストラリア生まれのブランドだが現在はSala Lee社の傘下
***WOLYも元々はスイス発のブランド

[6.まとめ]
・革のケアは鞣しの再現→その観点からすると、ケアしようとしている革の出自はとても重要
・保革という観点からすると乳化性クリームのみのケアでも十分
・オイル製品は乾燥が強いときもしくは経年変化を大事にしたいときに使用
・表面を光らせたいときは保護の効果も期待できるのでワックスを
・やはりクリーナーは必要


うーんまとめちゃうと何も言ってないに等しいね!
まあこのエントリはそういうマニュアル的なことじゃなくてケアとかに関する原理みたいなものを整理するのが目的なので問題ない。

[7.おまけ]
<ヒアルロン酸とかコラーゲンって靴に良いの??>
ヒト用の化粧品を靴のケアに使うという話を時々耳にする。
ここで俺が興味をもったのはヒアルロン酸とコラーゲン。
いくら真皮がむき出しとはいえ、分子量が800万のヒアルロン酸、60万のコラーゲンがその内部に入り込むとは思えないがどうなんだろう?と思いメーカーさんにも専門家にも聞いてみましたが、やはり入らないそう。
表面にとどまりみずみずしくなって見えるだけだって。
それに素人の自分ですら思いつくことだ、とうの昔に専門家が検討して、効果がないもしくは費用に見合うだけの価値がないと判断されているに決まってる。
皮膚医学的には分子量が3000以下でないと表皮から真皮には届かず、真皮内に浸透するのは100〜800程度の分子量の物質だそうだ。
参考:新しい皮膚科学(www.derm-hokudai.jp/textbook/index.html)、マルホ株式会社(www.maruho.co.jp/index.html)


<解決していない疑問>
履いているときにかく汗で革には十分に水分が供給されているように思うのですが、それについてはどうなんだろう?
水分として革内部に入り込んで、それが蒸発・乾燥するときに必要な油分も失われるから、結局はあとで補ってあげないといけないということなのだろうか?

この疑問をメーカーにぶつけてみたが、すっきりする回答は得られなかった。革内部での水分・油分などの挙動は現時点でも「推測」の域を出ないんだそうで。

[最後に]
大変長く、読み辛いエントリになりましたが、最後まで読んでいただいた方(いると思うけど)、ありがとう。
何かの足しになれば幸いです。

最後に、各社様、メールをさせていただいた専門家の先生のみなさま、本当にありがとうございました。
特に対応が迅速丁寧で専門的な回答をくださったコロンブス社さまには深謝申し上げます。
コルドヌリがなくなったらブートブラックとかレザークリスタルを買って感謝の意を表明したいと思います→ちゃんと買って使ってます。
いや、ほんとにコロンブス社の研究職の方からの回答は明快で素晴らしかったです。

[引用・参考サイト・参考文献]
1.「読んで美に効く基礎知識」(cosme-science.jp/index.html)
2.目に見えないヒト常在菌叢のネットワークをのぞく 宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 3, 37-51,2012
(www.sasappa.co.jp/online/abstract/jsasem/1/049/html/1110490301.html)
3.「スキンケア大学」(www.skincare-univ.com/)
4.「信州大学医学部生化学 脂質の構造」(zen.shinshu-u.ac.jp/modules/0052003002/main/main.pdf)
5. Topographical and Temporal Diversity of the Human Skin Microbiome
Science 29 May 2009: Vol. 324 no. 5931 pp. 1190-1192(http://www.sciencemag.org/content/324/5931/1190.abstract)
6.「Doctor’s Organic」(www.doctors-organic.com/index.html)
7.Studies on the composition of horse oil. 2. The component fatty acids of lipids from fatty tissues, muscle and liver
Biochem J. Nov 1952; 52(3): 400–407.(www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1198011/pdf/biochemj00900-0063.pdf)
8.「あたらしい皮膚科学」(www.derm-hokudai.jp/jp/shinryo/pdf/1-06.pdf)
9.「日本皮革研究所」(www.jilr.or.jp/index.html)
10.「皮革の取扱いの基本」(www.hikaku.metro.tokyo.jp/images/pdf/149pdf/03.pdf)
11.Carr&Day&Martin 公式サイト 「Leather Care」(www.carrdaymartin.com/splash_details.html)
12.東京都立皮革技術センター (www.hikaku.metro.tokyo.jp/)
13.5章で記載したケアグッズメーカー各社のサイト

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