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私に“美しさとはなにか”を教えてくれた、あの人のこと

朝ドラ「とと姉ちゃん」で人気が再燃している「暮らしの手帖」。

創業者の花森安治のエッセイも好きですし、前編集長の松浦弥太郎さんの書籍もたくさん読んできたので“暮らしの手帖イズム”には共感する部分がたくさんあります。

でも私に“美しさとはなにか”を教えてくれたのは彼らでもないし、今をときめく女性誌でもありません。

私の中に美しさの基準を作った人、それは「暮らしの手帖」と同時期に活躍した中原淳一

「それいゆ」や「ひまわり」といった人気雑誌を通して、たくさんの少女たちに"美しく生きること"を示してきた人です。

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▲中原淳一のスタイルブック。いつ見てもこの美しさは飽きないし、色あせない。

竹久夢二や高畠華宵といった浪漫系の画家が好きだったことから出会った中原淳一ですが、彼の場合は絵の美しさだけではなく雑誌を通してリアルクローズに落とし込み、芸術を身近にしたところが特徴的です。

戦後まもない、明日食べるものにすら困窮していた時代。

青春真っ只中にあるはずの女学生たちが電車の中で配給のお米や芋についてばかり熱心に話す姿を見て、中原は「このままではこの子達は美しい、楽しい幸せを知らないままに青春を終えてしまう」と危機感を抱いたそうです。

周りは一面焼け野原、食べ物も身の回りのものも足りないものばかりで生きていくのに精一杯。

そんな時代だからこそ、一人でも多くの少女たちに夢を見せることができる雑誌をつくりたいと思ってできあがったのが「それいゆ」だったのです。

創刊号の編集後記で、彼はこんなコメントを掲載しています。

こんな本はくだらないと言われるかもしれない。お腹の空いていてる犬に薔薇の花が何も食欲をそそらないように。
然し私達は人間である!!
窓辺に一輪の花を飾るような心で、この「ソレイユ」を見ていただきたい。

自分自身も戦争の時代を生き、周りを見渡しても美しさなど皆無の生活をしてきたからこそ、貧しくても夢を見て豊かな心を養わなければならない、と彼は説きます。

この主張は一貫していて、美しいとは贅沢や豪華なことではなく細やかな気遣いであると折にふれて記してます。

たとえば多数ある中原淳一の名言のなかでも特に有名な、身だしなみに対しての彼の考え方。

身だしなみの本当の意味は、自分の醜い所を補って、自分の姿がいつも他の人々に快く感じられるように、他の人があなたを見る時に、明るくなごやかな気持ちになるためのものだということを忘れないで下さい。

この言葉をはじめて読んだとき、20歳そこそこだった私は意外に感じると同時に、なんだか腑に落ちない気持ちになりました。

おしゃれは人のためにするものなの?自分を表現する手段ではないの?

まだ自分のためだけに生きていたころは、そんな風に感じていました。

でも今ならわかる。
身だしなみはまわりの人のためにあるのだと。

彼が残した言葉にこんなものがあります。

自然を彩るのが春ならば、街や身の回りを美しくするのは女性のパートではないだろうか?

街を歩いていると、たまたま目に入った人が美しい装いで心が和んだことはありませんか?

女性が美しく装うこと、それは本人の評判やイメージの問題だけではなく、目にした人みんなをフッと幸せな気持ちにさせる、社会性のあるものなのです。

人がコミュニケーションから離れられない社会的な生き物である限り、視覚的なコミュニケーションである装いからも離れられない。

周りを不快にさせないのが装いの基本、とあらゆる場面で主張してきた中原淳一ですが、はじめて会った人にまずは笑顔で応対するように、無言のコミュニケーションとして装いを捉えていたのだろうなと思います。

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“おしゃれ”というのは、流行の先端をいくことではありません。

その証拠に、50年以上前に描かれた中原淳一のスタイルブックは今見ても新しく、洗練され、美しく、憧れずにはおれない“おしゃれ”が詰まっています。

それはきっと彼が美しさの本質を見つめつづけ、自分のスタイルを作りあげたからこその普遍性なのだと思います。

女性にとって美しくあることは普遍のテーマですが、洋服でもコスメでも食べ物でも、“モノ”ではなく“自分”を主語にして主体的に選ぶこと。

そして手にしたひとつひとつを丁寧に扱い、慈しむこと。

その原理原則は、これまでもこれからもずっと変わらないものなのではないかと、中原淳一のイラストブックを開く度に思うのです。

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なんて言いつつ、忙しさにかまけて適当な格好で出歩いたり、家の中が荒れ放題になってしまったり、理想とは程遠い私の生活。

それでもふとしたときに開くこのスタイルブックは、いつだって私の感じる美しさの原点へ立ち返らせてくれます。

なんだって完璧にはいかないし楽しいことばかりではないけれど、そんなときでも心の中に一輪の花をいけておくこと。

日々の生活の中で、彼の残したエッセンスのかけらを少しずつでも取り入れていきたいと、改めて思うここ最近です。

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