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何度も読み返したくなる本、そして成長を柱に刻み付けること。

先日えとみほさんが書かれたこちらの記事。

私は特別な書く力があるわけではないのでこの方法の検証は難しいですが、私もひとつの本を繰り返し読むタイプなので共感する箇所がたくさんありました。

もともと一度気にいるとずっとそればっかり食べ続けたり、性格的に人よりも「繰り返し」をしがちな私には、1年の中で毎年この時期に読む本というものがあります。

たとえば1月に必ず読むのは三浦綾子の「塩狩峠」。

高校3年生ではじめて読んでから1年に1回は読み返しているのでもう外も中もボロボロです。これまでに20回は読んだんじゃないかな。

2、3月には三島由紀夫の「春の雪」、夏には百田尚樹の「永遠のゼロ」。

夏が終わって涼しくなってくると小川糸の「蝶々喃々」を読んでから谷根千エリアをお散歩するのが毎年のルーティーンです。

こうやってゆっくり毎年読む本を増やしていって、おばあちゃんになるころには1年分の「今月の本」12冊を揃えたいなあ、というのが小さな夢。

一度読んだ本は二度と読まないという人も多いかと思いますが、一度胸に刺さった本は少し間をおいて何度も何度も読み返すことをおすすめします。

よく「成長にあわせて感動する部分が変わる」と言いますが、いい本を繰り返し読むというのは柱に毎年身長を刻み付けるのと似ている気がします。

例えば「こころ」の「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」の一言が人を殺す威力をもつ意味。
「檸檬」で丸善に檸檬を置いてくる主人公の気持ち。

はじめて読んだときにはわからなかったことが、2年経ち3年経ち、「そういうことだったのか」とわかるようになってきます。

本に書いてあること自体は変わらないのに、自分が感じ取ることは変わる。

この"以前は理解できなかったけれど、附に落ちるようになったこと"の部分だけ、今年も成長したんだなあと感じます。

逆に何回読んでもやっぱり変わらずこの部分が好きだ、と思うこともあります。

7年経てば体の細胞がすべて入れ替わってしまうと言われるくらい、実は刻々と変わっていく自分という存在。
何が変わらない部分で、この1年でどう変化したんだろう。

自分のお気に入りの本を繰り返し読むということは、そんな自分というものを知るひとつの手掛かりなんじゃないかと思います。

結婚相手を探すように、人生のパートナーとなる本を探すこと。

そのためには気が遠くなるほど長い時間がかかるものですが、「私には迷った時に立ち戻って自分を見つめ直すための道具がある」と思わせてくれる本は必ず自分の心を支えてくれます。

そんな本に出会うための道中すら楽しんで。

今日も最高の一冊を探して、豊かな本の海を漂っている私です。

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