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Instagramで評価されるコンテンツの変遷から考えるプラットフォームの大衆化に必要なこと

昔からInstagramを使ってきた人はよく『数年前の方が面白かった』と言います。

ずっとそれを単なる懐古主義だとずっと思っていたのですが、最近自分もInstagramの投稿の変化を肌で感じる中で、彼らの言葉の意味がわかるようになりました。

私は普段あまりInstagramを使わない分、たまに開くと数ヶ月スパンで投稿の内容がどんどん変わっていくことに気づきます。

そして最近のInstagramで顕著なのは、1投稿に占める情報量の多さが重要になっているということです。

まだ去年の今頃はいかにコンテキストのある写真をアップするかが評価のポイントでしたが、今年に入ったあたりからテキストの入った投稿が増え、Instagramも『読む』メディアとしての価値が高まっていることを感じます(少なくとも日本においては)。

個人的な体感ですが、これまでのInstagramにおける評価される投稿は下記のような変遷を辿ってきたように思います。

これだけだとどういうことかよくわからないと思うので、Instagramで評価されるコンテンツとそれを取り巻く環境がどう変化したかについて順を追って解説したいと思います。
(ちなみにこれはあくまで個人の所感です、という点は強調しておきます!)

2010〜2013年:ニッチでイケてるサービスとしてのInstagramの誕生

Instagramのサービスローンチは2010年ですが、はじめはカメラマンや趣味で写真を撮っている人など、専門性の高い人が多かったと聞いています。(当時私は使っていなかったので聞いた話ですが)

特に趣味で撮っているアマチュアカメラマンにとっては、それまで発表する場がなかった分、自分の作品を発表する場として重宝されていたのではないかと思います。

当時はすでにTwitterやTumblrといったサービスはありましたが、それらはどちらかというとテキスト優位のサービスなので写真限定で投稿できるInstagramに移行し、同じように写真好きの人たちと繋がっていっていたのがInstagram黎明期の使われ方なのかなと。

また、Instagramは当時iOS版しかリリースしておらず、またこのときはまだiPhone4や5が出たくらいのタイミングで、ガジェットやITに興味のある人しか使えないアプリでもありました。

だからこそ、写真好きの中でもAppleのデザインや思想を好みそうなアーリーなユーザーを囲い込むことができ、イケてるサービスというイメージを定着させることができたのではないかと思います。

2014〜2015年:「フィルター」の発明による素人革命

ローンチ当初から爆速でユーザー数を増やしてきたInstagramですが、一般的に認知されはじめたのはこのくらいの時期だったように記憶しています。

そして一般認知度を広めることになった一番の要因は、Instagramの『フィルター』ではないかと私は思っています。

今でこそ様々な加工アプリがありますが、当時は写真を加工するのは専門のツールを持っているカメラマンのみで、一般の人たちには加工するという概念すらありませんでした。

しかし、Instagramを使えば、フィルターを選ぶだけでなんとなくおしゃれな感じに仕上げることができる。

この『フィルター』の発明によって、写真愛好家のためのプラットフォームから脱却し、より多くの人に写真を撮ってアップするという習慣を根付かせることができたのではないかと思います。

余談ですが、個人的にこの5年で人が写真を撮る回数は格段に増えたはずだと思っていて、実際にどのくらい写真の撮影数が増えたかのデータがあったら見てみたいなと思っています。

また、この時期Instagramにとって追い風だったのは、iPhoneもまた一般に普及し、誰もが『そこそこ性能のいいカメラ』を持ち歩くようになったことです。

iPhoneは6あたりから一般層にも普及したように記憶しているのですが、それまでのガラケーと比べても格段にカメラの性能が上がり、誰でもそこそこ綺麗な写真が撮れるようになりました。

つまり、性能のいいカメラ搭載のスマホの普及+加工フィルターの提供によって、これまでギークな人しか楽しめなかった『おしゃれな写真をアップする』という行為が一般層にまで広がることになったのです。

そしてその後『フィルター』という概念も広まり、SNOWやVSCO、Beauty Camなどスマホで加工するツールが増えたので現在はInstagramのフィルター機能を使っている人はそう多くないと思いますが、投稿と加工をひとつのプラットフォームで実現したInstagramはものすごい革命だったと思います。

2015〜2016年:「写真の質」より「撮ったもの」が評価される時代へ

こうして普通の人でもおしゃれな写真が撮れるようになった結果、写真の質では差別化できなくなり、代わりに『何を撮っているか』が評価される時代に突入しました。

この時期特に台頭していた印象があるのは旅系インスタグラマーです。

絶景や建築物、その国ならではのお祭りやマーケットなど、なかなか日常生活では見られない珍しさが評価のポイントだったのではないかと思います。

また、テーブルコーディネートやフラワーアレンジメント、ファッションも同様で、自分では真似できないレベルのものを見ることで、フィクションとして楽しむ意味合いが強かったのではないかと推察しています。

そしてこの頃から『インスタグラマー』という言葉が広がり始め、写真ではなく投稿者のライフスタイルそのものが支持されるようになっていきました。

少し前までは一般の人が日常をシェアするツールだったのが、ユーザー数が増えることで専門性のある人にファンがつき、スターが生まれはじめたことでそれに憧れて投稿を工夫する人が現れる、というサービスとして理想的な循環が起き始めたのがこの頃なのかな、と。

やはりサービスというものは、ユーザーの中からスターを生み出すことで勝手に成長するものなのだということを感じます。

ちなみに『インスタ映え』が流行語をとったのは2017年末なので、実際にインスタ映えという概念が広がったのはこのくらいの時期ではないかと思います。

とはいえこの頃はまだ『どんなおしゃれなものを撮るか』が重視され、簡単に言えばパンケーキが一番いいねを集めるような時代でした。

また、インスタグラマーも淡々と写真のみをアップする人の方が大多数で、SNSというよりは更新頻度の高いHPのような感覚の人が多かったのではないかと思います。

2016〜2017年:Instagramは「ビジネスの場」へ

『インフルエンサー』という存在の台頭によって自然とビジネスチャンスが生まれ、企業がマーケティングにInstagramとインスタグラマーを活用しはじめたのが2016年〜2017年あたりの動きです。

一般人にも関わらず100万人以上のフォロワーを抱える人がでてきたことで、そこにメディア価値が生まれ、『Instagramで紹介してください』という依頼が増えるように。

インフルエンサーマーケティング自体はアメブロの時代からありましたが、その主戦場がブログからインスタに移行し、各代理店が『インスタグラマーリスト』を作り出したのもこの時期ではないかと思います。

この頃ちょうど某時計メーカーがインスタグラマーに商品をプレゼントして投稿してもらうというキャンペーンが(良くも悪くも)話題になったことも、インスタグラマーがビジネスの一環として組み込まれはじめたことの象徴的な出来事だったと思います。

そして同時に、この頃から単に憧れの写真を載せるだけではなく、投稿のコンテクストが重視されるようになったように感じています。

具体的に言えば、インスタグラマーの発信内容が、真似できないほど完璧な写真ではなく、見た人が自分の生活の参考になるようなTIPSや役立つ情報を織り交ぜるようになっていきます。

象徴的なのがコスメ系インスタグラマーとしてのゆうこすさんで、動画や写真、投稿文すべてを駆使して『役立つ情報』を発信する人が評価される時代に突入していきます。

前述の表でもあえてこの年から『写真』ではなく『投稿』という表現に変えたのですが、この頃から写真だけではなくテキストやコメント欄でのやりとりも含めたアカウント全体のキャラクター性が重要になり、総合プロデュース能力が問われるようになっていったのです。

こうした変化は雑誌で例えるとわかりやすいと思うのですが、VOGUEやSPUR、GINZAといったモード誌の代替としての時代から、徐々にVERYやViVi、Sweetといったファッション誌の代替として機能しはじめたのがこの時期だと思います。

もはやインスタグラマーは単なる『憧れの人』ではなく、メディアとして『役立つ情報を届けてくれる人』になっていったのです。

2017年〜2018年:そして、Instagramは『情報』のプラットフォームになった

そしてここ最近の大きな変化は、企業がインスタをベースにメディアを作る動きが出てきたことです。

インスタメディアの先駆けとしてはluteやRiLi、BLASTといったメディアが有名ですが、まだインスタメディアという概念が浸透していないだけで、今後大手も続々と参入してくるのではないかと思っています。

ちなみに私が立ち上げを手伝ったcocoroneというインスタメディアもまったく同じ思想で作られています。

こうしたインスタメディアのポイントは、これまでメディアへの流入チャネルとしてしか見られていなかったInstagramを、情報発信のベースとして捉えていること。

Instagramは写真のイメージがまだまだ根強いですが、もはやほとんどの若者がちょっとした隙間にチェックするアプリとして一番に上げるサービスであり、情報リソースとしての価値が高いプラットフォームです。

フォロワー数の多いアカウントはそのままInstagramの投稿で広告料をとることができるでしょうし、最近はショッピング機能も充実してきたので、わざわざ別のページに飛ばさずともInstagramの中である程度マネタイズが完結できるようになりました。

また、情報過多な現代において、私たちはもはや自ら能動的に情報を取りにいかなくなり、自分の『タイムライン』に欲しい情報が流れてくるのを待つようになりました。

つまりどんなに好きなメディアでもわざわざ定期的に検索してアクセスする人はほぼいなくなり、SNSに流れてくる情報を拾い読みするのが当たり前になったのです。

そしてInstagramが情報のプラットフォームになったことで、なるべく他のプラットフォームに遷移せずに情報を得られるものが好まれるようになりました。

いちいちブラウザに遷移してはまたInstagramに戻り、また遷移して…という動きはユーザー体験として理想的とは言えません。

だからこそ今後はマネタイズまでInstagramで完結する前提で運用するインスタメディアがさらに増えていくのではないかと思っています。

Instagramの変遷から考える、サービスのマス化に必要なこと

このようにInstagramで評価されるコンテンツとそれをとりまく環境を整理して考える中で、サービスのマス化に必要なのは『アートからインフォメーションになること』なのではないかと気づきました。

Instagramがローンチ当初のままコンテンツのアート性の高さにこだわっていたら、おそらく誰もが使うようなアプリになることはなかったでしょう。

しかし一方で、はじめからマスにウケる情報を意識してアート性を無視していたら、同じく今の成功はなかったのではないかと思います。

よく百貨店時代に『半歩先の流行を作れ』と言われていたのですが、大きくヒットするコンテンツは単に役立つものではなく、背伸びすれば届くくらいの憧れを含んでいなければならないからです。

だからこそ、まずアート性を高めてコンテンツのクオリティのアッパーを高めた上で、少しずつリアルに寄せていくことで、ちょうどいい『半歩先』に着地させることが必要なのではないかと思います。

また、前述のInstagram古参ユーザーが『昔はよかった』と語るのも、評価されるコンテンツがアートからインフォメーションに変わったことで、彼らが求めているコンテンツを見つけられなくなったことが大きな理由だと思います。

そして今後のInstagramの重要な課題は、いかにコンテンツを俗な方向に偏らせず、『半歩先の憧れ』を保ち続けられるかにあるはず。

Facebookが『インフォメーション』に偏りすぎたことによってユーザー離れを起こしてしまった経験をどう生かしてInstagramというプラットフォームの寿命を伸ばそうとしているのか、今後の戦略について私自身が思うところはこのあとのおまけ部分で書きたいと思います。

★noteの記事にする前のネタを、Twitterでつぶやいたりしています。

ということで今日のおまけは、今後のInstagramの戦略について個人的に思っていることを書いていきます。完全なる個人的主観なので参考程度にお読みください!

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