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マリオ映画のテーマは「トライ」と「リトライ」する人へ勇気を与えることだと思った話

「マリオの映画はテーマがない」という話題を目にした。

確かにストーリーとしては王道で、ストーリーに関して物足りないと思う人は多いかもしれない。(個人的にはこれ以上物語を複雑にしたりキャラの掘り下げが必要だと思わないが)

じゃあ、テーマがない単なる娯楽作なのか? というと自分は決してそうは思わない。自分は劇場に2回しか足を運べていないが、この作品から伝わったメッセージについて書いてみたいと思う。

もちろん、ネタバレ注意です。

マリオ映画でマリオがやっていること

今作でマリオの行動は、基本的には以下の流れで構成されている。

  1. マリオは何かにトライする

  2. それを周囲からばかにされる

  3. けどマリオはトライする

  4. そのトライは失敗する

  5. でも何度もリトライし続ける

  6. すると、なんらかのきっかけでチャンスが巡ってくる

ピーチの用意したチャレンジコースにトライする。何度も失敗するしピーチは落胆するけど、何度もリトライを重ねたことでやっとの思いでクリアでき…なかった。ところが、それを見ていたピーチががんばりを認めてくれたのか、合格としてくれた。

ドンキーとの戦いにトライする。観客からばかにされるし、実際全然歯が立たない。アイテムを獲得するも小さくなるキノコで大失敗。やられまくって遥か上空に吹っ飛ばされて大ピンチと思いきや、ピーチの助言と偶然に助けられてアイテムを獲得、ネコマリオになり逆襲のチャンス。

ブルックリンでのクッパとの最終決戦…にすらならない。一方的にやられるだけで、ボコボコにされたマリオは怯えて隠れてしまう。これまでマリオはリトライしてきたが、今回ばかりはさすがに…? と思いきや、マリオはここでも諦めない。意を決してクッパの前に立つ。ピーチとルイージの機転により、スターをゲットするチャンスが巡ってきた。

独立して配管工をやろうとしてスパイクや家族にばかにされる。最初の依頼は大失敗に終わる。でも街が水浸しなのを見てすぐにリトライする。異世界に飛んで色々あった結果、それがきっかけで人々に注目されるチャンスが来た。

マリオが諦めずに何度も何度もリトライをすることはもちろんだけど、個人的に重要だと感じるのは以下の2点だ。

  • マリオは自らの意思でトライしている
    やれと言われてやるのではなく、自ら「やる」と言ってやる。誰かの後ろについていくのではなく、先人をきってやっていく。

  • 問題解決は「努力が実を結んだ」でも「成長した結果」でもない
    基本的にはアイテムの力、仲間の助力によって達成したもので、マリオ自身が強くなったというわけではない。

メッセージは「チャレンジし続けること」の肯定

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』から自分が感じられたメッセージはチャレンジし続けることへの肯定だ。

今のこの現代、色んな情報が可視化される時代になった。凄い才能を持ってる人達がものすごく多いということも可視化されていて、色んな情報が出回った結果、自分自身がチャレンジしたらどうなるかとか、なんとなくわかってしまう。何か成果物を挙げると、周囲の人から色々言われてしまう。何かにトライするということがやりづらくなってきている空気を感じる。

それに対し『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』では…

「マリオはトライした!」
「マリオは何度もリトライした!」
「ずっと続けてたらなにかイイことがあった!」
「最初はみんな笑うけど、続けてたらいつか認めてくれた!」

という物語であり、これがイコールで伝えようとしているメッセージだと思う。

もちろん、これを直球で説教臭く伝えてはいない。「マリオは諦めが悪い」と説明し、それをピーチが肯定するシーンがサラッとあった程度で、それ以外では教訓らしい場面は特になかった気がする。そういう退屈なことはせず、マリオが体現する形で、そのメッセージを伝えているように見える。

お説教臭さが消臭されているので、テーマがないと感じる人はいるのかもしれない。

ゲーマーを肯定してくれる物語

チャレンジし続けることへの肯定は、ゲーマーへの肯定、そしてゲーム自体の肯定にも繋がっている。

一部の映画感では、映画開始直前に以下の映像が流れたようだ。

マリオのゲームプレイをしている人達の表情とともに「失敗して落胆することもあるけど、うまく行ったときの喜びもひとしお」という内容が描かれている。この内容は、映画内で語られている内容ともリンクしている。

そして、映像最後に出る「It's you MARIO」の文字。

「マリオはトライした!」
「マリオは何度もリトライした!」
「ずっと続けてたらなにかイイことがあった!」
「最初はみんな笑うけど、続けてたらいつか認めてくれた!」

このマリオは、ゲームをプレイする君たちでもあるんだ、と。そしてゲームの面白いところってここなんだよ! と。

トライすること、失敗してもリトライすること。これって現実世界でもすごく大切なスキルのひとつだと思う。そしてゲームという場は失敗して、反省して改善、再チャレンジというサイクルが安全に行えるので、その大切なスキルを獲得できる場だと個人的には思っている。

自分自身、幼少期からゲームをずっと遊び続けていたけど、色んなことに興味を持てるようになったり、自分で試行錯誤しながらあれこれ試せるようになったりしたのは、誇張抜きでゲームのおかげだったんじゃないかと思ってる。ゲームを通じて、トライすること、リトライすることに慣れることができる。ゲームは決して無駄じゃなかったと思ってる。

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は、ゲームと、それをプレイするゲーマーを肯定してくれる映画だと思うのだ。

頑張る人に元気を与えてくれる映画

そしてもちろんこのメッセージはゲームだけでなく他のことにも当てはまる。勉強、仕事、スポーツ、ダイエットその他さまざま、とにかく頑張り続ける人たちへ勇気を与えてくれる作品だ。

個人的には作中で「失敗から学ぶ」とか「成長してスキルアップ」といったメッセージが籠もっていなかった、というのが面白いなと思った。

作中では、諦めなかった結果として都合の良いパワーアップアイテムで大逆転できちゃったりと都合が良すぎる感があったけど、継続の力ってそういうことだな、って思う。

努力ってそういうもので「まったく無意味」「まったくの無駄」と思っていたものが後でいきなり大きな結果に繋がったりするものだし、アイデア出しをするときも、ずっとずっと進捗がないまま唸り続けて、あるときいきなり天から降ってくるようなものだったりする。また、諦めずにチャレンジしようとする姿勢がピーチやルイージからの信頼に繋がってくるように、様々な出会いを与えてもくれる。諦めずにずっと続けてると、そういった「思いがけない成果」はたくさん生み出される。

自分自身、Twitterを特に深く考えずに無駄に長く続けているけど、その結果として様々な出会いがあったし、仕事ももらえた。気付いたらスキルにもなっていた。そういったものは自分の腕でつかみ取ったというよりは、くじを引き続けていたらたまたま当たった、みたいな感覚がある。

成長や工夫といったものは二の次で「とにかくやれ!」ということなのだろう。それは実際本当に正しい。とても正しい。

ルマリーはマリオと真逆のキャラ

存在自体が謎だった青チコのルマリー。こいつはマリオの対比となるキャラクターとして用意されたのだと思う。

  • 生きることへの希望を失っている

  • 自ら何も行動せず、文字通り遊んでいるだけ

  • 結果、周囲から嫌われている

とにかく印象が悪く、冷めるキャラだ。こいつがいて、こいつが観客からは不快に感じて、作中のキャラから否定されることで、真逆であるマリオの肯定を強める働きがあるのだと思う。

マリオはおれだ

ルマリーの存在も含め、この作品からは明確に設計されたメッセージが感じられるよ、そのメッセージがめっちゃ刺さったよ、という話でした。

実際、マリオのような生き方は今の現代人にとって必要なものだと自分自身感じていて、実体験から「ゲームをやってきてよかった」「色々とチャレンジしてきてよかった」と思えている部分もあるので、それをメッセージとして作品に込めてくれたことが、個人的にはとても嬉しかった。

2回目の鑑賞では、マリオがドンキーとの戦いに挑もうとコロシアムに入っていくところでめちゃくちゃ涙が出てしまった。圧倒的に勝てないであろう状況でも自ら「やる」と言い、それを撤回することも、逃げたりもせず、とにかくトライしにいこうとするマリオが、いとおしく感じてしまった。

マリオの小ネタがちりばめられているとか、原作再現とか、そういう部分での良さがあるのは間違いないけど、そういうのを抜きにしても、映画のマリオはヒーローとしてとにかく魅力的だったんだ。


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