美容師に説教された時の話

 さっきお風呂に入ったら、人生で初めて美容師に説教された時のことを思い出したので書く。説教と言っても怒鳴られたとかではなく、やんわりと言われただけで、言われたこともごもっともな内容で今でも役に立っているので、愚痴や文句を言いたいわけではありません。


 その時、僕は図書館司書として働いていたのだが、図書館司書のくせに髪の毛を紫色に染めていた。なぜなら、図書館での仕事があまりに苦痛で、毎日ストレスを存分に浴びすぎた結果脳みそがトチ狂ってしまい、どうにかして自分をこのヤバい職場から守らないといけないと思ったからだ。その結果「髪の毛を一番好きな色にする」という行動に出たわけだ。人生で初めて染めた色が紫色。自分の人生の中で、なかなかにパンクな経験だ。

 とはいっても、やっぱり図書館なのでマナー的にはおそらくアウトだし、紫に染めたからといって仕事のストレスが消えたかというと全く消えなかった。それに、業務委託の非正規雇用だったため、本社から社員が定期的に面談やらなんやらでやってくる。その時髪の毛がバキバキの紫だったら怒られる。怒られるどころかクビにされる。そのため一応、社員が来たり図書館でいちばん偉い人に会うときだけ、髪の毛を一時的に黒くしてくれるトリートメントを使って凌いでいたのだが、だんだんその作業もストレスになってしまった。めんどくさいし、不器用なのでうまくできないし、何より大好きな紫色を自らの手で黒にするのが悲しかった。

 そういうわけで、僕は髪の毛を黒にすべく美容院に行った。いろんな美容院が安くなるクーポンアプリを駆使して見つけた美容院で、初めて行くところだった。めちゃくちゃおしゃれな美容院で、確実に僕のようなキモオタが行くべき場所ではないたたずまいだったが、勇気を出して入った。

 担当の美容師さんはすごく優しくて、仕事のことなど、当たり障りのない話をしてくれた。しかし、休日の過ごし方を聞かれた僕が「映画見たり、本読んだり、昼寝したりして過ごしますね。普段肉体労働なので」といったあたりから、美容師さんは堰を切ったように説教を始めた。

 「あの、僕休みの日は岩盤浴とか行くんですよ。体にいいし、デトックスできるから。お客さん、そういうの行かないんですか?行ったほうがいいですよ。そういうの、やったほうがいいですよ。なんで行かないんですか?あと、髪の毛傷んでますけど、シャンプーとかトリートメントとか、何使ってます?エッセンシャル?エッセンシャルよりいち髪のほうがいいんですよ。そういうの、教わらなくてもネットに載ってますよ。そういうの、調べたりしないんですか?シャンプーの成分表みてネットで調べたりとか、違うシャンプーと成分表比べたりとか。そういうのしないんですか?したほうがいいですよ。女子はみんなやってますよ。当たり前のこと、なんでしないんですか?女子なんだから、そういうの普通はやるのが義務だし、やらないとダメだと思いますよ。なんでやらないんですか?あと・・・」

 こういうようなことを、美容師さんはかなり必死にまくし立てていた。あと・・・から先にもまだまだ文言は続いていて、最終的にこれの倍くらい言われたのだが、内容が持病が原因でのことだったのでここから先は省いた。

 こんなに長々と書くと、まるで「美容師にいきなり怒られて傷ついた」と言いたいように見えるが全然そんなことはない。むしろ、ありがたく思っている。これを言われてすぐにシャンプーとリンスをいち髪に変えたおかげで髪の毛は少しだが元気になったし、シャンプーや化粧水などの成分表を見て自分に合っているかを調べるようになった。岩盤浴にはまだ行っていないが、長風呂やサウナなど、身体を整えることに対して関心を持つようになった。この美容師さんのおかげで、ほんの数ミリ程度だが人間として成長することができたのだ。

 説教を受けている間、僕はただ黙って感動していた。人生で初めて親と教師と職場の人間以外の人に説教された感動もあったが、何よりも、接客業の人が客に対してこんなに真剣に説教をするということに感動した。多分、髪の毛の傷み具合や、書かなかった事柄に関して、僕が入店した時から気になっていたのだと思う。美に関する仕事をしている人だから当たり前だ。でも、僕が休みの日の話でトリガーを引くまで、ずっと我慢していたのだろう。おそらく僕がトリガーを引かなければ、施術が終わるまで言うことはなかったのだと思う。結局言うことにはなったけど、感情をぶつけるのではなく、真剣に、魂に訴えかけるような説教をしてくれた。その姿はまるで、国連だかなんだかで世界に向けて一生懸命スピーチするどこかマイナーな国の大統領のようだった。

 ただ、せっかく魂に訴えかける説教をしてもらったのに全部は活かしきれなくて申し訳ないなと思う。持病に関することは、全力を尽くしはするが難しいこともある。あと、もう一つ申し訳ないなと思うのは、美容師さんが僕を女子だと思ったことだ。確かに僕は見た目は女で、身体も女ではあるが、中身は違う。見た目が女だったせいで、少し見当違いかもしれない説教をさせてしまって申し訳ないなと思う。

 最後に、そんな権限はないことが承知の上で、あえてこちらから美容師さんに説教をしてみるとするならば、「女子なんだから髪や身体のことをちゃんとやれ」「女子として当たり前のこと」「身体のケアは女子の義務」という考えや文言は、これから先市民権を失っていくことになる…というか、今もうすでにだいぶ市民権を失いつつあるので、やめたほうがいいと思う。たまたま僕はLGBT啓蒙家でもないしフェミニストでもないただの意識の低~いキモオタだったので、説教をありがたく受け入れることができたが、言う相手によっては激昂される。そんな相手に「女子の義務」なんて言った日にゃもう…想像もつかない。この日のことは1~2年前くらいのことで、もうこの美容院にはこの日限りで行っていないので、今美容師さんがどこで何をしているかわからないが、どうかこの美容師さんが肩身の狭くない考えにかわっていたらいいなぁと思う。

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