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子どもの忘れ物問題から受け取った母の愛

いろいろあって、わたしは小2の娘と同伴登校をしています。
(夜の蝶のごとく同伴って言葉を使いたいだけw)

いつも昇降口でお別れするのですが
今日もグズグズしてて
すぐにお別れできませんでした。
(やりたいだけやらせてます。だってやりたいんだから)

グダグダしていたら教室にランドセルを置いた息子がやってきました
「習字道具忘れちゃった」
「使うの何時間目なの?」
「1時間目」
「うーん、それは(取りに行くの)難しいな」

それだけ話すと息子は教室へと帰っていきました。
娘も時間的な猶予がなくなり、待っていてくれたお友だちと教室へ。

登校に付き添うわけですからわたしの帰路も徒歩となります。
歩きながら考えます。


ここで届けてあげるべきなのか?
心を鬼に(?)してスルーしたほうが良いのか?
なくてひとりだけお習字できないのは悲しくないか?
でも、自立心が育たないのでは?
困る経験をしないと前日準備をする習慣がつかないのでは?

いや、「しまった!忘れた!」って思った時点で嫌な思いはしてるだろ。

どうしたい?

幸い今日は「仕込み日」としていたので時間の制約はありません。
届けることにしました。

約15分かけて帰宅。
習字道具を持って自転車に乗ります。

「使うの1時間目です、スミマセン」と
職員室に届けました。


小学生ママの皆さん、どうでしょうか?
過去に息子や娘が筆箱を忘れた時、あえて届けなかったこともあります。
お友だちから借りるという経験もまた必要と思っているからです。


任務を果たして、帰りの自転車に乗りながら考えました。

わたしがこうして届け物をしたいと思うのは
小学生の頃に「忘れ物した( ゚д゚)ハッ!」ってガッカリしてると
靴箱に忘れ物が突っ込んであることが多々ありました。

母が氣づいて届けてくれていたんです。
嬉しかったなぁ。

もしかしたら、それは甘やかしかもしれません。
母なりに困るだろうなって考えて届けてくれたと思ったら
母の愛に胸が熱くなります。

わたしは中間子で姉弟よりも愛情をもらってないと
感じて拗ねてる子どもでした。
その時は氣づけなかったんですよね。

自分が親になって時間差でこうして
たくさんの愛をもらっていたこと。
小学生になりたてのときに担任と折り合いがつかないときに
直接ご意見の電話をかけてくれたり
わたしが馴染めるように根回しwしてくれたり
もう愛しかないなと
書いてて泣きそう…

話逸れましたが、
母からあいけてもらった愛があるから
今のわたしの行動に繋がっているんだなと思いました。


子育て大変だよぅと思ってた時期もありましたが
子どもがいなかったら氣づけなかったことにたくさん氣づかせてもらっています。

まさか忘れ物からこんなに話が飛躍するとは思ってませんでした笑

次に実家に行くときは
改めて感謝の氣持ちを伝えようと思います。

わたしは優しいお母さんのもとを選んで生まれたんだね。

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