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【研究紹介】月のうさぎが餅をつくようになった時期とその理由

ポイント

・月のうさぎが餅をつき始めた時期と社会背景について、月の図の変遷をもとに推測を行った。

・日本の月のうさぎは江戸時代になると臼を使い始め、18世紀から徐々に日本伝統のくびれた臼に変化していく。

・臼の形状の変化から、日本で月のうさぎが餅をついていると考えられるようになったのは18世紀前半と考えられ、その背景として、儒教の経典を始めとした書物の流通が挙げられる。

月のうさぎと餅つき

日本の伝統では、月の表面にできた模様を「うさぎ」とみなす伝統があります。月にうさぎがいるという考え自体は、およそ2500年前のインドで成立したと考えられている「ブラーフマナ文献」という書物にも表れており、非常に長い歴史のあることが分かります。しかし、日本の月のうさぎ文化で特徴的なのは、うさぎは月で餅をついていると考えられている点です。例えば、月のうさぎ文化圏の中心地である中国では、うさぎは餅ではなく不死の仙薬をついていると考えられています。

月のうさぎが餅をついている理由としては、「望月(もちづき)」が「餅つき」に変化したためという説がよく取り上げられます。しかし筆者は今回、主に江戸時代の書物に表れる月のうさぎの図を手がかりとして、日本で月のうさぎが餅をつくようになったのは18世紀(1700年代)の前半ごろで、その理由としては、儒教の経典をはじめとした書物の流通が大きな影響を与えたのではないかという推測を行いました。

月のうさぎの図の変遷

飛鳥時代から室町時代の日本の月のうさぎの図を見ていくと、うさぎが壺のような容器を使っている構図と、何もせずに座っている構図の二種類があります(図1)。それが江戸時代(17世紀)に入ると、臼を使っている月のうさぎの図が書物に多く現れるようになります(図1)。

図1

図1: (左): 九曜秘暦(1125 年,メトロポリタン美術館所蔵,パブリックドメイン画像)(右):訓蒙図彙(1666 年,国立国会図書館デジタルコレクションより)。江戸時代になると日本の月のうさぎは臼を使い始める。

これと同じ構図の月のうさぎは、明で出版された儒教の注釈書『五経大全』や百科事典である『三才図会』など、中国の書物に多く掲載されています(図2)。おそらく、儒学者をはじめとした日本の知識人層が中国の書物から月のうさぎの図を取り入れることで、日本の書物でも臼を使ううさぎの図が広まったのだと考えられます。

図2

図2: 明で出版された書物に掲載されている月のうさぎ。(左):五経大全(1471 年,国立公文書館デジタルアーカイブより)(右):三才図会(1609 年,国立国会図書館デジタルコレクションより)。

そして、17世紀の終わりから18世紀の後半にかけて、月のうさぎの図にもう一つ大きな変化が起こります。それはうさぎの使う臼が、側面が直線状の無地のものから、側面がくびれた臼や木目の入った臼へ変化しているという点です(図3)。

図3

図3:増補宝暦大雑書(1781年,筆者所蔵)。18世紀に入ったころから徐々に、日本の月のうさぎは側面がくびれた臼を使い出している。

臼の歴史を詳細に論じた三輪茂雄著『ものと人間の文化史25 臼(うす)』(法政大学出版会)によると、日本で側面が直線の臼が使われるようになったのは江戸中期ごろからで、それ以前はくびれた側面の臼が伝統的な形状だったようです。つまり、江戸時代の書物に掲載された月のうさぎの臼は、18世紀になるころから徐々に、中国の書物由来のもの(側面が直線の臼)から、日本伝統のくびれた木臼へと変化しているのです。ここから何が推測できるかというと、18世紀の前半ごろから日本の人々は徐々に、月のうさぎがついているのは餅だと考え始めた可能性が高いということです。

江戸の社会情勢とうさぎの餅つき

月のうさぎは『今昔物語』にも話が収録されているように、仏教がその広がりに大きな影響を及ぼしたことがよく知られています。しかし、江戸時代における儒教の経典の広がりのように、仏教以外の影響も大きかったようです。江戸時代というのは、社会が安定したことで知識人以外の人々も書物に触れるようになった時代です。そのため、月のうさぎの図を目にした人も以前と比べて大幅に増加したことでしょう。しかし、書物には図はあってもうさぎが何を作っているのかの記述はありません。そのため時代がたつにつれ、書物を見た人々は自分たちの生活と関連させることで、うさぎは月で餅をついていると考えたのではないでしょうか。


今回の研究は「地質と文化」第4巻 第2号に掲載されました。詳細については以下のリンク先をご覧ください。

論文:庄司大悟「月のうさぎはいつどのようにして餅をつき始めたのか」

掲載雑誌:地質と文化 第4巻 第2号, 42-56 (2021) (ホームページ). 

論文のリンク先:https://drive.google.com/file/d/1mvUoyJig0YSVFOt2AtwLIRHu46ATgNf1/view 




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