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忍殺二次創作小説【リトル・ドージョー・ウォーフェア】

(これまでのあらすじ:ソウカイヤの女性ハッカーニンジャ、ライトニングウォーカーは、ソウカイヤから下されたマグロ探索ミッションに挑んでいた。サンシタである彼女にミッションを下したソウカイヤの本当の狙いに訝しみつつ、ライトニングウォーカーはこれを無事に達成し、背負っていた借金から解放されたのだった)

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1.

 イサリ・トキコは行きつけのUNIXカフェで、ドリンクバーで提供された冷やしコブチャを啜っていた。栄養は無いが、空腹は紛れる……気がする。普段ならカトゥーン・ビデオを視聴しているところだが、なんとなく今日はそのような気分ではなかった。パラパラと持参のカタログをめくる。

『これぞ最新モデル! 古い奴らを駆逐し、世界の王となれ!』『ハイウェイは君の庭だ。インテリジェンスモーターサイクル「穴熊」』『クイックドロウに自信はあるか? 0.17秒の壁を超えろ! 論理トリガ制御は、それを可能にする!』最新型電脳、高性能オートバイ、LAN接続ハンドガン。危険で刺激的な文章と写真のこれらは、オムラ・インダストリなど暗黒メガコーポが発行しているハッカーやヤクザ戦士向けのハイテック製品だ。ニンジャの激しい戦闘に耐えうるものも多い。

 そう、ニンジャ。イサリ・トキコの正体は、ソウカイヤのニンジャだ。ニンジャネームはライトニングウォーカー。カラテとハッキングが少し得意なだけの、言ってしまえばサンシタである。これらのカタログは、ソウカイヤ本拠地であるトコロザワピラーに顔を出した際、通りすがりの暗黒メガコーポの営業マンたちに押し付けられたものだ。

「特にバイクはいいなあ。カッコイイ」最新式モーターサイクルに跨る自分の姿を夢想する。スタイリッシュだ。メンキョは一応持っているが、金欠の彼女は自前のビークルを持っていない。「オープンカーなんかもいいなぁ。停める場所ないけど」トキコが住むアパートメントに、駐車場は無い。

 そしてそれらビークルよりも、ライトニングウォーカーにとって優先度が高いものがあった。身体に埋め込むサイバネや、IRC制御のオートマチック・ヤクザガンなど。つまり、テックによる武装の数々。これらで拙いカラテやワザマエを補強するのは、ソウカイ・ニュービー・ニンジャの典型である。

 ソウカイヤの仇敵であるドラゴン・ドージョーが言うところによると、ニンジャは鍛錬と経験によってカラテとセイシンテキを鍛え上げ、高みへと上り詰めるという。テックに頼るものは、テックに溺れ、身を滅ぼす。敵が言うことだが、理解は出来る。

 しかし生まれ持った才能もなければ、カラテやジツに極端に優れたソウルを引いた幸運もない、何より明日の命の保証もないサンシタは、そんな悠長なことはしていられない。故に、多くのニンジャがテックによって力を得る。短絡的だが、成果は実際わかりやすく早い。ライトニングウォーカーの同僚のニンジャ達も、多くはテックで得た力で任務をこなし、カネを稼いでいる。

 ニンジャの多くは、自らの肉体を改造することを躊躇わない。ライトニングウォーカーも同じだ。特に彼女はペケロッパ・カルティストとして育ったため、肉体はむしろ捨てるべきものだと教えられていた。教団の外に出て、彼女自身の考えを持つに至った今もなお、その教えは根付いている。肉体は道具と同じだ。こだわりすぎる必要はない。だからといって、無駄にするのも勿体無い。リソースは有限だ。

 さて、テックを導入するとして、どんな形がいいだろうか。同僚の姿を思い浮かべる。多くはニンジャソウルが求める形に肉体を変えていく事が多い。火炎放射器を内蔵する、腕を増やす、脚を馬のような四脚にする、全身をアルマジロのような姿にする、など。

「背中から巨大な重機関銃を生やす……のはどうなのかな、アレは」以前トコロザワピラーでそんな感じのニンジャを1人見かけたが、それをどう使うつもりなのかは想像もつかなかった。あれでは、オジギの体勢でしか撃てなさそうだが……とまで考えたところで、1つ可能性を閃く。首を振って即座に否定する。そんなバカなことをするニンジャがいるか? いるわけがない。自分はどうだろう? 胸に手を当てて、ソウルの衝動に身を任せてみる。反応はない。これといって希望はないらしい。

 次の問題は最初にテックを手にするためのカネだ。「もう、借金はこりごりだしなぁ」首元の生体LAN端子を撫でる。脳とネットワークを直結することで、キーボードによる物理タイピングよりもずっと効率的にハッキングができるが、これを借金で買ったためにかなりの苦労をした。もし前回のビズで報酬を貰い損ねていたら、待ち受けていたのは命と引換えの返済だ。ニンジャの身体は高く売れる。臓物1つ1つまでバラバラにされて、研究材料にされていただろう。

 カネを稼がねば強くなれない。カネを稼ぐには強さが必要だ。それじゃあ、最初からカネか強さがないと成り上がれない? それは困る。今のままでカネを稼ぐか、強くなってからカネを稼ぐか。カネ。カネ。カネ。結局はそこに行き着くのが、ソウカイ・ニンジャだ。

 ドリンクバーで補充したコブチャを啜る。「よし、決めた。まずはちょっとでいいからカネを稼ぐ。そして、カラテを鍛えるかテックを買うか、どっちかをする」そうと決めたら、タイムイズマネーだ。UNIXを起動し、近場の事業者リストを開く。良さげなところに就職する? いや、わたしはヤクザだ。ならば、ヤクザらしい稼ぎ方がある。そしてイサリ・トキコはコブチャを飲み干し、IRC端末を起動した。

2.

 「そんなわけで、今日からわたしがこのドージョーのヨージンボを努めます。ドーモ、ライトニングウォーカーです」

 翌日。雑居ビル内の薄暗い小さなハッカー・ドージョーに、トキコ……ライトニングウォーカーはいた。ドージョーで学ぶハッカーたちは、胡散臭いカルティストめいた女をまじまじと見つめた。髪をアバンギャルドに染め、LANケーブルを模した髪飾りをつけ、非常に露出の高い服を着ている。そのバストは豊満である。若いニュービー・ハッカーと目が合う。微笑みを返すと、彼は赤面した。
 
「ヤクザが来たりヨタモノが来ても、わたしが守ります。そのかわりに、あなた方からはカネをもらいます」つまり、ヨージンボだ。UNIXカフェで調べた事業者名簿を元に、ヨージンボを募集していないか、片端からハッカー・ドージョーに声をかけ、この小さなドージョーを見つけた。大手・中堅のドージョーは彼女を相手にしなかった。それもそうだ。実績がない。ソウカイヤの名前を勝手に使うと、あとでケジメを取らされる。ハッカー・ドージョー以外のカタギ組織も考えたが、彼女自身もハッカーである。勝手知ったる方が仕事もしやすいだろう。

「わたしのことはセンセイと呼びなさいね」「センセイ!カラテを見せてください!」レッサー・ハッカーが挙手の上で声をあげた。ナメられている。「いいでしょう。実力がわかりやすいように、カワラを持ってきてます」積み上げたカワラをカラテで破壊することは、カラテ・デモンストレーションとして一般にも知られる。持参したカワラをデイバッグから取り出すと、ハッカー達は好奇心の表情を浮かべた。5個積むと、驚きの表情を浮かべた。10個積むと、混乱の表情。15個積んだ。恐怖の表情。20個積んだ。「アイエ……そんなに……」もはや表情は変わらない。ライトニングウォーカーはカラテを構えた。「キエーッ!」カラテ・シャウトとともに、チョップを振り下ろす。

 素手のカラテが次々とカワラを粉砕し……19個目を割ったところで、止まった。「アイエエエエエ!?」「カラテ!カラテだ!」ナメた目線は消えた。ライトニングウォーカーの実力を認めたのだろう。歓声の中、ライトニングウォーカーは砕け散ったカワラを粛々と片付けた。最下段の一枚は、傷一つついていなかった。「未熟だ」誰にも聞こえないよう、つぶやく。彼女のカラテは、まだまだサンシタ程度なのだ。ニンジャはもちろん、ちょっとしたカラテ・ドージョーに通っている者が見ても、笑うだろう。とはいえ、カラテを知らぬモータルのハッカー相手なら通じる。

 デイバッグをドージョーの隅に置くと、雇い主であるドージョーの師範に目配せをした。サラリマンをやめ、念願叶って自らのドージョーを立ち上げたばかりだという小心そうな男。ハッカー達は各々UNIXデスクに座り、キーボードにホームポジションを構えるか、生体LAN端子にケーブルを繋いだ。ハッカー・ドージョーはハッキング鍛錬の場である。師範もまた、こめかみの生体LAN端子とサーバを直結した。直結が可能なものは直結で、そうでないものはキーボードとモニタを介して、師範の指導を受けるのだ。

 さて、どうしたものか。ヨージンボはいざという時まではやることがない。普通なら、仕事はないほうが良い。かといって、だらけていてはまたナメられる。IRCをいじりたくなる衝動に耐える。威厳を見せねば。

 手持ち無沙汰に、ドージョーの指導を見学する。ハッカー達が行っているのは、仮想のサーバへの攻撃訓練に、様々な事態を想定した防御訓練。カリキュラムも見せてもらった。悪くはない。悪くはないが。「実践的じゃない、かな」その言葉は誰にも聞かれないように飲み込む。実際にハッキングを行ったり、逆に受けた経験は殆ど無いのだろう。

 まあ、この規模のドージョーならこんなものか。月謝も大手より安そうだ。窓の外には、大手ハッカー・ドージョーの巨大な看板。この周辺には、ハッカー・ドージョーが多い。『限られた時間を有意義に』『学び方にも改革を! 1時間で、他所の1日の成果!』キャッチコピーが目に入った。結果が同じならむやみに時間をかけない方が良いのは、彼女も同意見だ。それに比べて、この小さなドージョーのカリキュラムは無駄が多い。1日の授業にかける時間も長い。目を凝らすと、彼女がいるビルとはまるで違う、クリーンな環境でハッキング訓練を行っているのが見える。昨日はあのドージョーにもヨージンボの募集について聞いたが、鼻で笑われた。不愉快だが、仕方ない。忘れよう。

 ドージョーの中央に戻り、近くのニュービー・ハッカーのモニタを覗き見る。突如豊満なバストが顔に近づき、ニュービーは再び赤面した。ライトニングウォーカーは……それには反応せず、モニタを食い入るように見つめた。妙な負荷がかかっている。キーボードをひったくり、アクセスログを表示。数値が異常だ。まさか、これは……!

 その瞬間、ぱん!と間の抜けた破裂音がドージョーに響いた。この場でその音の正体を知っているのは、ライトニングウォーカーだけだった。サーバと生体LAN端子を直結していた師範が、ニューロンを焼き切られ、崩れ落ちた。死んでいる。「アイエエエエエ!?」悲鳴をあげるハッカー達。サーバから警告音。これは……!

「ドージョーが、攻撃を受けている!?」

3.

 ドージョーへのハッキング攻撃。どこぞのカネモチの自宅やカイシャをハックするわけでもなく、わざわざこのドージョーを狙った理由は何だ? 答えはすぐに浮かんだ。ドージョー破り。他流のドージョーへ殴り込み、看板を奪ってオナー(名誉)を地に落とし、自らのドージョーのイサオシとする。

 カラテ・ドージョーならともかく、ハッカー・ドージョーで行っているとはあまり聞いたことがないが、現に起きているのはそれとしか考えられない。そして、師範が死んだ今、既にドージョーのオナーは失われたようなものだ。あとはサーバに攻撃をかけて過負荷で爆破すれば、このドージョーは完全な敗北を遂げる。

 ドージョーのハッカー達は大なり小なりパニックに陥っている。わたしはどうする? ライトニングウォーカーは自問自答する。カネを貰う前から、途端に失職してしまった。これならば、契約料は前金で貰っておくべきだったか。それとも、今のうちにドージョーの口座をハッキングし、カネを奪ってさっさと立ち去るか? ニンジャらしい邪悪な考えが頭をもたげる。わたしはヤクザで、ニンジャだ。冷酷な女だ。

 ふと顔を上げる。ドージョーのハッカー達。それも、ヒヨッコに卵のような連中ばかり。実戦経験も無く、マニュアルに従って訓練を積んだだけの彼らは、不安の表情を浮かべていた。「このままだとサーバが熱暴走で爆発するわ」事実を口にする。

 だから早く逃げなさい。そう言おうとしたライトニングウォーカーの脳裏に、ほんの1時間ほど前の光景が浮かんだ。ドージョーで皆の前で、偉そうに講釈を垂れる、変な服装の変な女。『そんなわけで、今日からわたしがこのドージョーのヨージンボを努めます』『ヤクザが来たりヨタモノが来ても、わたしが守ります』『わたしのことはセンセイと呼びなさいね』

 そうだ。わたしは、このドージョーを守るために来たのだ。

 息を吸う。吐く。覚悟を決める。今から始めるのは、何の利もない馬鹿げた行為だ。「今、このドージョーは何者かのハッキング攻撃を受けています。ドージョー破りです」改めて宣言する。ハッカー達は、顔を青くした。

 ライトニングウォーカーは、凛として言った。「これは、イクサです。敵ドージョーは、“わたし達"のオナーを辱めようとしています。許せますか? 師を殺した者達を。私は……許せません」奴らは運が悪かったな。ここにはわたしがいる。ヨージンボの前でドージョーをファックした代償は重いと教えてやる。「戦いましょう。ハッカーとは、戦士なのです」

 ハッカー達がざわつく。グレーター・ハッカーが不安そうな顔を見せる。彼が最も実力があるが、真のハッキングを……戦いを知らない。他のハッカー達、特にニュービーは然りだ。「大丈夫、わたしがついています。わたしは、ペケロッパ教団で育ったハッカーです。わたしを信じてください」目を閉じる。「わたしはライトニングウォーカー。あなた達を守る、センセイです」宣言し、目を見開く。ドージョーの皆の心が一つになったのを感じた。

 その間も、サーバが悲鳴を上げている。自動セキュリティソフトで防御できる限界が近い。戦力は心もとない。策を練る時間もない。だが、なんとかする。してみせる。わたしは、ヨージンボだ!ハッカー・カルティストの女はドージョーに響く声で叫んだ。「ペケロッパ!」聖なる文句。彼女が信じる神の名。ハッカー達は頷き、席へついた。ライトニングウォーカーは師範のデスクに座る。師範の遺体に頷く。約束通り、貴方のドージョーは、わたしが守る。

 イクサが始まった。

4.

「キエーッ!」ライトニングウォーカーの鬼気迫るカラテ・シャウトがドージョーに響いた。キーボードをタイプ! タイプ! タイプ! インシデントを1つ片付けた瞬間、それが2倍に増える。これの繰り返しだが、やるしかない。一瞬、眼の前が霞む。疲労だ。もう何時間続けているのか、検討もつかない。時計を見る余裕もない。

「バリキ!」端的な要求。「ハイ、センセイ!」ニュービー・ハッカーが蓋を開けたバリキ・ドリンクを投げ渡す。掴み取り、一気に飲み干す。ニューロンが高ぶる。遥かに良い。空き瓶をクナイの要領でゴミ箱にノールック投擲すると、再びキーボードに両手をかざした。「キエーッ! キエーッ!」ニンジャ筋力と耐久力を限界まで酷使し、タイピングを行う。首元の生体LAN端子にはUNIXへの直結ケーブルが伸びている。「センセイ!そろそろ!」「キィエーッ!」キーボードを手放し、コトダマ空間にログイン。同時に熱暴走したキーボードが火を吹いた。

 イクサは壮絶だった。グレーター・ハッカーとレッサー・ハッカーを防衛の主力として立たせ、自らは遊撃しつつ随時指示を飛ばす。敵の攻撃の前では弾除けにもならないニュービー達は、物理的サポートに専念させた。コトダマ空間に潜っている間は物理インターフェースの交換と、腕の冷却。脳が煮える寸前にログアウトし、氷水で頭を冷やす。その間は物理キーボードでなんとかする。原始的で不格好だが、今のところは上手く行っている。だから、これでいい。

「グワーッ!」「アバーッ!」有線LAN直結していたレッサー・ハッカー2人がニューロンに攻撃を受けた。もはやパニックに陥る者などいない。焼き切られる刹那、強制的にログアウトさせる。ケーブルを引き抜かせるのがもどかしく、反射的にクナイを投げて切断した。とっさのことに、ハッカー達はそれがニンジャの技だと気付かない。ライトニングウォーカー自身も、これほどのコントロールを発揮できたのは初めてだが、そんな事を気にしている余裕はない。無限にも思える、敵の攻撃が続く。まだ死者は出ていない。今のところは、だ。

 やりあってわかった。相手は、かなりの規模のハッカーを引き連れている。1人1人の実力は低いが、物量に差がありすぎる。ついでに、機材の性能差も。おそらくは大手ドージョーがニュービー達に自信をつけさせるために、このドージョーを標的としたのだろう。アブハチトラズ。商売敵を潰して、教材にする。理に適っている。このまま持久戦を続けられれば、いずれ負ける。時間の問題だ。

 だが、ライトニングウォーカーには、そうはならないという確信があった。先の大手ドージョーの広告を思い出す。『限られた時間を有意義に』『学び方にも改革を! 1時間で、他所の1日の成果!』敵が具体的にどんなところか知らないが、規模を考えると思想は同じと見た。なにせ、そちらの方が理に適っている。だから……持久戦という選択肢は取るわけがない。

「こちらの水は甘い」物理キーボードをタイプしながらどこかで聞いたフレーズを呟いた瞬間、敵の攻勢が一変した。むき出しの殺意。むき出しの敵意。なりふり構わず、一気に終わらせにきた。こちらの防御網は数分も保つまい。終わりだ。「こちらの水は甘い」フレーズを繰り返す。終わりだ。イクサが終わる時だ。「甘い!」

「敵サーバIP補足!」極限集中で鼻血を垂れ流しながら、グレーター・ハッカーが叫ぶ。ついに待っていたチャンスが来た。こちらのしぶとさに痺れを切らした敵は、無理に攻勢を仕掛けてきた。しかし、途中で策を切り替えたために、IPアドレスの隠匿が甘くなる。伏兵として潜ませていたグレーター・ハッカーに、そこを突かせる。ライトニングウォーカーが導き出した、唯一の勝利への道。ここを逃せば、今度こそ破滅だ。

 反撃プラン実行開始。女ニンジャは獰猛に笑う。「以後、防御はわたしがやる! さあ、数頼みの腰抜けどもの喉笛を食いちぎれ!」「ハイ!」「ニュービー達もログインを許可する! 全軍突撃! トドメヲサセー!」「ハイ! センセイ!」ライトニングウォーカーの号令のもと、DoS反撃が始まった。攻撃手段は単純だ。キーボードを連打して簡易なコマンドを敵サーバへ流し込み、多重アクセスによる負荷を与える。そして吹き飛ばす。……これをハッキングと呼ぶハッカーなどこの世には居まい。

 だが、攻撃は攻撃に違いはない。例え素人でも、人を殺せる。必要なのは、躊躇なく攻撃を行う覚悟だけだ。己を屈服させようとする敵を殺す。そのための覚悟を。それを持つ者がハッカーだ。例外なく戦士なのだ。

「あなた達なら、やれる!」

 戦士を死地に送るワルキューレのように叫んで、首元の生体LAN端子にケーブルを突き刺す。コトダマ空間へダイブ。これが最後だ。ドージョーサーバ内でニューロンを目覚めさせた彼女の目前には、雲霞がごとき敵の群れ。1つ1つをケリ・キックのイメージでKICKしていく。蹴った反動で他をKICK。効率的に、最速で潰す。数は減らない。圧されている。だが、速度が弱まっている!十分だ!

 グレーター・ハッカーが、レッサー・ハッカーが、ニュービー・ハッカーが敵陣へと突き進んでいる。わたしの仕事は、ひたすらに捌き切り、耐えるだけだ。彼らを信じろ。彼らがわたしを信じているように。「ペケロッパ!」生体LAN端子が熱を持つ。「ペケロッパ!」目の血管が切れ、血が吹き出す。「ペケロッパ!」胃液が逆流する。脳髄にカタナを突っ込まれたような気分だ!「ペケロッパ!」こんな戦い方しか出来ないなんて情けない。カラテは未熟。ハッキングもスゴイ級程度。バリキのブーストでも足りない。とっておきの違法シャカリキ・タブレットももう効かない。それでも、これしかない。これしかないんだ。電子の神よ、我らに祝福を。

 ライトニングウォーカーのニューロンが限界を超える。動きが鈍る。敵が最終防衛ラインを突破。マズい。その時!

KABOOOOOOOOM!!

 斜向かいのビルの一室が吹き飛んだ。同時に、敵の攻勢が止む。最後の力を振り絞ってコトダマの大地を蹴り、ログアウトする。物理肉体は覚醒とともに、彼女の脳と胃を揺さぶる。だが、意識は苦痛よりも現状確認を優先した。「勝った……?」サーバへのアクセスは途切れた。敵サーバは応答を返さない。DoS攻撃の高負荷に、敵UNIXサーバは熱暴走を抑えきれず、爆発したのだ。「ウオオオオーッ!」ハッカー達は歓声をあげた。ちっぽけなドージョーの勝利だ。キンボシだ。

「敵ドージョーって、あそこだったのね」汗と血と吐瀉物を装束で拭い、ライトニングウォーカーは呟いた。『非常に明るいボンボリの真ん前はかえって見にくい』というミヤモト・マサシのコトワザがある。まさか、本当に目の前のドージョーが攻撃してきたとは思い至らなかった。「ハイ。気付きませんでした」傍らのニュービーは鼻から血を流しながら、笑った。

 どすん、と音を立てて、彼女に攻略のヒントをくれた看板が燃え落ちる。あちらのドージョーでは、誰かしら死んだかもしれない。これはイクサだ。容赦はしない。ハッカーとはそういうものだ。「近いと知ってりゃ、わたしが直接乗り込むって手もあったかな」サーバのIPアドレスを突き止めた時点で、その選択肢もあった。その場合、おそらくは敵ヨージンボとライトニングウォーカーのカラテ。もしも相手もニンジャだったとしたら、わたしは勝てたか? 自問自答する。そうでなくても、もしも敵ヨージンボが殴り込んできたら? それがニンジャなら? そうなると、皆死ぬ。だがそんなことは起こらないだろう。雇われただけのヨージンボがそんなことをする義理は、普通は無い。

「オツカレサマデス!」「センセイ!」「ライトニングウォーカー=サン!」ハッカーたちが、サイバーサングラスやLANケーブルを外してライトニングウォーカーに群がる。1人1人の顔を確認する。ニューロンが疲弊している。血管が破れている。口の端からは涎に胃液の痕。例外なくみっともない顔だ。戦士の顔だった。「死者を弔いましょう」師範の遺体を見て、告げる。「あなた方の師に、最後の報告をしなくては」

 師範の死体を丁寧に横たえ、ハッカー・カルティスト式の祈りを捧げる。「わたしは、契約を果たしましたよ」サラリマン上がりの、小心者の師範。そのちっぽけな牙城を、半人前のヨージンボは守りきった。「契約金は、いずれオヒガンの彼方で払ってもらいます」ハッカー・カルティストにとって物理的な死は一時的な別れに過ぎない。そう信じられている。「ペケロッパ」聖句を捧げる。ハッカー達は、皆彼女を倣った。

 しばらく後、ドージョーに到着した遺族と業者に遺体を引き渡した。保険と補償金、それにドージョーの今後についての話をする。あまり面白くない話に終わった。

 気持ちを切り替える。さあ、勝利の宴だ。スシとピザ、ビールとコーラをIRCでオーダー。ドージョーの経費ではなく、ライトニングウォーカーのポケットマネーで払った。センセイたるもの、それくらいの度量は見せなくては。彼女はすっかり気が大きくなっていた。スシをチャで、ピザをビールで流し込む。完全食であるスシによって、疲労が回復していく。やはりニンジャは、これが一番だ。「遥かに良い」そのうち、ビールが切れた。ピザも、スシも尽きた。だが、勝利の余韻はまだまだ消えない。具体的に言うと、飲み足りない。「よっし!わたしに付いてこい!」号令を上げる。「ハイ! センセイ!」

エピローグ

 散々に飲み明かした後、明け方になってなんとか自宅アパートメントへ帰宅し、フートンで惰眠を貪っていたライトニングウォーカーは、夕方になって目を覚ました。目眩がする。激しい頭痛。それと吐き気。ニンジャも二日酔いはする。手で口を抑え、アパートメントの共同トイレへ駆け込む。

 青い顔で這い出ると、ランドリーで服を洗っていた同じアパートメントの男子大学生が、ギョッとした顔を浮かべた。訝しみつつ部屋までなんとかたどり着き、理由に気づく。帰宅後、汗まみれの服を全て脱ぎ捨てて熟睡していた。脱いだ服は自室の隅に積んである。起きてから着替えた覚えもない。身体を見下ろす。豊満なバストがむき出しで、他も然り。つまり、全裸だった。「最悪だ……」

 同時に、嫌な予感を覚えた彼女は財布を確認した。案の定、以前のビズで稼いだ万札がごっそり消えている。残念なことに、理由は全て覚えていた。ドージョーの皆を連れ回した先での、サケとスシ。特に二軒目で飲んだウイスキーは高くついた。そして最高に美味かった。確かニチョームのなんとかいう店。名刺は貰っている。いずれまた行こう。いや、違う。サケはしばらくはいい。

 今度こそ服を着ると、やはり共同の水道で顔を洗う。男子大学生は居なくなっていた。それにしても、鏡に映る顔はひどいものだ。抜けきっていないアルコールと疲労、バリキやシャカリキの影響で、思考もまとまらない。胃と肝臓が痛む。彼女が住むアパートメントに風呂はない。セントーに行きたい。風呂と自分専用のトイレがある家に住みたい。そのためには……カネだ。

 そう、カネが必要だった。だからドージョーのヨージンボになった。ドージョーをカラテで支配下に置き、カネを稼がせて吸い上げる。それがニンジャでありヤクザのあるべき姿だ。そのはずだったのだが。

 宴の前、ドージョーは師範の遺族に任せることにしたことを思い出す。あの弱小ドージョーの経営は火の車で、本当の所はヨージンボへの報酬も払えたか怪しい。遺族も、ドージョーの権利は放棄すると言っていた。イクサに勝っても負けてもドージョーは消えてなくなる。結果だけを見れば、昨日1日の努力は、徒労に終わったわけだ。残ったのは、ほんの小さな勝利の記憶だけ。

「わたし、ヤクザに向いていないんだろうか」そもそも、何故ヤクザに、ニンジャになったのかもよく覚えていない。だが、今の彼女は、ヤクザだ。それは変えられない。「今日……いえ、明日からは恐怖のニンジャとして君臨してやる」決意を新たにする。わたしはヤクザで、ニンジャだ。冷酷な女だ。明日から本気出す。駄目だ、思考のグダグダが止まらない。

RRRRR!

 その時、彼女の私用IRC端末へノーティスがあった。

『センセイ、起きましたか?///』

 先のニュービー青年からのメッセージだ。確認すると、未読の着信が大量に溜まっている。

『オハヨ みんな元気?///』

『元気です。またセンセイに会いたいと言っています。俺もです。///』

 ハッカー達の多くは、別のドージョーへ通うという。彼を始め、ライトニングウォーカーに弟子入りしたいと願う者もいたが、断った。彼女の本来のハッキングの腕は大したことがない。しばらく付き合えば化けの皮が剥がれる。がっかりさせたくはなかった。それに、わたしはヤクザでニンジャ。明日にも爆発四散していても不思議ではない身に、そんな余裕はない。10年も生き残れば……どうだろう?

 それとも、ニンジャでもヤクザでもなく、ハッカーとして生きていたら?イサリ・トキコは夢想する。訓練を積み、実戦経験を積み、百戦錬磨となったハッカー達を引き連れて大暴れする。敵は暗黒メガコーポか、それともザイバツ・シャドーギルドか。死力を尽くしたイクサの後は、皆で宴だ。さぞ痛快だろう。

 そして、ある話を思い出した。ソウカイヤや暗黒メガコーポと敵対するヤバイ級ハッカー。その名はYCNAN。不運にも出くわして、ニューロンを焼かれたスゴイ級・テンサイ級ハッカーは数多いという。ニンジャすらも仕留めたとの噂もあり、ソウカイヤもその首に懸賞金をかけている。それと敵対したら、どうなる?

 あのニュービー達が脳髄を焼き切られた光景を想像し、ライトニングウォーカーは悪寒を覚えた。吐き気がする。やめよう。これは良くない。巻き込みたくない。彼らとのIRCでの付き合いも、今日までにしよう。しばらく躊躇った後、それぞれに返信を一言送り、彼らのアカウントをすべてブロックした。
 
RRRRRRR!!

 IRCノーティスが響く。私物にではない。ソウカイヤ支給のものへだ。ソウカイ・ニンジャであるライトニングウォーカーへ、任務のダンゴウのためトコロザワ・ピラーへ出頭せよ、とのメッセージ。ライトニングウォーカーは立ち上がる。二日酔いで任務など、ケジメを強いられかねない。水道のサビ臭い水をガブ飲みし、もう一度トイレへ寄ってから、スカーフをメンポ代わりに巻く。大きく息を吸うと、ライトニングウォーカーは夕闇の街へと飛び出した。

 ニュービー・ハッカーの青年の手元のIRC端末には、たった1日だけのセンセイからの、最後のメッセージが表示されている。

『ゴメンね。頑張ってね』

 それを最後に、本当の名前も知らないセンセイから、メッセージが来ることは二度となかった。ふと空を見上げると、視界を一瞬だけ稲妻が横切った、そんな気がした。目をこする。何故か涙がこぼれる。生涯忘れぬであろうカラテ・シャウトが、確かに聞こえた。(「リトル・ドージョー・ウォーフェア」終わり)