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Aquarium 22 (再創造/六十二)

 同日。少し後の時刻。縹市北東の山あい。
 仏花を抱え、墓地を訪れた平山の視界に、一人共同墓の前に佇む水鳥の姿があった。
 墓石を見上げている。
 供えられた花が風に揺れた。
「行仁くん」
 平山が声をかける。
「平山さん。どうも」
「ここで合ってる……みたいだね」
「はい」
「これ、洗ってくるね」
 平山は花を水鳥に預け、ステンレスの花立を手にした。そう汚れていない。人の訪れはあるようだ。
 水道まで歩き、桶を手に戻る。
 水鳥は同じ姿勢で立っていた。
「少し前、紫尽の父だという人に会いました」
「紫尽くんの父親か……。何か話した?」
 拘束を解かれた花。茎から水滴が落ちる。
 平山はかつて一度だけ、『家』で見た紫尽の父を思い出していた。もっとも、『家』での紫尽はほとんど面会謝絶の状態であり、会うことは無かったそうだが――。
「少しだけ。昔家族で海へ行って、それきりだったそうです」
「……ああ。どこの海だったんだろうね、それは」
 平山の脳裏に晴天の岸辺が浮かんだ。水鳥はそこまでは、とだけ答えて、再び沈黙する。
「行仁くんがここにいるとは思わなかった」
 平山は素直な感想を述べた。
「この、一度きりのつもりです」
「そっか」
 平山は線香の箱を取り出す。水鳥に蝋燭とマッチを手渡し、火を頼んだ。彼は器用に火をつけ、二人は一束を分け合って供えた。手を合わせる。顔を上げた時、水鳥にお礼を言われた。線香について、平山はいつも持って来ているものだからいいんだよと答えた。本当は、毎度鞄に入っているわけでは無いのだが。
 今日の線香は、父の墓参りの際に購入したものであった。
「今日。来て良かったと思います」
 水鳥が呟く。
「うん。僕も会えて良かったよ」
 平山は肯定と同意を送る。
数少ない。もしかすると二度と訪れることの無い、彼の良き日を見届ける。
 秋の山を煙が昇る。
「あれ、お二人さあーん」
 声がした。
 二人、同時に振り向くと萩尾の姿があった。抱えた花は有樹の為のものであろうが、それで良かった。どちらにせよ、共同墓の花立は目一杯の満員状態なのだ。

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